神前裁判

「それではこれより、神前裁判を開催する!」


 聖都アレルにある大聖堂。その一番奥にある大きな室内に、女神の像を背後にした法衣を纏う老人……多分スゲー偉い人……がそう宣言する声が響き渡る。


 一〇メートル四方くらいの広さのある室内は余計な飾りは一切無く、出入り口の扉以外は窓の一枚すらない。そんななかで俺達とアホ貴族ことエリオットは向かい合うように置かれたテーブルの前に立ち、お互いににらみを利かせている。


 なお、前回と違って今回は、俺の隣にローズの姿がある。本来ならゴレミも連れてきたかったんだが、流石に裁判ともなるとただ連れてくればいいというわけではないため、今回は留守番だ。


「ふむ、彼奴は一人なのじゃな。てっきりスネイル殿を連れてくると思ったのじゃが……まあよい。クルトよ、妾もサポートするが、不用意な発言をせぬよう気をつけるのじゃぞ」


「わかってるって」


 一人堂々と立つエリオットの姿に何処か不気味なものを感じつつも、俺はローズの忠告に頷いて答える。すると柵で仕切られた部屋の奥にある傍聴席から、聞き覚えのある声が響いてきた。


「頑張れよ、クルト君!」


「こら、馬鹿! 静かにしなさい!」


 顔を向けてみれば、そこにいるのはバーナルドさんとジャスリンさんだ。どうやら応援に来てくれたらしい。他にも傍聴席には何人もの人影があるが、見覚えのある人はもういない。きっと探索者ギルドのお偉いさんとか、貴族関係の面倒事を引き受けてる部署の人とか、そういうのだろう。


 と、そんな風に室内を見回していると、裁判官の爺さんが改めて宣誓の口上を述べる。


「この裁判は、女神アルトラの御前にて、真実を明かす為に行われるものである。よってここで口にする言葉に、一切の偽りは許されません。双方、己の潔白と誠実を神に誓いなさい」


「フンッ、誓ってやろう。この私の言葉が間違っているはずがないのだからな!」


「ち、誓います」


 尊大な態度を一切崩さないエリオットにある意味感心しつつ、俺もまたそう口にする。すると平然とエリオットの言葉を聞き流した裁判官の爺さんが、そのままよどみなく言葉を続けた。


「では、双方の言い分を聞きましょう。まずはセーガル子爵、貴殿の主張を神の前に報告しなさい」


「あー、その前に、私のことはセーガル子爵ではなく、エリオットと呼んで欲しいのだが……」


「なりません。貴殿が貴族としてこの場に立つのであれば、家名を呼ばないのは不誠実になります」


「むぅ……ま、まあいい。ならば私の主張だが、ただ一度しか使えぬ私に使用権のある『試練の扉』を、その者達が私に無断で使用してしまった。故に私はその者達に、私の被った物理的、精神的な被害の賠償として一〇〇億クレドを要求するものである」


「ふむ。では次は、クルト殿。貴殿の主張を神の前に報告しなさい」


「は、はい。えっと、俺……じゃない、私は、ただ単にダンジョンを探索し、発見した『試練の扉』を使用しただけです。ダンジョンの宝や仕掛けは早い者勝ちが常識であり、子爵様の指摘の方が的外れで、こちらに落ち度は一切ないと主張します」


「むっ……!」


 俺の発言に、エリオットが鬼の形相でこっちを睨んでくる。特に「子爵様」と口にした時は強い視線を感じたが……何でだ?


「双方の主張は神に届けられました。ではまず、セーガル子爵。クルト殿の主張に反論はありますか?」


「無論だ! そもそも扉の使用権を私が得たのは、そこの小僧……げふん、クルト殿が実際に『試練の扉』に入るよりも前のことだ。早い者勝ちを主張するのであれば、それこそ私の権利こそが尊重されるべきではないのか?」


「ふむ。クルト殿、どうか?」


「いやいや、依頼を出したらその段階で使用権が発生するなんて、そっちの方がおかしいでしょ! 宝を手にする権利があるのはそれを見つけたものではなく、実際に掴んだ者です。その原則がある限り、私達が『試練の扉』を使ったことの正当性が揺らぐものではありません」


「ふむ。では――」


「何が正当性だ! それは宝が誰のものでもない場合だろう! 貴様が汚い手を触れる以前から、『試練の扉』は私のものだったのだ! 他人のものを勝手に使用して『早い者勝ち』だなどと抜かす下賤の輩が!」


「セーガル子爵。神の御前ですので、発言には気をつけるように」


「おっと、失礼。身の程をわきまえぬ相手のあまりに横暴な態度に、貴族としてつい指導に熱が入ってしまいました。お許しください」


 進行を無視された裁判官がじろりと目を向けると、エリオットは涼しい顔でそう言う。ぱっと見は礼儀正しく見える態度だったが、その内側に神や教会を敬う気持ちなど欠片もないであろうことが、俺ですら透けて見えた。


 とは言え、表面上謝罪しているのだから、それ以上責めることもできないのだろう。ピクリと眉を動かした裁判官が、改めて俺に声をかけてくる。


「ふぅ……クルト殿、どうか?」


「どうと言われても……そもそも子爵様がどうして『試練の扉』の使用権が自分にあると考えているのかがわかりません。まずはその根拠をお示しいただきたいのですが」


 それは俺の隣に無言で控えるローズから教えられた札の一つ。もしここでエリオットが「探索者ギルドに依頼を出していたからだ」などと言えば、なら依頼を出しさえすれば、今後手に入る全ての宝の所有権を主張できるとでも言うつもりかと反論することになっているのだが……


「いいだろう。裁判官殿、私の方の証人を招きたい」


「許可します」


「では……おい、入ってこい」


 不敵な笑みを浮かべたエリオットが、裁判官の許可をもらって室内に二人の人物を招き入れる。その片方は神妙な顔つきをしたスネイルさんで、もう片方は真っ白な鎧を身につけた、彫りの深い三〇代くらいの男性……誰だ?


「ドルガン!?」


 傍聴席のバーナルドさんが、驚いたように声をあげる。だが白鎧の男はチラリとそちらを見ただけで、粛々とエリオットの側まで歩み寄った。


「証人、名を名乗りなさい」


「お、あ、私は『黒蛇』という探索者パーティのリーダーで、スネイルと申します!」


「……俺は探索者パーティ『ホワイトナイツ』のリーダーで、ドルガンだ」


「うむ。セーガル子爵、主張を続けなさい」


「ああ、そうさせてもらおう。この場にいる者なら当然知っていると思うが、『試練の扉』を開くには五つの鍵の欠片が必要だった。そのうちスネイルが一つ、ドルガンが二つ手にしていたのだが、こぞ……クルト殿が『試練の扉』を使う前には、彼らと私の間で既に契約は成立しており、私は三つの鍵の欠片の所有権を有していたのだ」


「嘘だ!」


「ちょっ、バーナルド!?」


 突如として傍聴席から響く、バーナルドさんの声。ジャスリンさんが慌てて抑えようとするが、バーナルドさんは止まらない。


「ドルガンは誰よりも自分達が『試練の扉』を使うことを望んでたんだぞ!? その権利を金で売ったりするものか!」


「傍聴席、静粛に! これ以上騒ぐのであれば退席させますよ?」


「ぐっ、で、でも……」


「落ち着きなさいバーナルド! 追い出されたらそれで終わりよ!?」


「…………す、すみません」


 ジャスリンさんに服の裾を引っ張られ、バーナルドさんが悔しげに席に着く。それを見て小さく頷くと、裁判官が改めてドルガンに問う。


「証人、ドルガン殿。何か言いたいことはありますか?」


「ない。俺は間違いなくエリオット様に鍵の球を売った」


「お、俺も! 俺も売りました! あ、じゃない、私も!」


 眉の一つも揺らさずに淡々と告げるドルガンに、何故か問われてもいないのにスネイルさんも同調する。うーむ、これは……


(そう証言するように、金で雇われたのじゃろうなぁ。既に『試練の扉』はないのじゃから、失うものもないしの)


 俺の横で、ローズがぼそっとそう呟く。俺の頭に浮かんだのも同じ考えだ。


 ちなみに、スネイルさんが「向こう側」の発言をしていることに、思うことは何もない。最初からエリオットに雇われてるのはわかってたことだし、むしろチラチラこっちを見て未だに気にかけてくれてるっぽいのが申し訳なく思えるくらいだ。


「さて、今の発言を聞いたな? 私は五つの鍵のうち、三つを既に手中に収めていた。過半数を超えているのだから、世間一般では権利を主張するに十分なはずだ!


 わかるか? 『試練の扉』の五分の三は私のものだったのに、貴様はそれを無断で使い潰してしまったのだ! ならば弁償するのは当然であろう? さあ! さあ! さあ! 少しでも恥を知るのであれば、今すぐ伏して謝り、この場で自らの過ちを認めるのだ!」


「ふむ。ではクルト殿。反論はありますか?」


「えっ!? あ、えっと…………?」


 猛烈に問い詰めてくるエリオットの勢いに、俺は思わず言葉に詰まる。え、あれ? 五分の三持ってれば、権利を主張するのは普通……なのか? まあ確かに半分以上持ってたら、そりゃ「俺の物だ!」って言いたくなる気持ちは理解出来るけども……おぉぉ?


「クッ、クックックッ…………ハーッハッハッハッハ!」


 そうして俺が内心であたふたしていると、不意に室内に少女の笑い声が響き渡った。

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