似合いの色
明けて翌日。意気揚々と<
鬱蒼たる木々の壁が左右どちらも遙か彼方までそびえており、俺達の正面には幅一〇メートルほどの踏み固められた道がある。おそらくこの範囲だけが、このダンジョンの正規出入り口なのだろう。
「<
「そうじゃな。じゃが同じく大自然の驚異を感じるのじゃ」
「二人共、早く行くデス!」
「おっと、慌てんなって。ほら、こっちこい」
急かすゴレミを笑いながら呼び寄せ、俺達はできるだけ道の中央を歩く。まあこんな広さがあるなら相当ギリギリを通らなきゃ「入り口判定」から外れることはねーだろうが、そこは念のためだ。
ちなみにだが、もし正道以外の場所から入った場合は、どう歩いてもこの道に辿り着けないんだそうだ。ただし辿り着けないだけで、「戻りたい」と思いながら歩けばダンジョンの外に出るのは簡単らしく、悠長に観光でもしてなければ危険はほぼない。
逆に正道から入った場合はちゃんと歩かないと外には出られないので、そういう意味では不便ではあるだろうが、進んだ距離だけ戻らないと外に出られないなんて当たり前だしな。それに不満を言うのは怠惰が過ぎるだろう。
「お?」
と、そんな事を考えながらも、俺達は三人で手を繋いで道に一歩踏み出す。すると明らかに身に纏う空気が変わり、無事にダンジョンに入ったことを実感する。
探索者になってもうすぐ一年。俺も一つ歳を取り、毎日のようにダンジョンに潜り続けていたとしても、新しいダンジョンに踏み込むこの瞬間の高揚感だけは何物にも代えがたい。
「ふーっ……あれ? 森だから涼しいかと思ったんだが、思ったより暑いな?」
「周囲にこれだけ木々が密集しておるのじゃから、湿度が高いのではないのじゃ?」
「乾燥はお肌の大敵なのデス! ゴレミのもち肌に磨きがかかってしまうのデス!」
「石が柔らかくなるって、人が生存できる環境なのか……? ま、いいや。じゃあ最初はピンキーモンキーの縄張りを攻めるってことでいいよな?」
「うむ! 妾もここでの戦い方を学ばねばならぬしの」
「ゴレミのスーパーパワーで、お猿なんて一発なのデス! お砂糖とスパイスと謎の薬がたっぷりなのデス!」
「謎の薬……?」
俺の確認に、ゴレミとローズが同意する。俺達の今の実力なら、もうちょっとくらい強い魔物の縄張りを攻めることも十分に可能だ。だが新しい環境で初手からギリギリを攻める必要はない。なので今回選ばれたのは、この<
ということでいつものようにゴレミの謎発言を聞き流しつつ、俺達は簡易的な地図を片手に、太い正道から枝分かれしている獣道のような細い道に進路を変える。こちらは正道と違ってよく見ないとわからない感じなので、気を抜くとすぐに見失いそうだ。
「ローズ、そこ枝があるから気をつけろ」
「うむ……ふぅ。それにしても道が悪いのじゃ」
「まあ、ダンジョンデスからね。人が歩いても地面が踏み固められることはないデスし、そもそも再配置の時期が来たら、多分全部元に戻っちゃうデス」
「それはそうじゃろうが……ここで道を見失ったら大変なのじゃ」
「だな。その場合はひたすら正道を目指して歩けって言われたけど」
どう歩いても先に進めない「迷いの森」現象は、あくまでも正規の入り口以外から入った時しか発動しないらしい。つまりここで道を見失うと、普通にでかい森で迷子になるのと同じ状況になる。
そしてその場合は、とにかく正道に出ることを考えてまっすぐに歩くのが鉄則だという。確かに方角さえ確認できれば西か東か、どっちかに直進すれば必ず道に出るわけだから道理だ。
逆にやってはいけないのは、目視できず声も届かない距離まではぐれた仲間を、その場で捜し回ることだ。それをすると高確率で全員がバラバラになり、うっかり魔物の縄張りに踏み込んで死ぬという事例が幾つもあるらしい。
……という情報を、昨日の夕食時に出向いた酒場や、今朝のダンジョン出発前のホールでの雑談などで、俺達は先輩探索者から教えてもらっている。こういう現場ならではの「生きた情報」をしっかりと仕入れるのも、探索者として長生きする秘訣なのだ。
「はぁ、回りの人が普通に接してくれるのって、こんなにありがたかったんだなぁ。昨日は久しぶりに普通に飯食えたし」
「そうじゃな。失ってみて初めてわかるありがたさ、というやつなのじゃ」
「ゴレミなんて、こんな素敵なチャームポイントをもらったデス!」
そう言って、ゴレミが腰の鞄をゴソゴソすると、頭に小さなピンク色のリボンをピタッとくっつける。女性探索者が防具なんかにくっつける、ちょっとしたお洒落アイテムだ。
「あれ、それ持ってきたのか? てっきり大事にしまっとくか、町中でしかつけねーと思ったんだが」
「それは考えたデスけど、そうするとぶっちゃけこれをつける機会がほとんどないデス。なら普段使いする方がいいかと思ったのデス」
「そうか。ゴレミがそれでいいならいいんじゃねーか?」
ペタペタした樹脂でくっつけてるだけのただの布のリボンなので、戦闘中に外れたり破損してしまうことはあるが、普通に買っても五〇〇クレドくらいの品だ。なら確かに大事にしまっておくより、普段から身につける方がいいのかも知れない。
「ということで、どうデスかマスター? ゴレミの可愛さを再確認しちゃったデス?」
「あーはいはい。可愛い可愛い」
「褒め方が雑デス!?」
「クルトよ、それは流石にどうかと思うぞ?」
「えぇ、俺が悪いのか!? そう言われてもなぁ……」
ジト目を向けてくるローズから顔を逸らし、俺は改めてゴレミの顔を見つめる。まあ、普通の顔だ。クルクルとよく表情が変わり、やたらと大げさな反応を好む、お調子者の顔だ。
相変わらず石の顔がどうしてここまで変わるのかは全くわからねーが、とにかくいつも泣いたり笑ったり怒ったりしてる、ゴレミの顔だ。
「むーん……」
「ぶー、もういいデス! マスターにはデリカシーの欠片もないデス!」
「そう怒るなって。ただ……」
「ただ、何デス?」
「いや、貰い物にこんなことを言うのはよくねーんだろうけど、ゴレミにはどっちかって言うと、ピンクより青の方が似合いそうな気がしてな」
「へっ!? あっ!?」
妙にビックリしたゴレミが、即座にクルッと俺に背を向ける。む、やはり貰い物を否定するような発言は駄目だっただろうか?
「あー、悪い! 別にそれが似合ってねーとか、そういう意味じゃねーんだ。ただ何となく――」
「違うデス! そういうことではないのデス! いいからちょっとだけ黙ってて欲しいデス!」
「お、おぅ」
ちょっと強めの声でそう言うゴレミの背中が、小さく震えている。俺の中の本能が、これはマズいと囁きかけてくる。
「そこまで怒り狂って……それともまさか泣いてるのか!? な、なあローズ、俺はどうすればいいと思う?」
「さあ? とりあえず馬に蹴られてみればいいと思うのじゃ」
「馬!?」
馬に蹴られる……それはつまり、ほぼ死ぬということだ。まさか俺の何気ない一言が、殺意を抱かせるほどの怒りを呼んでいたとは……っ!?
「くふ、ふへへ…………似合う? 青の方が似合うデス……?」
「……………………」
何やらぼそぼそと呟くゴレミと猛烈なジト目を向けてくるローズをそのままに、俺はただひたすら、これ以上ないほどしょっぱい顔で時が過ぎ去るのを待ち続けた。
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