解決できない大問題

「で? 何か言いたいことはある?」


「すみませんでした…………」


 開けて翌日。昨日の交渉……というか、何だかよくわからないアレの反省会をすべく集まった、バーナルドさんの借りている宿の部屋。俺達の前では部屋の主たるバーナルドさんが綺麗な正座をさせられており、その正面に立つジャスリンさんにより、紙くずを見るような目で見下ろされていた。


 ちなみにだが、ジャスリンさんの目は完全に治っており、今は初見の時と同じく綺麗な顔になっている。まあその綺麗さも、今はどこかゾクッとする迫力を含んでいるが。


「はぁぁ……クルト君の助けになると思って送り出したのに、何で貴方が相手の貴族の怒りを買ってるのよ!? それじゃ完全に逆効果じゃない!」


「で、でも! あれは言うべきだったと思うぞ? あそこを譲ってしまったら、もう俺達に勝ち目はないじゃないか!」


「言い訳しない! 確かに安易に謝るのは駄目だけど、だからって相手を煽っていいとは言ってないのよ! 後輩を守りたかったって気持ちはわかるけど、やっていいことと悪いことがあるの!」


「……………………」


 ジャスリンさんに怒られて、一八〇センチくらいあるバーナルドさんのガッシリとした体が、これ以上無いほど小さくすぼまる。俺の頭にはジャスリンさんの振るう鞭にバーナルドさんがビシビシ叩かれてる姿が浮かんでくるんだが、それを口にすると俺もイマジナリー鞭でビシビシやられそうなので、絶対に口にはしない。


「すまぬなクルトよ、これは完全に妾の読み違えじゃ」


 と、そんな二人はそのままに、ローズが俺に申し訳なさそうな顔で謝ってくる。だがその謝罪こそ、俺が受け入れることはできない。


「そりゃ違うって。ローズが悪いわけじゃなくて、相手が悪かっただけだよ。まさか本気で一〇〇億クレドを用意してきたと思われるなんてなぁ」


「むぅ……」


 昨日の会合は、結局のところ何の進展もなしにお開きになった。最終的にエリオットが「これ以上貴様等と話し合うことなどない!」と一方的に言い捨てて、部屋から出て行ってしまったからだ。


「はぁ……なあローズ、こういう場合ってどうなるんだ?」


「難しいのじゃ。一般的な解決法としては、セーガル子爵と繋がりのある別の貴族に間に入ってもらい、そこで改めて話し合いを持つとかじゃが……その場合間に入ってもらう貴族にも相応の謝礼を払わねばならぬし、何よりそんなに都合よく妾達に力を貸してくれる貴族など、心当たりがないのじゃ。


 一応聞くのじゃが、ジャスリン殿達にはそういう伝手は……?」


「ないわね」


「ないな」


「まあ、そうじゃろうな」


 あっさりと否定したバーナルドさん達に、ローズが然もありなんと頷く。あのスネイルって人みたいに、依頼で貴族と拘わることくらいなら上位の探索者ならあるんだろうが、かといって個人的に頼み事ができる間柄になれるかと言われれば、答えは否だろう。


「てことは、もう一回こっちから『会いたい』って言った方がいいのか? でも相手の目的が本気で俺から一〇〇億クレドをせしめたいってことなら、ぶっちゃけどうしようもなさそうなんだが……」


「マスターから聞いた話の感じだと、次に会ってまたお金を払わなかったら、今度は本気でキレて襲われそうデス」


「そうじゃな。というか、それも妾の読み違えじゃ。いや、それともその態度すらブラフで、本当の狙いは別にあるのかも知れぬが……」


「いや、そんな深読みする必要はねーぜ」


 と、そこで不意に、俺達以外の声が聞こえてくる。驚いてそちらを振り向いてみると、そこには疲れた表情を浮かべる細目の男が立っていた。


「スネイル!? 何でお前がここにいるんだ!?」


「私が呼んだのよ。話を聞くなら、相手側の立場の人がいた方がいいでしょ?」


 驚くバーナルドさんに、ジャスリンさんがそう告げる。するとスネイルさんは肩をすくめながら部屋に入ってきて、正座するバーナルドさんに馬鹿にしたような視線を向ける。


「へっ、いい様だなバーナルド」


「うるさい! こうなったのも、元はと言えばお前のせいだろうが!」


「いやいや、完全にお前の自業自得だろ!?」


「いーや、お前のせいだ! お前があんな変な貴族に雇われたりしてるからだ!」


「それは……いや、俺だってあんなのが雇い主だなんて思わなかったんだよ! くそっ、割のいい依頼だと思ったんだが……」


「はいはい、そこまでにして。ねえスネイル、貴方の雇い主のこと、詳しく教えてもらえないかしら? 勿論相応のお礼はするわよ?」


 じゃれ合いのような言い争いをするバーナルドさん達に、ジャスリンさんがそう言って会話に割って入る。するとスネイルさんは一瞬嫌そうな顔でバーナルドさんを見たあと、改めて話をしてくれた。


「ああ、わかった。つっても、俺だって大したことは知らねーんだ。単に『試練の扉』を確保してくれたら大金を払うって条件で雇われただけだしな。


 ただまあ、蓋を開けたらあんな感じで……正直俺達もどうしたもんかと思ってんだよ。なあお前、クルトだっけ?」


「あ、はい。そうです」


 突然話しかけられ、俺は素直にそう答える。するとスネイルさんがこっちに近づいてきて、ポンと俺の肩に手を置いた。


「大変だと思うけど、頑張れ」


「は、はぁ……どうも」


「おいスネイル、何で他人事なんだよ!?」


「いや、他人事だろ? そもそも俺にどうしろってんだ? あんなのでも一応雇い主で、お貴族様なんだぞ?」


「それは……筋の通らないことを言ったりやったりしそうなら、ちゃんと指摘するとか?」


「そんなのを素直に聞く奴は、そもそもあんな風にはならねーんだよ! 世の中の誰も彼もが、お前みたいに馬鹿たんじゅんじゃねーってことを、いい加減わかれ!」


「な、何だよ。なんで急に褒めたんだ?」


「褒めてねーよ!」


「……何と言うか、仲のいい二人じゃな」


「はわわわわ! ビーでエルな匂いを感じるデス! 腐ったハートがワクテカしちゃうデス!」


「はぁぁぁぁ…………ごめんなさいねクルト君。スネイルを呼んだのは失敗だったかも知れないわ」


「あはははは……」


 場の空気に頭を抱えるジャスリンさんに、俺はひとまず曖昧な笑い声をあげて答える。敵対してギスギスしてるとかよりはずっといいが、俺の問題の解決は果てしなく遠のいている気がしてならない。


「あの、すみません。そろそろ話を……今後どうするのがいいのかを、軽くでも纏めたいんですけども」


「おっと、そうね……相手が本当に何も考えてない馬鹿貴族だっていうなら、素直に謝罪したり、取引を持ちかけるのは悪手よね?」


「そうじゃな。聞いた話から総合すると、こちらが過ちを認めたりしたら、そこにつけ込んでとんでもない要求をしてきそうなのじゃ。であれば最善は無視して相手が諦めるのを待つというものじゃが……」


「迷いなくマスターの首をはねろとか言ってくる奴を無視したら、それこそ闇討ちとかされそうなのデス」


「でも、探索者ギルド経由で損害賠償を求められているんだよな? となると下手に無視すると、ギルドから手配犯扱いされたりするんじゃないか?」


「あー、それはあるかもな。あんなのでも貴族だし、権力はあるだろうからなぁ」


「えっと、じゃあ全部纏めると……まともに相手できる性格じゃないので、謝罪や交渉で事態の沈静化を図るのは無理。かといって相手の要求を飲むのも現実的には不可能で、じゃあ無視するしかないってことで無視すると俺を狙う暴漢を雇われたり、探索者ギルドに訴えられて俺が手配犯になったりする可能性がある…………えぇ、これもう詰んでるのでは?」


 全員の台詞を統合した結果、どうすることもできないという結論に至る。なんだこれ、倒せない分ダンジョンの魔物より厄介だぞ?


「ぐぅぅ、何でこんなことに……俺達はただ『試練の扉』を、普通に使っただけなのに……」


「やっかまれるとは思っていたが、まさか貴族に目をつけられるとはなぁ。俺の発言で怒らせちゃったみたいだし、これひょっとして俺達もヤバいかな?」


「あーもう! 何でバーナルドを送り出しちゃったのかしら! こんなことなら私が行けば……若くて馬鹿っぽそうな貴族なら、色仕掛けで何とかなったりしないかしら?」


「やめた方がいいのじゃ。下手に通じてしまうと、それこそ散々弄ばれて捨てられてしまうのじゃ。大分選民思想が強いようじゃしの」


「ハッ!? ということは、ゴレミも襲われてしまうデス!? それは駄目デス! ゴレミの貞操はマスターだけのものなのデス!」


「そう言う意味でゴレミを襲う奴なんていねーだろ……」


「いやいや、わかんねーぜクルト。貴族ってのは倒錯的な性癖をしてる奴がたまにいるからな。全裸で石像に抱きついて、局部を擦り付けるのが趣味って貴族もいるかも……」


「ウギャー!? 何てことを言うデスか! 想像しただけでサブイボが出ちゃうデス!」


「あの、お客様? 先ほどから苦情が来ておりまして、もう少し静かにしていただけないかと……」


「す、すみません! ほらみんな、静かに! いい加減にしないと全員バーナルドせいざさせるわよ!」


「「「アッハイ」」」


「なあジャスリン、何か今、変な響きが……いや、何でもないです」


 会議は踊る、然れど進まず。その後も俺達はあーでもないこーでもないと話し合い……結果三度目の注意にきた店主により宿を追い出され、バーナルドさんは猛烈に嫌がるスネイルさんの部屋に一晩泊まることになるのだが、それはまた別の話である。

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