第五章 歯車男と森の王
森の王国
「お……おぉぉぉぉ!?」
「何じゃこれは!? まるで遺跡のようなのじゃ!」
「壁に蔦が張り付いてるデス!」
「ははは、君達この町は初めてかい?」
と、そんな俺達の反応に、近くにいた男性が楽しげに笑いながら声をかけてくる。ちょっと得意げな顔をしているのは、きっと彼がこの国で生まれた人とかだからだろう。
「あ、はい。初めてです」
「そうかそうか。なら驚くことも多いだろうけど、これがこの町の……というか、この国の普通さ。君達探索者だよな? なら詳しいことは受付の人にでも聞くといい。きっと色々発見があると思うよ」
「ありがとうございます!」
「ありがとうデス! マスター、早く行くデス!」
「うむ! ワクワクなのじゃ!」
俺なら押しつぶされそうな大荷物を肩に乗せて歩き出す男性にお礼を言って、俺達はちょっとだけ早足に関係者用の通路を抜け、その先にある受付を目指す。すると俺達を出迎えてくれたのは、緑の髪にスラリとした細身の褐色肌、ぴっちりと下半身に張り付くような恐ろしく短いスカートと、羽織ったシャツの下は胸の部分に布を巻いただけという露出過多な服装をした、俺より少し年上くらいの女の人だった。
「やっほー! 探索者ギルド、ヘーゼル支部にようこそ! お兄さん達、ここは初めて?」
「ど、どうも。えっと、俺達は……」
「あー、ダイジョーブ! 何にも言わなくっても、アタシはみーんなお見通しだから! 歯車のお兄さんと、ゴーレムのゴレミちゃんと、帝国のお姫ちゃんだよね! アタシはキエラ、よろしくね!」
「キエラさんですね。よろしく――」
「かったーい! 普通に呼び捨てでいいよ!」
「……はは、わかった。じゃあ、これからよろしく、キエラ」
「よろしくデス!」
「よろしくなのじゃ!」
やたらと元気いっぱいのキエラにやや圧倒されつつも、俺達は笑顔でそう返す。するとキエラも嬉しそうに笑うと、何故かその場でクルッと横に一回転してから話を始めた。
「はーい、よろしく! ちなみにお兄さん達の事情はぜーんぶ知ってるから、心配しなくて平気よ! あ、でも、一つだけ注意!」
ビシッと右手の人差し指を立てると、キエラがゴレミをまっすぐに見る。
「周囲を見たらわかると思うけど、ここって<
「ゴレミが蔦に巻かれちゃうデス!? それは駄目デス! マスターの新たな性癖を目覚めさせてしまうデス!」
「目覚めねーよ! ったくお前は毎回毎回……」
聖都アレルから抜け出せたおかげか、生来の元気さをすっかり取り戻したゴレミに、俺は苦笑しつつも内心で喜びを感じる。
にしても、キエラは随分とノリのいい性格のようだ。ただ何となく、どこかリエラさんに似ているような気が……しなくもない? いや、気のせいか? 胸とかペッタンコだし――
「イテェ!?」
「マスターの学習能力は、ゴブリンより酷いと思うデス」
「確かに色々と丸見えな衣装じゃが、じゃからといって乙女の胸元をジッと見つめていいというわけではないのじゃ!」
「り、理不尽だ……」
臑に走る激痛に、俺は世の不条理をしみじみと噛みしめる。いいじゃないか、向こうから見せてきてる服装なんだから、見たっていいじゃないか……
「アハハ……お兄さんがそんなに見たいんだったら、見てもいいよ? 何ならぎゅーって抱きしめてあげよっか?」
「……いや、やめとく」
ニヤリと笑みを浮かべ、両手を広げて言うキエラに、俺は真顔で首を横に振る。その抱擁を受け入れた場合、きっと俺の臑は跡形もなく砕かれることだろう。
「ウギャー! 無邪気で元気な妹系ヒロインデス! ゴレミとキャラが被ってるデス!」
「妹って、アタシこれでも一八歳だよ? 一番お姉さんだと思うけど?」
「実年齢なんて飾りなのデス! 見た目は子供頭脳は大人なのデス!」
「えっ、何それ素敵! アタシの座右の銘にしようかなぁ?」
「あっ……それは色々危険な気がするので、ここだけにしておくのがいいと思うデス」
「ええー? 勿体ないけど、ゴレミちゃんがそう言うなら仕方ないね」
「そうなのデス! ふぅ……また一つ世界を救ってしまったのデス」
「……会話の流れにまったくついていけぬのじゃ」
「気にすんなって、ゴレミだぞ?」
眉根を寄せて微妙な表情を浮かべるローズに、俺はそっとそう告げる。俺の経験上、こういうときのゴレミの発言は八割九割聞き流すのが正解なのだ。
「さてっと! それじゃお互い自己紹介もすんだし、あとはこの国とか、ダンジョンの説明とかかな?」
「お、そうだな。頼めるか?」
「もっちろん! トラス王国は大陸でも三番目に広い国土のある国だけど、実はその七割は大ダンジョンである<
「へー、そうなのか。でも管理って?」
「それはねー。<
「えっ!? マジか!?」
ダンジョンは入り口からしか入れないというのは、この世界の常識だ。加えてダンジョンの外観は、内部の空間とは全く別のものだと考えられている。だから周囲の地面を掘っても<
だが、国土の七割なんて馬鹿でかい森の、何処からでも中に入れる? そんな驚きを露わにする俺に、キエラが大きく頷いてから話を続ける。
「ええ、マジよ。でも、正規の入り口と言えるのはこのギルドから続いてる一カ所だけで、他のところから入った場合はどうやっても奥へは進めないうえに、ランダムな強さの魔物が出るの」
「ランダム……というと、入り口付近であっても強い魔物が出ることがあるのじゃ?」
「そうなのよ。ゴブリンが出てくることもあれば、レッドオーガやタイラントマンイーターなんてとんでもないのが出ることもあるの。だからトラス王国が国境を警備して、一般の人が不用意に<
あ、探索者であるお兄さん達なら、希望すれば入り口以外から入ることもできるよ。出入りを繰り返せば簡単に何度でも魔物と戦えるし、運が良ければ……あるいは悪ければ、ダンジョンを深く潜らなくても強い魔物を何度も倒せるから、つよーい探索者のお兄さんやお姉さんだと、運試し感覚でチャレンジする人もいるわ。
でもでも、お兄さん達はやめておいた方がいいと思うかな? ちょっと強い魔物が出たら、あっさりやられちゃうと思うし」
「そう、だな。ちょっと興味はあるけど、流石に完全ランダムは無理だわ」
「そうじゃな。せめて第一層から一〇層までとかの縛りがあれば違うじゃろうが」
「ギャンブルはよくないのデス。ガチャは悪い文明なのデス!」
浪漫はあるが、そこに命を賭けるほどの価値は見出せない。そういうのを試してみるのは、普通にダンジョンに潜るのが面倒だと感じるくらいまで強くなってからで十分だろう。
「うんうん、賢明だね! 自分の実力を過大評価しないのは、長生きのコツだよ!」
そんな俺達の態度に、キエラは満足げに頷いてから、更に解説を続けてくれた。
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