不可能を可能にする術

「神前裁判!?」


「はい…………」


 エリオットとかいうアホ貴族との面会から、一〇日。ずっと無視しているのに先方からは何の音沙汰もなく、ひょっとしてこのまま有耶無耶になるんじゃ……という俺の希望を見事にぶっ壊され、またも変な声をあげる俺にシエラさんが心底申し訳なさそうな顔で言う。


 そんなシエラさんに、俺の隣にいたローズが顔をしかめながら話しかけた。


「神前裁判とは、また随分と重い表現なのじゃ。念のため聞くのじゃが……シエラ殿、それは件の貴族の絡みで間違いないのじゃ?」


「はい、そうです。探索者ギルドへの訴えでは埒が明かないということで、アルトラ教の方に正式な裁判を申し込まれたのです。教会はいかなる相手の訴えにも平等に応えますので、規定の手続きを踏んで申し込まれた以上は受けないわけにはいかず……」


「あー、そうっすか……」


 損害賠償を求められた時と同じ、だがより深刻になった話の流れに、俺はまたも同じような台詞で答える。前回も今回も俺の意思とは完全に無縁のところで決められた流れなので、俺としてはこの反応以外はしようがない。


「え、でも裁判ってことは、どっちが正しいかを第三者が判断するってことデスよね? アホ貴族がそんなことしたら、秒で負けるんじゃないデス?」


「あるいは陪審員を抱き込んだのじゃ? 国によってはそういうことができなくもないが……シエラ殿?」


 窺うようなローズの視線に、しかしシエラさんは表情を一片させ、キリッとした顔つきで首を横に振る。


「いえ、それはありません。神前裁判は女神アルトラ様の前で行われる、この国で最も厳正な裁判です。買収されるような……お金程度・・・・で信仰を捨てられるような者が、陪審員に選ばれることはありません」


「ふむ、そうか。いや、すまなかったのじゃ。一応の確認をしたかっただけで、決してアルトラ教の教徒を見くびっていたわけではない。正式に謝罪するのじゃ」


「謝罪を受け入れます。構いませんよ。流石に私も、全ての信徒が清廉潔白だなどとは言えませんからね」


 頭を下げるローズに、シエラさんがニッコリと笑って頷く。一瞬緊張した空気はそうしてすぐに緩んだが、代わりにゴレミが俺の隣で再び首を傾げる。


「でも、そうなるとアホ貴族はまともにやっても裁判に勝てると思ってるデス? そっちの方が意味がわからないデス」


「陪審員が無理なら、提出する証拠などをねつ造するのが定番じゃろうか? しかし今回の場合、証拠と言ってもなぁ……」


「そもそも証拠とかそういうの自体がねーだろ。あー、それともあれか? 俺達が全員の鍵を盗んで扉を開けたとか、そういう風に持っていくとか?」


「バーナルド殿達と知り合っていなければ、そういう方向もあったじゃろうが……というか、本当にそうだった場合はどうなるのじゃ?」


「ダンジョン内であろうとも、窃盗や強盗は相応の罪となります。ですが人目があるわけではないので当事者同士の証言を聞くしかなく、そうなると罪の立証はとても難しいですね」


「ですよねー」


 困り顔をするシエラさんに、俺は軽い口調で同意する。当事者同士で「相手が悪い」と言い合うなんてのは不毛の極みで、どっちが正しいかなんて証明する方法はほぼない。


 だからこそ「勝った方が真実」となりがちなわけで、ジャッカルには苦汁を飲まされた。あの日の想いを俺が忘れるはずがない。


 だが、それは逆に言えば事実と真実は違っていても問題ないということだ。もし俺達がバーナルドさん達と敵対したままで、その繋がりでスネイルさんと会話する機会も得られなかったとしたら、残りの一パーティも含めて関係者全員をあの貴族様に買収された結果、俺達が悪という結論を突きつけられる可能性は十分にあった。


「いや、本当にバーナルドさん達と和解しててよかったぜ……」


「じゃな。流石に関係者が全員敵に回るとなったら、妾でもゾッとしてしまうのじゃ」


「だけど、そうするとますますアホ貴族がどんな手を打っているのかがわからないデス」


「ふむ。ならこういう時は、逆転の発想だ。なあローズ、もしローズがあの貴族様を勝たせようと思ったら、どんな手を打つ?」


「うむ? そうじゃな……」


 俺の問いかけに、ローズが腕組みをして考えこむ。そのまましばし無言の時間が流れるが、ローズの表情は芳しくない。


「今言ったような裏工作ができぬのであれば、何らかの手段で自身の行動を正当化しなければならぬのじゃが……どうこじつけても早い者勝ち・・・・・で負けた相手が悪いとする方法は思いつかぬのじゃ」


「ローズでも思いつかねーのか。ちなみに俺もさっぱりだが、ゴレミだったらどうだ?」


「そうデスね。まずはこの魅惑のボディでマスターをたらし込んで――」


「あー、お前はもういいや」


「酷いデス!? マスター、色仕掛けは普通に有用な手デスよ?」


「おぅ!? ああ、そうだな……すまん」


 まさか真面目な話だとは思わず流してしまったが、確かに言われてみれば定番中の定番だ。しかし残念ながら、今のところ俺に色仕掛けを仕掛けてくる美人のお姉さんの影は存在しない。


「……マスター、ひょっとして今、ちょっとくらい色仕掛けされたいなーとか思ったデス?」


「は!? 馬鹿言うなよ、そんな見え見えの罠に引っかかるわけねーだろ!」


「嘘くさいデス。嘘をついている匂いがプンプンするデス! ゴレミというものがありながら、マスターの浮気者! デス!」


「風評被害ですらない妄想で罵られるとか、理不尽にも程があるだろ……あ、そうだ。シエラさん、その神前裁判とやらでもし俺が負けた場合、どうなるんですかね?」


「子爵様の主張が認められた場合は、クルト様は子爵様に対する損害賠償の責務を負うことになります。神前裁判の判決は法的な拘束力を持つので、今回は収入の差し押さえや財産の没収、場合によっては労役刑を課せられることもありますね」


「うげっ、本当に犯罪者になっちまうってことか……じゃあ俺が勝った場合は?」


「その場合は不当な訴えを起こしたということで、子爵様の方に罪科が課されることになると思われます。ただ訴えの内容的に、子爵様側の責は『勘違いで無実の人を訴えただけ』ということだけになるので、おそらくは警告と軽い罰金刑程度で収まるかと」


「えぇ……? つまりこっちは負けたら人生終わるのに勝っても得るものはなく、逆に向こうは勝てば莫大な金が手に入るのに、負けてもちょっと怒られて小銭を取られるだけってことですか!? 割に合わねーにも程があるだろ……」


「いやいやクルトよ。確かに一般人の目線でみればそうじゃが、貴族目線で言うなら、裁判に負けて罰金を払わされるなど相当な屈辱じゃぞ? それこそ一生根に持たれるくらいの出来事なのじゃ」


「それに、神前裁判の申し込みはそれほど簡単なものではありません。真剣な訴えを無碍にすることはありませんが、適当な気持ちで申し込まれたものを受けることもまたありません。


 神は全てを見ておられます。その寛容さを見誤れば、大いなる罰を受けることとなるでしょう」


「おおー、何かスゲー神官っぽい!」


「あの、クルト様? 私は確かに探索者ギルドの受付をやっておりますが、それ以前にアルトラ教の神官なのですけれど……」


「あ、いや、そうですよね。別に変な意味じゃなくて……すみません」


「ふふっ、構いませんよ」


 しどろもどろになる俺に、シエラさんは笑顔を返してくれる。どうやら神様だけでなく、神官様も寛容であるようだ。とまあ、それはそれとして……


「そういうことなら、自分が勝つまで無限に訴えるってことはないのか。なら今回で完全に片が付く、のか?」


「普通に考えればそうだと思うデスけど……」


「ふふふ、案ずるな」


 未だ見えないことばかりで不安を感じる俺とゴレミに、ローズが意味深な笑みを浮かべて言う。


「妾の方で、色々と手を考えておるのじゃ。先も言ったが、今回の件はどーんと妾に任せておけなのじゃ!」


「うぉぉ、ローズ先生の頼りがいが半端ねーぜ!」


「貫禄が天元突破してるデス! ローズのドリルが天を突いちゃうデス!」


「ど、どりる……? よくわからぬが、とにかくこれで決着をつけて、楽しいダンジョン探索に戻るのじゃ!」


「「オー!」」


 突き上げられたローズの小さな拳に、俺とゴレミも追従する。気楽な日々を取り戻すまであと一歩。ローズ先生の大活躍にご期待下さい、ってところだな。

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