順当な強さ
「な、なあゴレミ……ゴレミさん?」
「何デスか、マスター?」
「あっ、いや……何でもないっす」
もの凄くいい笑顔で振り向くゴレミに、俺は何とかそう答える。
ヤバい。ゴレミの機嫌がスゲーいい。だがそれを「本当に機嫌がいい」と勘違いしてはいけない。こういうのは大抵「笑うしかないくらいぶち切れている」時だ。どうにかしてここから挽回しなければならない。
「なあローズ……ローズ先生? 俺はこの後どうすればいいと思う?」
「だから知らぬと言っておるのじゃ! 何故この流れでそんな顔をしておるのか、むしろ妾の方が聞きたいくらいなのじゃ!」
「何故って……」
呆れた顔をするローズに、俺は故郷の村でのことを思い出す。そう、これは経験則。こういうときの女子は怒っていると相場が決まっているし、実際幼馴染みの女の子から「クルトって普段は割と察しもいいのに、こういうときだけ心底しょぼくれてるよね」と言われたこともあるくらいだ。
(あの時は「意味がわかんねーよ」って答えたら、あとで何故か母ちゃんからスゲー怒られたんだよなぁ。村を出るときは「もー知らない! 死んじゃえ!」とか言われたし。何だってんだよ、ったく……)
理不尽な思い出が頭の中に蘇り、俺は恐怖を振り払うようにブルブルと頭を振る。うむ、やはり女の考えていることはわからん。女性は包容力のある年上のお姉さんが最高だ。巨乳ならなお良し……ん?
ガサガサガサッ
「マスター!」
「おう!」
と、そこで不意に、近くの茂みから音が聞こえてくる。既に魔物の縄張りに入っているのはわかっていたので、全員が即座に気を引き締めて身構える。すると程なくしてやたらと目立つピンクの体毛をした腕の長い猿が、普通に地面を歩いて姿を現した。
「キィィ……? キキーッ!」
「え、歩いて出てくんのか!? てっきり木の上から奇襲とか仕掛けてくると思ったんだが……」
「マスター、向かってくるデス!」
「俺が上を、ローズは周辺を警戒! ゴレミはそのまま迎撃しろ!」
「わかったのじゃ!」
「キキーッ!」
長い二本の腕をまるで足のように使って地上を駆けるピンキーモンキーが、まっすぐゴレミに向かって飛びかかる。だがその動きはあまりに
「必殺、ゴレミカウンター!」
「ウキーッ!?」
綺麗に入ったゴレミの石の拳が、ピンキーモンキーの顔面に炸裂する。するとピンキーモンキーはゴロゴロと地面を転がって吹き飛び、適当な木に激突して止まると、そのまま霧となってダンジョンに還ってしまった。
「……え、これで終わりデス?」
「みてーだな。俺の見た限りじゃ、上からの奇襲はなさそうだ」
「こっちもじゃ。近くの草むらをずっと見ておったが、他の魔物の影はないのじゃ」
あまりにもあっさりとした初戦の終わりに、俺達は全員が軽く困惑する。何だあれ? せっかく猿なのに、何で木の上から奇襲したり伏兵を置いたりしねーで、単身でまっすぐ走ってきたんだ? あんなのダンジョン産のゴブリンでも……
「……って、そうか。ここ第一層相当だもんな」
考えていて、思い出す。<
(そんなに深い層には行ってねーとはいえ、俺達もこの一年でそれなりに戦闘経験積んできたもんなぁ。ならこのくらい楽勝でも当然か)
普段は気づきづらい自分の成長を意外な形で実感し、感慨深さに小さく笑みを浮かべる。だがそんな俺とは裏腹に、ゴレミは何とも不満げだ。
「ぶー! これではゴレミの強さがまったく発揮できないデス! ぶっちゃけあのお猿なら、一〇〇体纏めて襲ってきても余裕で蹴散らせちゃうデス! 物置なんか目じゃないのデス!」
「何故物置なのじゃ……? ま、まあゴレミは唯一『試練の扉』でパワーアップしておるからの。爪も牙も無いピンキーモンキーではかすり傷一つつけられぬじゃろうから、確かに魔物側に勝ち目があるとは思えないのじゃ」
「うーん、なら次からはゴレミはしばらく待機でいいか? 一人で全部やられたら、俺達の戦闘訓練にならねーし」
今のゴレミは二〇層相当の身体能力があるはずなので、本人の言う通りこの辺の魔物は鎧袖一触で蹴散らせてしまう。俺のスキルが<人形遣い>でゴレミを使役してるならそういう戦い方もありなんだが、そうじゃないのでこれでは駄目だ。
「了解デス。ではゴレミはマスター達を生暖かく見守って、危なくなったら颯爽と駆けつけて無双するデス! 英雄はタイミングを見計らってやってくるのデス!」
「微妙に嫌な英雄だな……まあ頼む。んじゃ、俺達はとりあえず普通に戦おう」
「了解なのじゃ!」
ゴレミを先頭から最後尾に回し、俺達は道を逸れて横に移動を開始する。このまま道沿いにまっすぐ進んでしまうと魔物の強さが上がる……ピンキーモンキーの場合は、ひとまずは同時出現する数が増えてしまうからだ。
そうしてしばらく歩いて行くと、再び近くの草むらが揺れた。身構えた俺達の前に現れたのは、さっきと同じ姿のピンキーモンキーが一体。
「キキッ!?」
「よし、まずは普通に……食らえ、歯車スプラッシュ!」
「ウギャッ!?」
初手ということで、まずは基本にして原点たる通常の歯車を手の中に生みだし、投げつける。距離が近く、また同じ高さにいるということもあって、ピンキーモンキーは割と痛そうな反応をしながら両手を挙げて顔を庇った。
つまり、視線が切れている。それは流石に油断が過ぎるってもんだろう。
「おらっ!」
「ウギャァァァァァ!?!?!?」
俺の剣閃が、細長いピンキーモンキーの右腕を切り飛ばす。ピンクの体毛に真っ赤な血が飛び散り、ピンキーモンキーが痛そうにのたうち回る。
せめて怒って飛びかかってくるとかならともかく、こうなってしまえばもう戦闘にならない。俺はそのまま地面を転げ回るピンキーモンキーに数度斬りつけ、とどめを刺すことでつつがなく勝利を収めた。
「ふぅ……やっぱこの剣、よく切れるな」
<
「むぅ、妾は何もしておらぬのじゃ……」
「おっと、悪い! でもほら、最初だし! 次はローズにも活躍してもらうからさ」
「絶対じゃぞ! 絶対じゃからな!」
「わかったって! 約束だ」
意気込むローズの頭を撫でてから、俺達は次の獲物を探す。そうして現れた哀れな犠牲魔物を前に、俺達がやることは当然一つ。
「食らえ、バーニング歯車スプラッシュ!」
「ウギャギャギャギャーッ!?!?!?」
俺とローズの合わせ技であるバーニング歯車スプラッシュだが、ピンキーモンキーの長い体毛に燃える歯車が絡まって留まり、肌を焦がして毛を燃やす。するとあっという間に全身火だるまになったピンキーモンキーは、ちょっと可哀想になるくらい絶叫しながら周辺を走り回り、程なくしてパタリと倒れてダンジョンの霧になっていった。
「おぉぅ、こりゃエグいな……」
「予想以上に燃えたのじゃ」
「でも草がちょっと焦げたくらいで、木は全然燃えてないデス」
「だな。その辺は流石ダンジョンってことか」
キエラから事前に聞いていたことではあるが、バーニングピンキーモンキーが走り回ったところは、下草がいくらか焦げたりしたくらいで、火が燃え広がるどころか、燃え移る気配すらなかった。確かにこれならよほど派手に火を使わない限り、森林火災なんてことにはならないだろう。
「ふむふむ、実際にはこういう感じになるのじゃ……ならばクルトよ、一つ頼みがあるのじゃが」
「ん? 何だ?」
突然のローズの言葉に、俺はそう言って視線を向ける。するとローズは意味深な笑みを浮かべて、思いもよらない提案を口にした。
「次は、妾一人で戦わせて欲しいのじゃ!」
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