事の顛末
「マスター!」
「おおっと!?」
神前裁判を終え、大聖堂を出た俺のところ、怪しいメイド服を着た謎の石塊が猛烈な勢いで突っ込んできた。直撃したら普通に死にそうな質量攻撃なのだが、俺は普通にそいつを受け止め、驚きつつもその名を呼ぶ。
「ゴレミ!? どうしたんだ?」
「一人で留守番は寂しかったので、出待ちをしてみたデス!」
「おぉぅ、そうか。悪かったな、一人にしちまって」
あの試練の時にゴレミの内心を知ってしまったこともあり、仕方なかったとはいえゴレミを一人にしてしまったことにそこはかとない罪悪感を感じる。だがゴレミはブンブンと首を横に振ると、笑いながら俺の顔を見上げてきた。
「事情はわかってるから、気にしてないのデス。確かにゴレミが神前裁判に出るのは、色々と大変だったデスしね」
神前裁判にゴーレムは出られない……ということはないが、当然ながら無条件というわけではない。病気などで出歩けない場合は特例として認められるものの、その場合は操者が間違いなく本人であると証明するため、教会から操者のところに監視員が派遣されるのだ。
だが、ゴレミに操者はいない。そういう人間をでっち上げるには金も時間も人脈も、何もかもが足りない。ということで今回は留守番してもらうしかなかったのだ。
「それで、裁判はどうなったデス?」
「ん? そりゃあ勿論……」
「大勝利なのじゃ!」
俺の隣で、ローズが満面の笑みを浮かべてVサインをする。エリオットが倒れたことで、裁判はエリオットの要求を棄却するという形で終結した。まあエリオットの言うことなんて本人以外は誰も支持しておらず、その本人がぶっ倒れてしまったのだから、当然の結果だ。
「暗い森より響く声。熊か狼か、あるいはドラゴンかも知れぬと準備万端で挑んだが……まさか出てきたのがネズミとはな。おかげで備えを使わずにすんだのじゃから、妾としては助かったがの」
「へー、そうなのか?」
「そうなのじゃ。オーバード国内の貴族ならまだしも、他国の貴族とまともにやり合うのは、妾だけではとても無理じゃからの。もしもうちょっと相手が有能……せめてまともであれば、色々と借りを作らねばならなかったのじゃ。
じゃがまあ、それも全て終わった事じゃ。これで――」
「あ、あのっ!」
と、そんな会話をする俺達に、不意に話しかけてくる人がいた。俺達が振り向くと、そこにはバーナルドさんとジャスリンさんがいて……
「バーナルドさん! さっきはどうも――」
「「申し訳ありませんでした!」」
「ふぁっ!?」
突如として、バーナルドさん達が地面に伏せて謝罪を叫ぶ。ここは大聖堂……つまり人通りのある町中なので、周囲から視線が痛い。
「ど、どうしたんですか二人とも!?」
「一体何を謝っておるのじゃ?」
「いや、だってほら、俺達『試練の扉』の前で、君達に剣を向けちまっただろ? だから……」
「皇女殿下の御一行とはつゆ知らず、大変なご無礼を働いたこと、どうかお許しいただけないかと……」
「あー……」
声を震わせる二人の台詞に、俺は微妙な表情になる。確かに正当な理由があろうと、皇族に剣なんて向けたら普通は厳罰ってか、下手すりゃその場で処刑される勢いだろうしなぁ。
「二人共、顔を上げて欲しいのじゃ。妾はお主達を罰しようなどとはこれっぽっちも思っておらぬ。そもそもあれは探索者としてまっとうな反応じゃし、それにいちいち怒るようなら、ダンジョンになど潜っておらぬのじゃ」
「そ、そうか? よかった……」
「こら、バーナルド! 言葉遣いをちゃんとしなさい!」
「それもいいのじゃ! というか、今更畏まった話し方などされても、他人行儀なだけなのじゃ。今まで通りに接してくれた方が、妾も仲間達も嬉しいのじゃ。そうじゃろ?」
「だな。今まで通り、頼りになる先輩でいてくださいよ」
「そうなのデス! どうしてもと言うなら、ゴレミお嬢様と呼んで欲しいデス!」
「何でお前だけなんだよ!? しかもメイド服着てるお嬢様って……」
「ふっ、くっくっく……ありがとう、クルト君、ゴレミちゃん、それに……」
「ローズちゃん……で、いいのかしら?」
「勿論なのじゃ!」
ジャスリンさんの問いに、ローズが笑顔で答える。壊れかけた距離感を取り戻した俺達は、改めてさっきの出来事の感想を話し合った。
「にしても、あの貴族様の最後は傑作だったな!」
「そうね。あとはあの、過半数の理屈かしら? 鍵の欠片の五分の三を持ってるから使用権があるって、あんな馬鹿な主張が本気で通ると思っていたのかしら?」
「あの場にいた全員が、ぽかーんとしてたもんな! あれを信じて騙されるのなんて、ゴブリンくらいのもんだぜ!」
「? マスター、どうかしたデス?」
「いや? 全然何でもねーよ?」
首を傾げるゴレミに対し、俺はそう言って顔を逸らす。ま、まあ俺だって勢いで押されただけだし? 何でもなかったのだから、何でもないのだ。
「そ、それよりローズ! 何か宣戦布告とか物騒なこと言ってたけど、本当に戦争になったりするのか?」
決して話題を逸らすためではなく、純粋に気になっていたことを俺はローズに問う。流石に俺が発端で戦争が起こるなんてのは、寝覚めが悪いじゃ済まない。だがその問いかけに、ローズは小馬鹿にしたように鼻を鳴らして笑う。
「フンッ、なるわけないのじゃ。公式の場であの発言をされてしまった故、フラム兄様に連絡をする必要はあるが……おそらく陛下ではなく、兄様の名でポルタネリア王国に問い合わせの書状が行き、相手側が『そんな貴族は我が国には存在しない。よってその発言も我が国の意思ではない』という感じの返事が来て終わりじゃろうな」
「あれ、そんな軽い感じなのか?」
白目をむいたエリオットの反応と大きく違う現実に俺が首を傾げると、ローズが更に説明を重ねてくれる。
「そりゃそうなのじゃ。オーバードとポルタネリアの間には幾つも国があるのじゃから、本当に戦争をしようと思ったら、それらの国に軍勢の越境許可を得ねばならぬし、そもそもそんな距離に軍勢を送るなど、莫大な予算も必要となる。
そこまでして戦争をし勝ったとしても、得られるのは遙か遠方の地じゃ。統治どころか物資の輸送すら不便な領土など得たところで損しかない。オーバード側には戦争をする理由が何もないのじゃ。
そしてそれは、ポルタネリアの側も同じじゃ。国力が一〇倍近く違うオーバードとの戦争など、やる前から負けが見えておる。万が一にも勝利できればオーバードの魔導技術が手に入るというメリットはあるが、それこそ国を逆さに振るような覚悟が必要で……よほど国家運営に追い詰められていなければ選ばぬ選択なのじゃ。
ということじゃから、ポルタネリアの王族がエリオット並みの阿呆か、セーガル子爵が国の動向を操れるほどの影響力を持っているでもなければ、戦争なぞ起こるわけがないのじゃ」
「なるほどなぁ……ちなみに、エリオットはどうなるんだ? さっきは存在しないみたいな扱いになるって話だったけど」
「それは妾にもわからぬ。エリオット本人の優秀さや、セーガル子爵の国への貢献度によっては継承権を剥奪したうえでの放逐や蟄居などですむかも知れぬが……まあどうであるにせよ、二度と妾達の前には現れぬのじゃ。
もし逆恨みして妾を害したりしたら、その時は本当に戦争になる……と、ポルタネリア側は思うじゃろうからな。下手な対応はせぬじゃろ」
「え、その言い方だと、実際にはならないのかい?」
「まあ、妾にも色々と事情があるのじゃ。今回の件だって、もしエリオットが妾の家族にまで手を出すと言わなければ、また違った結末になっておったじゃろうしのぅ」
「ローズ……」
バーナルドさんの問いに苦笑しながら答えるローズ。俺が思わず名を呼んでしまうと、それを聞いたローズはニッコリと笑う。
「ふふふ、心配しなくてもいいのじゃ。それに今は、クルト達がおるじゃろ?」
「……ああ、そうだな」
「ゴレミとローズは、ずっと仲良しデス! ズッ友なのデス!」
ローズの腕に、ゴレミが自分の腕を絡める。互いに笑い合う少女とゴーレムの顔に、憂いなど欠片もない。
「まあとにかく、これで本当に終わりなのじゃ! 明日からはまた、いつも通りの探索の日々を――」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! どうかお許しをぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
綺麗に纏めようとしたローズの前に、スネイルさんが大声をあげながらスライディング土下座でやってくる。その必死さはさっきのバーナルドさん達の比ではない。
「依頼! 依頼を受けていただけなんです! 俺の意思じゃないっていうか、俺は決して皇女殿下と敵対するつもりはなくて……あ、おい、バーナルド! お前も取りなしてくれよ! 俺はまだ死にたくねーんだ! 不敬罪で首を広場に飾られるなんて、そんな終わりはまっぴらなんだよぉぉぉ!!!」
「スネイル、お前……」
「ははは……なあローズ、もうちょっと賑やかなのが続きそうだぜ?」
「そのようじゃな」
周囲を囲う人だかりと、困った顔のバーナルドさんに縋り付くスネイルさんを眺めつつ、俺とローズは顔を見合わせて笑うのだった。
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