馬鹿の特盛り
それから五日後。ローズからの薫陶をしっかりと受けた俺は、自分なら選ばない、お高い食堂の個室にやってきていた。そんな俺の隣には、頼りになる相棒の姿。即ち――
「ハッハッハ、そんなに緊張しなくても平気だって」
「あ、はい」
上機嫌で俺の背中をベシベシと叩く、バーナルドさんである。
まあ、まだまだこの町に来たばかりの俺達が頼れる相手なんて、それこそバーナルドさんとジャスリンさん、あとはシエラさんくらいしかいないしな。ただシエラさんは中立である探索者ギルドの職員なので、こういう場面では頼めない。
となるとジャスリンさんとバーナルドさんの二人になるのだが、相手の出方がわからない段階で、若くて綺麗な女性であるジャスリンさんが俺の隣にいるのは、良くも悪くも影響が大きいらしい。その辺の機微は俺にはよくわからないので、ローズの助言通りにバーナルドさんに同席を頼んだというわけなのだ。
「すみません、バーナルドさん。俺達のために手を貸していただいて……」
「気にするなって。困ったことがあったら頼ってくれって言っただろう? それに探索者としての対応なら、俺の方がずっと先輩だ。どれだけのことができるかはわからないけど、できる限りのことはしてみよう」
「ありがとうございます、バーナルドさん」
最初は誤解から始まった関係だったが、こうしてみるとバーナルドさんは本当にいい人だ。今回もこんな面倒なことを笑って引き受けてもらえたし、いつかいい感じにお礼ができるといいんだが……
コンコン
「っと、来たみたいだね。どうぞ」
扉がノックされ、俺とバーナルドさんは席を立ってから返事をする。するとすぐに扉が開かれ、そこから見るからに仕立てのいい、ちょっと派手目な服を着た二四、五歳くらいと思われるややぽっちゃり目の男と、同じくらいの年齢で細い目が印象的な、探索者風の格好をした男の二人が入ってきた。
「ふむ、来ているようだな」
「ゲッ、バーナルド!?」
「スネイル?」
(あれ? 知り合いなのか?)
「ん? おいスネイル。どうしたのだ?」
顔を見合わせ驚く二人に俺が内心首を傾げると、相手方も気になったようだ。身なりのいい方の男……口調からしても間違いなくこっちがセーガル子爵とやらだろう……に問われると、隣にいた細目の男が微妙に顔をしかめながら答える。
「あ、はい。そちらの男と面識があったもので……」
「そうか。ならば改めて名乗るがいい。聞いてやろう」
「では、失礼しまして。私は『ペイルゲイザー』という探索者パーティのリーダをやっております、バーナルドと申します。今回は未熟な後輩の補佐として同席させていただきました。よろしくお見知りおきください」
意外なことに……と言ったら失礼だが、尊大な態度をとるセーガル子爵に、バーナルドさんはスラスラとそんな挨拶をしてから、流暢な動作で一礼した。普段の印象とは違うそのしっかりした態度には驚かされたが、顔を伏せたままバーナルドさんが軽くこちらに視線を向けてきたのを受け、俺も慌てて挨拶をする。
「は、初めまして子爵様。私が『試練の扉』を使用した探索者パーティ『トライギア』のリーダーで、クルトと申します」
「フン、こんなしょぼくれたガキが、私の『試練の扉』をかすめ取ったのか……忌々しい。とは言え、一応ここは交渉の席だからな、名乗ってやろう。私はエリオット・セーガルだ。貴様等には特別に、エリオット様と呼ばせてやろう」
「ん? えっと、セーガル子爵様とお呼びしなくてもいいのですか?」
大抵の貴族は、家名にこそ誇りを感じる……とローズから聞いている。なので俺がそう問うと、何故かエリオットが苛立たしげに声を荒げる。
「私がそう呼べと言っているのだから、黙って従えばいいのだ! 貴様等のような庶民を相手にしていると知られるのは、偉大なるセーガル家にとって汚点だからな!」
「は、はぁ、そういうことでしたら……」
「もういい! さっさと座れ!」
「はい」
隣の男に椅子をひかれ、エリオットが席に着いたのを確認すると、俺達も自分の席に腰を下ろしていく。すると最後に席についた細目の男が、遠慮がちの手を上げて声を出した。
「あー、えっと、一応俺も名乗らせてもらうんだが……俺はエリオット様に雇われている探索者で、『黒蛇』ってパーティのリーダーをやってるスネイルだ。よろしく頼む」
「あ、はい。よろしくお願いします、スネイル……様?」
「いい、いい! 俺はお前達と同じ、ただの探索者だ。様なんてつけるな。あとバーナルド、テメェなにニヤニヤしてやがる!」
「いや、別に? 気にしないでくれ、スネイル様」
「テメェ……」
「喧しい! 騒ぐな!」
「うぐっ!? も、申し訳ありません……」
「失礼しました、エリオット様」
エリオットに怒られて、スネイルさんがギッとバーナルドさんを睨む。だがバーナルドさんはすまし顔でそう謝罪しつつ、スネイルさんの方をチラッと見て小さく笑った。どうやらこの二人は、単に顔と名前を知ってるだけって間柄ではなさそうだ。
「で、クルトとやら。この私をわざわざ呼び出したということは、賠償金を用意してきたのか?」
「え?」
「ん? 私を呼んだのだから、自らの愚かさを自覚し、誠心誠意反省したうえで賠償金を支払いたいということなのだろう? ほれ、受け取ってやるからさっさと証文をよこせ」
「……は、ははは。ご冗談を。本日エリオット様をお呼びだてしたのは、あの訴えの意図をお聞かせいただければと思ったからなのですが……まさかその、本当にお金、を?」
「何を訳のわからん事を言っている! この私の邪魔をしたのだぞ!? ならば地に額を擦りつけて泣いて謝り、自身の財産のみならず親兄弟を売り払ってでも金を作り、この私に誠意を示すことこそが貴様に許された唯一の道であろうが! そのつもりもないのに私を呼び出すなど、貴様私を馬鹿にしているのか!?」
「そ……あ…………えぇ?」
本気で怒っているらしいエリオットに、俺は言葉を詰まらせる。おかしい、ローズの教えでは「絶対に払えない額を要求しているのは、別の目的があるからだ」ということだったんだが……まさか本気で一〇〇億クレドを要求されてるのか?
「あの、エリオット様? 身内どころか一族全部売り払ったって、一般人にそんな金は作れないと思いますよ?」
「そうですな。それにそもそも、罪もない彼に『身内を売れ』と迫るなど、とても貴族の振るまいとは思えません」
「お、おいバーナルド!?」
その流れを見かねたスネイルさんの言葉に、バーナルドさんが更に強い言葉を重ねる。するとスネイルさんが焦って声をあげたが、口から出た言葉が消えることはない。顔を真っ赤にしたエリオットが、ダンとテーブルに両手を叩きつけながらバーナルドさんを睨む。
「貴様! たかが探索者の分際で、この私に貴族を語るか!? 身の程をわきまえろ!」
「それはこちらの台詞です、エリオット様。今回の貴殿の訴えは、探索者の常識からすれば甚だ的外れなものであることを、エリオット様は理解なされているのですか?」
「なっ!? き、貴様、言うに事欠いてこの私に、そのような――」
「だってそうでしょう? エリオット様は『試練の扉』を横取りされたと主張しておりますが、我等探索者の常識では、ダンジョンにある全てのものは早い者勝ちです。
故に今回のことは、クルト君がエリオット様のものをかすめ取ったのではなく、エリオット様が……というかスネイルが、クルト君に一歩及ばなかったというだけのこと。それを損害賠償などと騒ぐのは、欲しい玩具が手に入らず癇癪を起こす子供と同じでしょう」
「なっ、なっ、なっ…………」
「バーナルドさん!? そこまでに! そのくらいに!」
頭から湯気が噴き出しそうなほどに怒り狂うエリオットを前に、バーナルドさんが「言ってやったぜ」というドヤ顔を浮かべている。それは一見するととても頼りになる姿だし、その台詞は俺も言いたかったことではあるけれども……
(駄目だこいつ! バーナルドさんを自由にさせてたら、俺が詰む!)
ある意味目の前の貴族より厄介な味方に、俺は内心で大いに焦る。だが考える暇もなく、エリオットがスネイルさんに向けて怒鳴りつける。
「スネイル! この無礼者を斬れ! 貴族たる私に対する不敬罪で、今すぐ首をはねるのだ!」
「無茶言わないでくださいよエリオット様! そりゃ俺達はエリオット様に雇われてますけど、それはあくまで探索者としてであって、人殺しとかそういうのは無理ですから!」
「そんなこと私の知った事か! いいからさっさと殺せ!」
「落ち着いて! 落ち着いてください!」
「やるのかスネイル?」
「やるわけねーだろ! 馬鹿か!? いや、お前は本物の馬鹿だ! お前ほどの馬鹿は見たことねーよ! 何やってんだぶっ殺すぞ!?」
「そうだ殺せ! 虫けらなどたたき殺せ!」
「あーもう! いいから落ち着いて! 落ち着けよこの野郎!」
「一族郎党皆殺しだーっ!」
貸し切りの個室に怒号が響き渡り、綺麗な花の飾られたテーブルが滅茶苦茶になる。その後流石に騒ぎを無視できなくなった店員が踏み込んでくるまで、俺はひたすらその大混乱に翻弄され続けることとなった。
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