言葉の重み
「…………はっ!? な、何だ貴様!? 何を突然笑い出したのだ!?」
「ろ、ローズ?」
その空気感に一瞬場が凍り付くなか、我に返ったエリオットの叫びに釣られて俺が横を向こうと、腹を抱えて笑っていたローズが涙を拭きながら口を開いた。
「ひぃ、ひぃ……いや、すまぬ。じゃがこれが笑わずにおられるじゃろうか? むしろこれほどの滑稽劇、女神様であろうと天で笑っておられるのではないのじゃ?」
「な!? こ、滑稽劇だと!? 小娘貴様、この私を笑いものにするか!?」
「なんじゃ、笑いをとるための発言ではなかったのじゃ? それであれほど面白い冗談を口に出来るとは、子爵殿は貴族よりも道化師の方が天職のようなのじゃ」
「な、な、な…………っ!?」
「ローザリア殿、相手を挑発するような発言は控えるように」
「おっと、すまぬ。では改めて、妾の反論を聞いて欲しいのじゃが」
「許可します。どうぞ」
「うむ、では……」
エリオットがワナワナしている隙を突いて裁判官の了承を得ると、ローズが改めて真意を語る。
「まず五つの鍵の欠片のうち、三つを……過半数を所持しているから『試練の扉』の使用権があるという、その発言そのものがおかしいのじゃ。だってそうじゃろう? 妾達はその扉を開いておるのじゃぞ?
つまり、妾達は完全なる一を持っておったのじゃ。なのに端数に過ぎぬ鍵の欠片を持っていたから使用権がある? それを主張したいなら、五つの鍵の欠片を全て所持し、妾達と同じく『試練の扉』を開ける状態にして初めて対等なのじゃ。そこに至ってすらいないのに、使用権など片腹痛いのじゃ!」
「ぐっ……」
ローズに言い込められ、いつの間にか我に返っていたエリオットが思いきり顔をしかめる。だがそれで満足することなく、ローズの言葉は続いていく。
「更に言うなら、今回の訴えそのものもおかしいのじゃ。損害の賠償というのであれば、扉を使った妾達ではなく、使えぬ鍵の欠片を大金で売り払ったそこの二人にこそ、返金と賠償を求めるのが筋ではないのじゃ? 交わした契約の内容にもよるが、そっちならまだ勝てる見込みがあるであろうに……
ということでそこな二人よ、自分の発言には気をつけた方がよいぞ?」
「え!? ど、どういうことだ!?」
ニヤリと笑うローズに、スネイルが焦った声で問いかける。するとローズはゆっくりとスネイルとドルガンの顔を見てから話を続けた。
「ここは公式の場で、発言には責任が伴う。事実がどうであろうと、ここでお主等が『鍵を売った』と言えば、売ったことになるのじゃ。そうなれば子爵殿から、受け取ってもいない金を返せと請求されるどころか、今のように賠償まで求められるかもしれぬのぅ? さて、お主達は先ほど何と言ったのじゃ?」
「…………裁判官、発言の訂正を頼みたい」
「なっ!? おい、貴様!」
「許可します。何ですか、ドルガン殿」
「先の俺の発言は、エリオット様にそう言ってくれと、金を受け取って演技の依頼を受けたからだ。実際には俺はエリオット様に鍵の欠片を売却してはいない」
「お、俺も! 俺も売ってないです!」
「ドルガン、貴様……っ! それにスネイル! 貴様は私の依頼を受けているのだから、違うだろうが!」
「いやいや、だってあれは『試練の扉』を使わせるって依頼であって、鍵の欠片の売買の依頼じゃないじゃないですか! そっちの報酬は一クレドだって受け取ってないんですから、売ってないのは間違ってないでしょ!」
思わぬ裏切りに怒鳴るエリオットに、しかしドルガンは平然とそれを聞き流し、スネイルは必死に抗議する。その態度にもはや二人は味方にならぬと悟ると、エリオットはキッとローズを睨み付けてきた。
「小娘、貴様ぁ……っ! 貴族たるこの私に逆らうとは! もはや絶対に許さぬぞ!」
「ほう? 許さぬとはどう許さぬのじゃ? まさかセーガル子爵家として妾を糾弾するとでも? できぬよな? 何せお主はセーガル子爵
「「「えっ!?」」」
ローズの発言に、周囲から驚きの声があがる。なかでも一番驚いたのは、多分俺だ。
「おいローズ、マジか!? あいつ貴族じゃねーの!?」
「いや、貴族は貴族じゃ。じゃが子爵ではない。ちょいと妾の伝手で調べてみたのじゃが、本物のセーガル子爵は、今も自分の領地にいるのじゃ」
「……? どういうことだ?」
「簡単な話じゃ。エリオット殿は、セーガル子爵の息子なのじゃよ。子爵家の印章を持ち出すことで自分が子爵であるように振る舞っているだけの、貴族の息子なのじゃ。
なあ、そうじゃろう? だからお主は自分が『子爵様』と呼ばれるのを嫌っておったのじゃ。子爵としての活動記録が残ってしまうと、何か問題が起きて調べられた時、本物のセーガル子爵の活動と矛盾が出てしまうのじゃからな」
「ぐ、ぐ、ぐ…………」
ローズの指摘に、エリオットが顔を真っ赤にして喉を鳴らす。視線だけで人を殺せそうな勢いでローズを睨み続けているが、当のローズは涼しい顔だ。
「当主でもない者が子爵を名乗ったりすれば、普通なら大問題なのじゃ。じゃがまあエリオット殿は嫡子であるようじゃし、家名に傷がつくような問題でも起こさねば、おそらくは目こぼされるはずだったんじゃろう。
じゃが先ほども言った通り、神前裁判は公式な場所じゃ。ここで子爵として活動すればしっかり記録に残るし、ましてやそれが下らぬ理由で負けたなどとなったら、一体どのようなお咎めを受けるかのぅ?
なあエリオット殿、さっさと己の過ちを認め、実家に帰った方がよいのではないのじゃ? お父上に泣きつけば、今ならまだ何とかしてもらえるやも知れぬのじゃぞ? ハッハッハ」
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ! うるさい! うるさい! うるさぁい!!!」
笑いながら言うローズに、遂に頭の歯車が外れたのか、エリオットが大声で怒鳴る。
「ああそうだ! 確かに私はまだ当主ではない! だがセーガル家の次期当主であり、数年後にはセーガル子爵となる者であることに間違いはないのだ!
それを貴様が……貴様のような小娘がここまで馬鹿にするとは! もはや貴様は絶対に許さぬ! 我がセーガル家の力を以て、絶対にその首を門前に晒してくれる!
いや、貴様だけでは足りぬ! 貴様の親兄弟、親戚縁者全てに至るまで徹底的に殺し尽くし、貴族に逆らう愚かさをわからせてやる! 今更後悔しても……な、何だ?」
シーンと静まりかえる室内に、興奮していたエリオットが戸惑った様子をみせる。だがもう遅い。何故ならうちのお姫様が、ゾッとするような笑みを浮かべているからだ。
「……言ったな、エリオット」
「貴様、この私を呼び捨てに――」
「黙れ!」
「っ!?」
ローズの……一二歳の少女の恫喝に、エリオットが息を飲む。するとローズがゆっくりと顔を上げ、まっすぐにエリオットの方を見つめて言う。
「妾は言ったのじゃ。ここは公式の場であり、発言には責任が伴うと。そしてエリオット、お主は自分で言ったのじゃ。今はまだ当主ではなくても、貴族であることに変わりはないと。
そんなお主が言ったのじゃ。妾の家族を弑すると!」
「それが何だというのだ! 貴様の如き小娘の家族など、貴族たる私の前では虫けらも同じであろうが!」
反省も後悔も一切含まれていないエリオットの言葉に、ローズは小さく息を吐く。
「はぁ、そうか。ならば改めて名乗るのじゃ。妾はオーバード帝国第二八皇女、ローザリア・スカーレットなのじゃ!」
「…………は? て、帝国の、皇女? ば、馬鹿な、あり得ぬ! 帝国の皇女が護衛もつけずに、こんなところで探索者なんてやってるわけがないだろうが! そんな嘘に誰が…………」
顔色を変えたエリオットが周囲を見回すが、傍聴席の方はともかく、審議室のなかに驚いている奴は一人も……エリオットの関係者以外……いない。
「妾は別に、身分を隠したりしておらぬのじゃ。故に調べればわかるし、神前裁判に拘わるような方々であれば知っていて当然の事実じゃ。
つまり、知らぬのはお主達だけということじゃな。そして知らなかったからといって、お主の発言は許されることではない。さっき自分が何を言ったか、ちゃんと覚えておるのじゃ?」
「あ、あ、あ…………」
「お主は妾の家族を弑すると言った。それは妾以外の他の皇族や、皇太子であるフラムベルト兄様、そして何より、妾の父にして現皇帝、ライグウェルド・サルバンデス・オーバードを殺すと言ったのじゃ!
他国の貴族が、第三国の公式の場で、我が国の皇帝を! それが何を意味するか、お主はちゃんとわかっておるのじゃ?」
「ち、ち、ちが、わた、私は――」
「ポルタネリア王国、セーガル子爵家が嫡子、エリオット・セーガルを介しての
開戦の端を発した英雄として、その日を楽しみにしておくといいのじゃ」
「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァ!?!?!?」
まるで羽虫を払うように手を振って言い切ったローズに、エリオットは喉が裂けるほどの大声をあげ、白目をむいてその場で倒れ込んでしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます