噂の檻からの脱出

 さて、厄介な貴族様とも無事に? お別れを済ませたことで、その後俺達は快適な探索者ライフを取り戻した……となれば大団円だが、どうやら世の中はそう上手く出来てはいないらしい。俺達は今度こそ、解決できない大問題に襲われていた…………





「あの、よかったら順番、どうぞ」


「えっ!?」


 それはとある日の朝。今日の探索予定を伝えようと列に並んでいると、俺の前に並んでいた見知らぬ男が、突然そう声をかけてきた。


「いや、別に急いでるとかもないですし、そんな――」


「本当にいいんで! じゃ、俺達は後ろに並び直しますから!」


「あっ、ちょっ!?」


 こっちの言葉を最後まで聞くことなく、俺よりちょっと年上くらいの男三人パーティが、ヘコヘコと頭を下げながら列を出ていく。そうなると俺としては前に行くしかなく、同時に周囲からヒソヒソと声が聞こえてくる。


「あいつが例の、皇女様のパーティのリーダーか?」


「怖いよなぁ。何でそんな偉い人が探索者なんてやってんだよ」


「目をつけられないように気をつけないと」


(はぁ…………)


 表情に出さないように気をつけつつ、俺は内心ため息を吐く。そうこうしている間にすぐに順番が来ると、ちょっと困ったような笑顔でシエラさんが出迎えてくれた。


「おはようございます、クルト様」


「おはようございます、シエラさん」


 挨拶もそこそこに、今日の予定を告げる。以前ならばここでいくらか雑談をしたりしていたのだが、最近は周囲の目が気になってそういうこともできない。と言うのも俺がそれをやると「皇女の権力を楯に、俺が受付嬢に迫っている」みたいな噂が流れるから……というか、以前に流れかけたからだ。


 なので、俺は手早く必要なことだけを告げると、すぐにその場を去ろうとする。


「じゃ、そんな感じで」


「わかりました。その、クルト様?」


「ん? 何ですか?」


「…………いえ、どうかお気をつけてください。貴方達の行く先に、神のご加護がありますことを」


「ありがとうございます」


 それでもせめてと祈ってくれるシエラさんに感謝しつつ、俺はその場を立ち去る。そうしてダンジョンの入り口前にある広場の方にいくと、そこではゴレミやローズもまた人にたかられていた。


「失礼致します、皇女殿下。私は小さな商会を営んでいる者なのですが、実は是非とも皇女殿下に見ていただきたい品がありまして……」


「そういう前置きをするからには、高価な品なのじゃろう? 悪いが今の妾には、そんなものを買う金はないのじゃ」


「いえいえ、そこは皇女殿下であれば、信用でお売りすることも……」


「あーもう! ローズはいらないって言ってるデスから、聞き分けるデス!」


「なんだ貴様は! 護衛風情が出しゃばるな! 皇女殿下、私ならばもっと実力と品性に優れた護衛をご用意できますぞ」


「ゴレミは妾の大事な仲間なのじゃ! それを悪く言うような輩と取引などするつもりはない! さっさと……あ、クルトなのじゃ!」


 こっちに気づいたローズが、面倒くさそうにしていた顔をパッと輝かせて俺の名を呼ぶ。すぐに俺が近づくと、ローズに何かを売りつけようとしていた男はわずかに顔を歪ませてから、一礼してその場を去っていった。


「助かったのじゃクルト」


「いいってことよ。にしても、遂にこんなところにまであんなのが来るようになったのか」


「そうなのじゃ。まったく困ったものなのじゃ」


 男が消えた方を見て言う俺に、ローズが苦い表情で同意する。以前は町中で声をかけられるくらいだったが、それが受付に並んでいる最中になり、そしてついには基本的にダンジョンに出入りする探索者しかいないこの場所にまでやってくるようになった。


 俺達は心底それに参っていたが、だからといって単なる一般人であり、一探索者でしかない俺達には彼らを排除することなどできない。別に商人が立入禁止とか、そんな決まりは何処にもないのだ。


 その後はダンジョンに入り、ひととき楽しい探索の時間を迎えるも、帰りはやっぱり出待ちされる。加えてそいつらを追い返す姿を見た誰かが、また俺達に対する噂を広げていき……





「だーっ! 駄目だ、こりゃもう限界だろ」


 神前裁判の日から、一ヶ月。バーナルドさんが新しく借りた宿の部屋で飯を食いながら、俺は遂にそうぶちまけた。


「宿にまで押しかけるとか、あいつらマジか!? 外に飯も食いにいけねーし、流石にもう無理だって」


「ゴレミもこの注目のされ方は、ちょっと困っちゃうのデス」


「悪かったな、クルト君。俺のせいで……」


 愚痴をこぼす俺達に、バーナルドさんが頭を下げた。だが俺はそれを慌てて否定する。


「あ、いや、バーナルドさん達のせいじゃないですって! それに今もこうして部屋を貸してくれたり、飯の買い出しまでしてもらっちゃって……」


「ハハハ、そのくらい構わないさ。君達が何と言っても、ここまで急速に噂が広まったのは半分以上俺達のせいだしな」


 俺の言葉に、しかしバーナルドさんは苦笑しながらそう言う。確かに、この町で割と上位の探索者であるバーナルドさんやジャスリンさん、あとスネイルさんが公衆の面前で土下座して謝罪したことが、俺達の事情が知れ渡る原因になったのは間違いない。


「私としたことが、保身に走って迂闊なことをしちゃったわ……これじゃバーナルドを怒れないわね。本当にごめんなさい」


「気にせずともよいのじゃ、ジャスリン殿。それに神前裁判で貴族をやり込めたなどという面白い・・・話、箝口令を敷いたとしても広まるのは時間の問題なのじゃ」


「ま、そうだよな。絶対どこかから漏れて、適当に広がったよな」


「それはまあ、そうかもなぁ」


 ローズの言葉に、俺とバーナルドさんがしみじみと頷く。そうだよな、演劇もかくやというくらい悪徳貴族が見事にやり込められるなんてことが現実に起きたら、何処からも話が漏れず広まらずの方がおかしい。俺だって誰かからその話を聞いたら、嬉々として周りの奴らと話し合うだろうからな。


「でもこれ、本当にどうしたらいいのかしら? 悪口ですらない噂話や勧誘や売り込みなんて、どうしようもないわよね」


「いずれは落ち着くだろうけど……でもそれまでどれだけかかるか。俺達が下手に庇いすぎると、それはそれでより噂話が広がるみたいだし……」


 ジャスリンさんとバーナルドさんが、そう言って難しい顔をする。噂話が広がり始めた当初、バーナルドさん達が火消しに動いてくれたことがある。が、その結果「駆け出しの新人が上位の探索者を思い通りに動かしている」みたいな噂が新たに流れてしまい、今は逆に人目のあるところでは気軽に話したりできなくなっている。


 つまるところ、誰も悪くないが故に、俺達は孤立無援なのだ。そして誰も悪くないので、裁判の時のように誰かをどうにかすれば解決、とはならない。


 頼れるものは時間だけ。だが時間が過ぎるまで宿でジッとしていろなんてのは、若い俺達にはとても許容できない。


「どうすっか? いっそ他の町にでも移動すればいいんだろうけど……」


「そういうことなら、妾がよいものを持っておるのじゃ!」


 意地張ったって辛いだけなら、サクッと逃げちまえばいい。そんな事を口走る俺に、ローズがそう言って一枚の紙を見せてくる。


「何だそりゃ? どっかで見たような……あっ、転移門リフトポータルの使用許可証か!?」


「そうなのじゃ! 件の一件をフラム兄様に報告した返信が昨日届いたのじゃが、そこにこれが同封されておったのじゃ。どうやら兄様には妾達がこのような状況に陥ることがお見通しだったようなのじゃ」


「おおー、流石はローズのお兄さんデス! さす兄デス!」


「本当に流石なのじゃ。妾もそのくらい先が見通せれば、もっと落ち着いた解決法があったやも知れぬのじゃが……ま、終わってしまったことはいいのじゃ。ということでクルトよ、また好きな場所に行けるのじゃが、何処がいいのじゃ?」


「突然だなオイ!? あー……どうすっか?」


 いきなり別の町に行けると言われて、俺は腕組みをして考えこむ。元々戻るつもりだったエーレンティアに戻るのも当然ありだが、これをくれたお礼を言うならテクタスに行くのもいいのか? 今のこの装備を生かすなら、カージッシュに戻るのだってアリかも知れない。


転移門リフトポータルの使用許可証なんて、初めて見たわ……それって大ダンジョンのある町なら、何処でも行けるのよね?」


 と、そこでローズの手にする許可証を見て、ジャスリンさんが会話に入ってくる。その隣ではバーナルドさんもまた、ジャスリンさんと頬がくっつきそうな程顔を寄せて許可証を見ている。


転移門リフトポータルかぁ……俺も一度くらいは使ってみたいなぁ」


「そうだ、ジャスリンさん。俺達が行くのに、どこかオススメのダンジョンとかってあります?」


「クルト君達が? そうね……ならトラス王国はどう?」


「トラス王国? っていうと……」


「<深淵の森ビッグ・ウータン>がある国デスね」


「そうそう! 今の貴方達の実力なら、あそこが丁度いいと思うわよ。全部の大ダンジョンのなかで、一番戦闘密度が高いダンジョンだし」


「パワーアップしたゴレミが大活躍できそうなダンジョンデス!」


「確かに、<天に至る塔フロウライト>では仕掛けを解く方がメインじゃったから、ここらで濃い戦闘経験を積んでおくのはありかも知れぬのじゃ」


「そうだな……ならせっかくのお薦めだし、行ってみるか?」


「行くデス!」

「行くのじゃ!」


 色んな人に追いかけ回され、陰口を聞かされて精神的に疲れていた二人が、目を輝かせてそう口にする。ならここは迷う場面じゃない。


「じゃ、決まりだ! 都会の喧騒を離れて、密林の大ダンジョンに突撃するぞ!」


「「オー!」」


「ふふっ、気をつけてね」


「頑張ってこいよ」


「皇女殿下! 美味しい食事をお持ちしました……って、あれ? 何か俺の知らないところで話が盛り上がってます?」


 応援してくれるバーナルドさん達と、買い出しから戻ってきたスネイルさんが変な顔をするなか、こうして俺達の新たな旅立ちと目的地が、割とあっさり決まるのだった。

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