探索者の本分

「それじゃ、続けてトラス王国が誇る……というか、ある意味トラス王国そのものとも言える大ダンジョン、<深淵の森ビッグ・ウータン>の事を説明するね! ちょっとこれ見て」


 そう言って、キエラがカウンターの上に大きな紙を広げる。表面の九割以上が濃い緑で埋め尽くされ、その中に葉っぱの葉脈のように細い線が描かれた:……ん?


「え、これ地図か?」


「ほとんど緑なのじゃ」


「そ! <深淵の森ビッグ・ウータン>は、その名前の通り森のダンジョンで、とにかく森! 全部森! って感じの場所なの。この真ん中に一本走ってるのがメインの通路で、そこから細く無数に伸びてる線が色んな魔物の『縄張り』へ通じる獣道って感じかな?」


「縄張りデス?」


「そうなの! ここって他のダンジョンと違って、階層とかが分かれてないのよ。例えばここ!」


 首を傾げるゴレミに、そう言ってキエラが地図の西側に、人差し指で丸く円を描く。


「この辺はピンキーモンキーって魔物の縄張りで、探索者が足を踏み入れると襲ってくるの。外側なら単独だけど、中央に近づくほどに数が増えたり戦い方を変えたりしてきて難易度があがって行くわ。他のダンジョンで言うなら、第一層から第五層相当の難易度って感じね。


 で、次はこっち!」


 キエラの指が、今度は中央の道を挟んだ反対側を指差す。


「こっちはパンキーモンキーって魔物の縄張りなの。ピンキーモンキーよりちょっと強くて、第二層から第六層くらいの強さかな? 他にもこういう魔物の縄張りが森の至る所にあって、探索者は自分の実力に見合った魔物の縄張りを攻めていくっていうのが、ここの基本的な攻略になるわね」


「ほうほう、なるほど……わかりやすいな」


 その説明を聞いて、俺はジャスリンさんの「戦闘密度が高いダンジョン」という言葉に深く納得する。迷路も仕掛けも何もなく、こっちが選んで魔物の縄張りに攻め込んでいくという姿勢は、実に大自然の掟を再現しているような気がする。


「補足としては、中央の道から離れれば離れるほど、出てくる魔物が強くなるわ。まっすぐ奥に行くだけじゃなく、横に逸れて魔物の縄張りを抜けて、更に奥に……でも強くなるから気をつけてね。横に歩く分には大丈夫みたいに勘違いすると、いきなり強い魔物の縄張りに踏み込んじゃって大慌てすることになっちゃうから!


 まあ、大抵の場合はすぐに引き返せば追っかけては来ないけどね」


「ふむ? 魔物が襲ってくるのは、あくまでも縄張りのなかだけということなのじゃ? それだと縄張りに入りさえしなければ、他の部分は安全という感じに聞こえるのじゃが」


「ふっふっふ、いい質問ねお姫ちゃん!」


 ローズの問いに、キエラが声を一段低くして、ニヤリと笑いながら言う。


「確かに魔物の縄張りに入らなければ、普通は安全よ。ただあんまり長くそうしてると、ハリービーっていう蜂の魔物が、どこからともなくやってくるの! 見た目は普通の蜂と同じだし、最初は一匹二匹なんて数だから気にしなければ平気だけど、そのままにしておくと際限なく数が増えて、最終的にはとんでもない数の蜂が全身に纏わり付いて……」


「ぬぉぉぉぉ!? 怖いのじゃ! 恐ろしいのじゃ! 体がぞわぞわしてしまうのじゃ!」


「マスター専用のゴレミのお肌が、蜂に蹂躙されてしまうのデス!? 」


「いや、俺のもんじゃねーし、石に針は刺さんねーだろ」


「ふふっ、ちっちゃくても魔物の蜂だから、ひょっとしたらゴレミちゃんの体にも刺さっちゃうかもね? とにかく、もし休憩中に蜂が飛んでいるのを感じたら、すぐに一番近くにある魔物の縄張りに入るのをお勧めするよ。そこで何回か戦闘すれば、すぐに蜂はいなくなるからね」


「了解。気をつけるよ。他にも何か気をつけることってあるか?」


 今の情報は、知っていれば簡単に対処できる反面、知らなければ致命となりうる重要なものだった。故に重ねて問う俺に、キエラが軽く思案しながら言葉を続ける。


「あとは……そうだね。ダンジョン内の木は一般的なダンジョンの壁と同じ扱いだから、切り倒したり燃やしたりはできないよ。ただ蔦とか草とかのちょっとしたものは普通に燃えるし壊れるから、そこは少し注意した方がいいかな?


 念のために言っておくけど、そういうのを集めて意図的に火災を発生させるのは絶対にダメ! それをやると周囲に縄張りのある全部の魔物が一斉に押し寄せてきて、大変なことになるから!


 とは言え手間をかけなかったら燃え広がることなんてないから、戦闘でお姫ちゃんの魔法を使ったり、食事の時に火を使ったりするのは全然オッケーだよ。それこそそこら中に油を撒いて火をかけるとかしなかったら、火事にはならないから」


「そうか。なら俺達のバーニング歯車スプラッシュくらいなら平気そうだな」


「うむ。妾の魔法も気兼ねなく使えそうでよかったのじゃ」


 場所が森だったので、もし火を使うのが全面的に駄目となったら、俺達の……特にローズの戦力はがた落ちするところだった。それでも一応確認はしておく必要があるだろうが、これなら普通に戦っても大丈夫そうだ。


「それじゃ、これで一通り説明したかな? お兄さん達の方から、何か質問はありますか?」


「うーん……特には? ゴレミとローズは何かあるか?」


「妾もパッとは思いつかぬのじゃ」


「ゴレミはあるデス!」


 俺の問いかけにローズがそう言うなか、ゴレミだけは元気に手を上げてそう口にする。


「はい、じゃあゴレミちゃん!」


「縄張りの中心に近づくほど魔物が強くなるってことは、中央にはボス的なやつがいたりしないデス? そいつを倒すと宝箱が手に入ったりすればベストなのデス!」


「おー、いい質問だね! ボスは大抵の縄張りにいるよ! で、それを倒すとどうなるかは……残念、秘密です!」


「ガーン! 期待通りに期待を裏切られたデス!」


「どっちなんだよそれ……秘密ってのは、何か理由が?」


 楽しそうにショックを受けるという器用なことをしてみせるゴレミをそのままに俺が問うと、キエラは軽く首を横に振る。


「んーん。絶対に秘密にしなきゃいけないとか、そんな重大なことじゃないよ。でもアタシ的には、せめて一つは地力で縄張りを攻略してからの方がいいと思うの。


 だって、全部の答えを最初に教えちゃうなんて……」


「なるほど、勿体ないってか」


「そういうこと! あとはそもそも攻略できなかったら、聞いても意味がないっていうのもあるけどね。だってダンジョンの最奥にアタシをデートに誘えるチケットがあるよって教えても、嘘か本当か確かめようがないでしょ?」


「いや、それは確実に嘘だろ」


 突っ込む俺に、しかしキエラはわざとらしく小首を傾げてみせる。


「どーかなー? 誰も知らない、誰も辿り着けない場所に何があって何がないかなんて、誰にもわからないんだよ? ひょっとしたら本当にあるかも知れないよ?」


「まあ、確かに否定はできぬのじゃ。未知とはあらゆる可能性があるということじゃからな」


「うんうん! だからさ、まずはお兄さん達が、自分の目でそれを確かめてみてよ! だってお兄さん達は『探索者』なんだから!」


「ははは、そうだな。なら明日からの探索を楽しみにさせてもらうか」


「溜まりに溜まった鬱憤を、漸く晴らせそうなのじゃ!」


「遂に遂に、ニューゴレミが真価を発揮する時なのデス! 行くぞダンジョン、魔物の備えは十分か? なのデス!」


 厄介事から切り離され、探索者としての本分を刺激され、俺達のなかにやる気が漲っていく。


 新たなダンジョンから感じる、新たな冒険の気配。それに胸を躍らせながら、俺達はひとまず粛々と、宿の確保などのやるべき事を済ませていった。

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