ローズの新技

「一人ってお前……」


 言うまでもないことだが、ローズはガチガチの後衛だ。俺達と一緒に行動してるので純粋な体力はそこそこあるが、だからといって魔物を素手で倒せるような猛者ではない。


 故に俺が困惑した表情を浮かべていると、ローズが慌てて自分の言葉を訂正した。


「あ、いや、一人というのはちょっと語弊があったのじゃ。正確には初手を妾に任せて欲しいのじゃ! それが上手くいけばそれでよし、もし駄目だった場合はクルトやゴレミがやっつけてくれればよいのじゃ」


「ほーん? ということは、何か新技を考えたってことか?」


「それか新しい魔法を習得したデス? 一体どんな魔法デスか?」


「ふふふ、それは見てのお楽しみ……と言いたいところじゃが、ちゃんと説明するのじゃ」


 興味を向ける俺達に、ローズが少しだけ残念そうにそう言う。ま、いきなり新しい技を見せて仲間を驚かせるってのは浪漫だが、それが許されるのは圧倒的な格下を相手にするときだけだからな。


 ということで、俺達はローズから新しい技というか魔法というかの説明を受ける。そして――





「お、来たぞローズ」


「わかっておるのじゃ!」


 ガサガサと下草を揺らして現れたピンキーモンキーに、ローズがそう言って正面から対峙する。俺とゴレミはそれぞれ右と左のやや後方で控えており、いつでも飛び出せる体勢だ。


「ウキー?」


「さあ魔物猿よ、こっちなのじゃ!」


「ウキーッ!」


 余裕の表情で手招きするローズに、興奮したピンキーモンキーがそのまま駆け寄っていく。だがその長い腕がローズに伸びる少し前、大地の表面にうっすらと赤い光の膜が張っている場所にピンキーモンキーが足を踏み入れると、その瞬間足の毛にボッと火がつき、ピンキーモンキーが汚らしい叫び声をあげた。


「ウギィィィィィィィ!?!?!?」


「やったのじゃ! 成功なのじゃー! って、のぉぉぉぉ!?」


 長い体毛にあっという間に火が燃え広がり、暴れ狂うピンキーモンキーがそのままローズの方に突っ込んでくる。これは対処しねーとヤバそうだ。


「ローズ! ゴレミ!」


「お任せデス! ゴレミパーンチ!」


 ローズの腕を引っ張ってこっちに抱き寄せつつ、俺はゴレミに呼びかける。すると炎など全く効かないゴレミの拳が、燃えるピンキーモンキーを遠くまで吹き飛ばした。その結果木に叩きつけられたピンキーモンキーは、それ以上暴れることもなくダンジョンの霧に還る。


「討伐完了デス! マスター、ローズ、大丈夫デスか?」


「ああ、俺は平気だ。ローズは?」


「妾も平気なのじゃ……しかし、一撃で仕留められなかったのじゃ」


 思ったほどの効果が出なかったとしょげるローズに、しかし俺は笑顔で声をかける。


「何言ってんだ。バッチリ効果があったじゃねーか! なあゴレミ?」


「そうデス! というか、逆に効き過ぎたせいで危なかった感じデス」


「だよな。大分応用も利きそうだし、こりゃ今後の戦法の幅が間違いなく広がるぜ」


「そ、そうか? そう言ってもらえると嬉しいのじゃ……うへへ……」


 手放しで褒める俺達に、ローズが頬を緩めて嬉しそうな声を漏らす。


 ローズの新魔法、それはいつも使ってる「フレアスクリーン」の魔法を、ただ単に地面にぺたりと張り付くように展開しただけのものだ。


 だが、これは実に画期的だ。踏んだら燃えるほど熱い罠を気軽に設置できるというのは、敵の行動を縛るうえで圧倒的に有利だからな。


「にしても、よくこんな活用法思いついたな」


「ははは、思いついたというよりは、思いつかざるを得なかったという感じじゃな。結局のところ妾の魔法は、今もまだ前には飛ばぬ故、妾がまともに運用できる戦闘用の魔法はこの『フレアスクリーン』しかないのじゃ。


 じゃが、クルトの歯車を通す『バーニング歯車スプラッシュ』も、クルトと『フレアコネクト』で繋がってから敵の体に纏わり付かせるのも、どちらも妾一人では使えぬ。なのでどうしても妾単独で、もうちょっと戦闘に関われる力が欲しかったのじゃ」


 そう言うローズの表情は、どこか悔しげだった。俺から見ればローズは十分に役に立ってくれているのだが、ローズ自身としては「俺かゴレミの力を借りなければどうやっても戦力にならない」というのは忸怩たる想いだったんだろう。


「それでこの使い方を思いついたデス?」


「うむ、そうじゃ。こっちから触れさせることができぬのなら、相手が触れてくれればよい。故に設置型の罠として使えぬかと、密かに練習しておったのじゃ!」


「ん? てことは、新しい魔法ってわけじゃねーのか?」


 <火魔法>のスキルが成長して新たに覚えた魔法じゃないのかと問う俺に、ローズは軽く首を横に振る。


「違うのじゃ。この魔法はあくまでも『フレアスクリーン』の魔法を工夫して使ってるだけなのじゃ。なのでスキル的にはこれも『フレアスクリーン』の魔法なのじゃが、便宜上妾はこれを『フレアトラップ』の魔法と名付けてみたのじゃ!」


「フレアトラップか……なるほど、いい名前だな」


 ローズ曰く、この新たな火の膜は、壁、床、天井など物理的に存在するものの表面になら、大抵の場所には設置できるらしい。設置できる範囲はローズから二メートルほどだが、一度設置してしまえばそこから五、六メートルくらいは離れていても魔法を維持することができる。


 同時に貼り付けられるのは三つまで。ただし通常のフレアスクリーンの魔法も一つとしてカウントするため、三つ設置してしまうといつもの魔法は使えないという縛りはあるが、有効範囲を考えればそのくらいあれば十分だろう。


「あとはこの赤い光も消せれば、罠としては完璧だと思うのじゃが……」


「茶色い地面なら相当見えにくいし、平気だろ。てか見えたら見えたで、そこには絶対に踏み込めないって牽制になるから、相手の行動を縛る方に活用できるし。


 あと、ゴレミはともかく俺はこれを踏んだらヤバそうだからな。完全に不可視ってのは、俺の実力だと逆に困るぜ」


「む、そうなのじゃ? 確かに敵と味方を区別するような繊細な魔法の扱いは、まだ妾には無理なのじゃ」


「俺もそこまで完璧に戦闘中の空間把握はできねーんだよ。だからまあ、その辺はお互い成長していこうぜ。あとこれを生かした連携なんかも」


「そうデスね。あらかじめどんな感じで罠を張るかを何パターンか作っておくとかしたら、マスターが間違えて踏んで火傷することもなくなると思うデス」


「おお、それはよさそうじゃな! よし、ならばそういうのも沢山考えてみるのじゃ!」


 俺達の言葉に、ローズが改めてやる気をみせる。実際この魔法は、今後の俺達の戦略を大きく飛躍させてくれることだろう。


「あ、そうだ。なあローズ、硬い平面にくっつくって言うなら、俺の鎧とかゴレミの体とかに貼り付けたりはできねーのか?」


「むぅ? 可能か不可能かで言うなら、ただ貼り付けるだけならできると思うのじゃ。じゃがちょっと魔力が乱れたら貼り付けている側も燃えてしまうと思うのじゃ」


「おぉぅ、それじゃ俺の鎧に貼るのは無理だな……ゴレミなら行けるか?」


 カウンターで相手を燃やす鎧はかなり強いと思ったが、俺まで燃えるんじゃ話にならない。だがゴレミなら多少燃えたところで問題ないというか、無視して活動できると思ったのだが……話題を振られたゴレミが、若干顔をしかめながら首を横に振る。


「熱には耐えられると思うデスけど、ローズのとんでもない魔力が体の表面にあると、ゴレミ自身の魔力と干渉して変な不具合が起きそうなのが怖いデス。ゴーレム的には致命傷になる場合もあるので、できれば遠慮したいデス」


「そうか……それは無理強いはできぬのじゃ。妾の魔法でゴレミが止まってしまったりしたら、きっと妾はワンワン泣いてしまうのじゃ」


「そういうことなら、体に貼るのはなしだな。なら他には……あ、こんなのはどうだ?」


 残念ながらバーニングゴレミアタックも不可能なようだが、まだまだ思いつくことは幾つもある。俺達はしばし足を止め、ローズの新たな可能性について話し合った。

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