特別の弊害

「ウッキーィィィ!」


「っ!? やら、せるかぁ!」


 一瞬我を忘れていた俺の前で、べろりと唇を捲り上げて笑ったピンキーモンキーが追撃の石をローズに向かって投げる。その動きを目で追ってから、俺はローズを守るべく全力で地を蹴り、石の軌道に腕を伸ばした。


バチンッ!


「ウキー!? ウキー!」


「ハッ、この程度!」


 石は俺の腕に当たり、結構な痛みを与えてくる。だが剣が握れないほどではなく、戦闘は続行可能。ただし俺がこの場を離れれば、きっとあの糞猿はまたローズを狙うし、放っておけば燃えてる方のピンキーモンキーもこっちに向かってくるかも知れない。なら俺がとるべき選択は……


「ゴレミ! 全力で敵を殲滅しろ!」


「了解デス! ゴレミアームブレイク!」


「ウギャァァァ!」


 俺はローズの上に覆い被さるようにして乗っかると、両腕で顔を守りながらゴレミに向かってそう指示を飛ばす。するとゴレミは組み合っていたピンキーモンキーの両腕を容易くへし折ってから思い切り蹴っ飛ばすと、燃えて暴れているピンキーモンキーに駆け寄り、その腕を掴んで体ごと振り回す。


「まとめて吹っ飛ぶデス! ジャイアントゴレミスイーング!」


「ウギャー!?」

「ウギョッ!?」


 その勢いのままにぶん投げられた燃えるピンキーモンキーが、石を手に余裕の表情を浮かべていた樹上のピンキーモンキーに命中し、二体纏めて吹き飛ばす。そうして地面に転がった二体をゴレミの拳が粉砕することで、あっという間に三体のピンキーモンキーは魔石を残してダンジョンの霧となった。


「排除完了デス! マスター、ローズはどうデスか?」


「待て……ローズ? ローズ!」


 頭を打って気絶している時は、下手に揺すったりしては駄目だ。故に俺はローズの耳元に口を近づけ、その名を何度も口にする。すると幸いにもすぐにローズは小さなうめき声をあげながら意識を取り戻した。


「うぅん? 騒々しいのじゃ、いったい何が……うひゃっ!?」


「ローズ!? よかった、目が覚めた……」


「近い近い近い!? 顔が! 顔が近いのじゃ!? え、何じゃこれ!? 妾はこのまま大人の階段を上ってしまうのじゃ!?」


「まだ混乱してんのか? 大丈夫、魔物はゴレミが倒したから、まずは落ち着け」


「お、お、お、落ち着け!? いやそんな、落ち着けと言われても……そりゃ妾じゃって一応は皇族じゃから、そういう教育は受けておるが、しかしそういうのはもっとこう、お互いをわかり合ってからというか……」


「? ローズ、お前本当に大丈夫か?」


「とりあえずマスターがそこからどいたらいいと思うデス」


「あ、そっか。悪い」


 何処か冷たく感じるゴレミの言葉に、俺はすぐにローズの上からどく。すると顔を真っ赤にしたローズが怪訝な目をしてから起き上がろうとし……未だ血を流している額を抑えて顔をしかめる。


「うっ……」


「おっと、そうだった。動くなローズ、今回復薬使うから」


 俺は腰の鞄から、買い置きの回復薬を取り出してローズの額にかける。するとすぐに血はとまり、傷口が塞がった。


「これでよしっと。うん、傷もねーな」


「クルト? 妾は一体……?」


「あー、多分あの猿の魔物から石を投げつけられたんだよ。大丈夫か? 目眩がするとか気持ち悪いとか、そういうのはねーか?」


「石? ああ、そういうことなのじゃ……うむ、もう痛みもないし、大丈夫なのじゃ」


「それはよかったデス! それでマスター、これからどうするデス?」


「これから? そりゃ勿論撤退だ」


「む? 妾なら平気じゃぞ?」


 即答した俺に対して、ローズが大丈夫と体を動かしてアピールしてくるが、俺はそれをそっと押し留めつつ、首を横に振る。


「駄目だ。頭の怪我は怖いからな。もっと奥ならまだしも、こんなダンジョンの入り口に粘る価値なんてねーよ。それに回復薬も使っちまったし」


「ぬぅ……妾のせいですまぬのじゃ」


「それを言うならゴレミの方デス。ゴレミが二人を守らなきゃいけなかったのデス」


「ばーか、どっちのせいでもねーよ! 強いて言うなら、運が悪かったってくらいだ。つまんねーこと言ってねーで、さっさと戻るぞ。


 ゴレミ、俺はローズについてるから、出てきた魔物は片っ端からぶっ飛ばしてくれ。あの猿なら変に守りながら進むより、そっちの方が安全だろうからな」


「ゴレミにバッチリお任せデス! 見敵必殺サーチアンドデストロイデス!」


「むぅ、妾は平気じゃというのに……」


 張り切るゴレミを先頭に、俺は拗ねたように口を尖らせるローズに寄り添いながらダンジョンを後にしていく。幸いにしてその後は特に問題もなく、ごねるローズを押し切って念のためにと治療院にもいったが、ローズの頭に異常はないとのことだった。その診察代もそこそこかかったが、安心のためだと思えば安いもんだ。


 ということで、まだ日が高いうちに戻ってきた宿の一室。俺の借りている部屋に集まると、俺達は改めて反省会を始めた。


「さて、それじゃ今回の出来事だが……すまん、これは完全に俺の見立てが甘かった。まさかあんな浅層で、遠距離攻撃してくる魔物がいるとはなぁ」


 投石は、人類最古の遠距離攻撃だ。ゴブリンだって棒くらい振り回すんだから、猿の魔物が石を投げてくることくらい想定しておくべきだった。


 油断、慢心。まだまだ最底辺のくせにそんなものに身を浸していた自分の情けなさに思わず歯噛みをしていると、何故かローズとゴレミが呆れたように俺を見てくる。


「クルトよ、お主は何を言っておるのじゃ? 遠距離攻撃など、以前からずっとされておったではないか」


「そうデスよマスター。攻撃魔法は大体遠距離攻撃なのデス」


「魔法攻撃? …………あっ」


 言われて考えてみれば、確かに攻撃魔法は遠距離攻撃だ。だが俺の中で、あれを強い脅威だと認識したことはほぼない。でも何故……?


「ふぅ、これはローズが強すぎるせいデスね。確かにローズの魔法は大抵の攻撃魔法を完全に防いじゃうデスから、意識から抜けるのは仕方がないデス」


「相性が悪ければ普通に貫通してくるものもあるのじゃが、<天に至る塔フロウライト>では特に苦戦もせず戦えてしまっておったからのぅ」


「普通のパーティなら、石ころを投げつけられるより燃える火の玉を投げつけられる方がずっと驚異のはずなのデス」


「ぐぬぬぬぬ…………た、確かに」


 今回ばかりは、二人の言葉に何の反論もできない。簡単にかつ完璧に防げてしまっているからこそ、俺の中で魔法攻撃は「対処できるもの」として危険度が極端に下がっていた。


 だが投石は物理攻撃なので、ゴレミはともかくローズの魔法では防げない。急に難易度があがったのではなく、本来は徐々にあがっていたはずの難易度に、俺が気づけなかっただけなのだ。


「すまん。マジで俺の認識が甘かった……でもそうすると、他のパーティはどんな感じで遠距離対策してんだ?」


 自分達が意識していなかったので、他人がどうしているのかを俺は知らない。それはゴレミやローズも同じだったようで、二人共揃って首を傾げている。


「ゴレミは素敵に無敵なパーフェクト美ボディなので、そういうのはわかんないデス」


「妾も知らぬのじゃ。こんなことならジャスリン殿に話を聞いておけばよかったのじゃ」


「あー……そうか、そういうところもあんのか……」


 悔しげに言うローズに、俺の中でまた一つ納得が生まれる。普通の新人は同じ場所で何年もダンジョンに潜り続けるから、そこで知り合った先輩探索者に色々話を聞いたりできる。


 だが俺達はかなりの短期間で世界中を跳び回っているため、そういう相手ができない。バーナルドさん達は漸くできた待望の頼れる先輩であったが、大して話を聞く前にこの町に来てしまった。


「何か本当に、俺達って特別なんだな」


「そうデスね。いい意味でも悪い意味でも、こんなパーティは他にないと思うデス」


「外から見た特別というのは憧れるものじゃが、当事者となれば困難の方が多い。それもまた世の常なのじゃ」


「ハハハ……ああ、その通りだ」


 特別なスキルを手に入れた俺。特別な意識を持つゴレミ。特別な家に生まれ、特別な魔力を持つローズ……世界中から特別を集めたような俺達は、特別故に出会い、特別故に苦悩する。そんな事実に苦笑してから、俺達は更に問題点を話し合っていった。

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