真意を探る術
「ひゃ、一〇〇億の損害賠償!?」
「クルトお主、一体何をやらかしたのじゃ!? 一〇〇億とは尋常な額ではないぞ!?」
「いやいや、何もしてねーって!」
ギョッとした顔で問い詰めてくるローズに、俺は慌てて首を横に振る。実際俺には、そんなアホみたいな額を請求される心当たりなどこれっぽっちもない。
というか、そもそも一〇〇億の被害を与えることがまずできない。何だ? 俺は知らない間に大聖堂でも吹っ飛ばしたのか?
「あの、シエラさん? もうちょっと詳しい説明とかって、してもらえたりは……?」
「勿論ご説明致します。今回のクルト様への訴えは、自分が使うはずだった『試練の扉』をクルト様に使われたことで使用不能になった。なのでその損害を賠償せよ、というものですね」
「えぇ……?」
シエラさんの説明に、俺の頭に更なる混乱が広がる。そしてそれは俺だけではない。
「むぅ? 妾達に『試練の扉』を横取りされて気に入らぬ者が訴えてきたということなのじゃ?」
「でも、ダンジョンのお宝は早い者勝ちが常識デス。探索者ギルドはどうしてそんなアホみたいな訴えを受け入れたデス?」
そう、そんなのは探索者なら誰もがわきまえている常識だ。酒場で愚痴るくらいなら日常だが、それをギルドに正式に訴える……そしてギルドがそんな戯言を聞き入れるというのは明らかに異常事態。それを指摘するゴレミに、シエラさんが更に困った表情を深める。
「それはまさしく、その通りなのですが……実はその訴えをしてきているのが、隣国ポルタネリアのセーガル子爵という方なのです」
「はぁ!? 何で隣の国の貴族様が、そんな訴えを?」
「どうやらその貴族様が、以前からこの国の探索者パーティに『試練の扉』の確保を依頼していたようなのです。ただ『試練の扉』は出現する頻度もそれほど高くありませんし、あまり深い層に出た場合は、仮に確保できたとしてもそこまで依頼主である貴族様をお連れすることができませんので、結果として今日までその依頼が達成されることはなかったようです。
ですが先日、第一四層というかなり浅い層に『試練の扉』が出現し、しかも五つある鍵の欠片のうち、一つをその貴族様が契約していたパーティが確保したということで、今度こそと思っておられたようなのですが……」
「そこにゴレミ達がやってきて、そういう背景とか本来のセオリーを完全無視していきなり『試練の扉』をクリアしちゃったわけデスね」
「そうなのです。交渉すらなくいきなり横取りされたことに、セーガル子爵様が大変に腹を立てておられるようで……探索者ギルドとしても、言いがかりのような内容とわかってはいるのですが、他国の貴族様となると無碍にすることもできず……」
「あー…………そりゃあ仕方ないっすね」
困り果てた表情で言うシエラさんに、俺は乾いた笑みを浮かべながらそれだけ口にする。なるほど、どっかの我が儘貴族が、常識を無視して獲物を横取りされたって騒いでいるが故の無茶苦茶な要求ってわけか。
「経緯はわかりましたけど、でもそれ、俺はどうすれば? まさか本気で一〇〇億クレド払えなんて言われませんよね?」
「それは大丈夫だと思います。ギルド側もギリギリの配慮として、今回の損害賠償を『請求』ではなく『要求』で留めていただきましたので、少なくとも現状では、探索者ギルドがクルト様から強制的に賠償金を差し押さえる、ということはありません」
「そうですか…………なあローズ、請求と要求って何が違うんだ?」
「請求は『必ず払え』で、要求は『できれば払ってくれ』という感じかの? 要は命令とお願いの違いなのじゃ」
「マスター、それを一二歳の子供に聞いちゃうのはどうなのデス?」
「ばっ!? ちげーよ! ちょっと確認しただけだよ! てことは、このまま無視して突っぱねても平気なんですかね?」
ジト目を向けてくるゴレミから顔を逸らし、俺はシエラさんに話しかける。するとシエラさんは少し考えてから言葉を続けた。
「そう、ですね……強制力があるものではないので、何もない可能性はあります。ですが――」
「いや、それはやめておいた方がいいのじゃ」
「ローズ?」
しかしそこに、ローズが割って入ってくる。俺達が顔を向けると、ローズが真剣な表情で話を続けた。
「貴族というのは、とかく面子を気にするものじゃからな。こんな言い方はアレなのじゃが、自分の物になるはずだったお宝を、自分を無視して平民が横からかっさらい、加えて自分の要求まで無視したとなると、本気で妾達を潰しに来る可能性が高いのじゃ」
「うわぁ、面倒くせぇ……」
「本気で潰しに来るって、具体的にはどんなことをされるデス?」
「そうじゃな……定番としては商人達に圧力をかけ、宿や店などを使えなくすることか? そのセーガルという子爵がどの程度の存在なのかわからぬが、それでも他国とはいえ貴族の機嫌を損ねるのと、町に来て一月ほどの探索者パーティを冷遇するのであれば、大抵の商人は貴族の方をとると思うのじゃ」
「そんなことはない……と言いたいのですが、人は誰もが清廉であるわけではありませんし、自身の安全や生活を守るためだと言われてしまうと、ギルド側としても強くは言えません。
それでも探索者ギルドと提携しているお店であれば、問題なく使用していただけると思いますが……申し訳ありません、一介の受付である私には、その保証も……」
「いやいや、シエラさんが悪いわけじゃないですから、謝らないでください。ローズ、他には何かあるか?」
「うーん、あとは子飼いの探索者をこの地に送り込んで、法に触れぬ程度の嫌がらせを続けるとか……最後はごろつきを雇って直接襲わせるとかじゃろうか?」
「おぉっふぅ…………」
どうやら想像していた以上に厄介事がやってくるらしい。流石にそんなのをまともに相手したくはねーんだが……
「んじゃ、俺はどうすりゃいいんだ?」
その貴族というかこの訴えというかの、対処法がわからない。無論一〇〇億クレド払えばそれだけで解決するんだろうが、どうやっても無理なのでその案は最初から却下だ。
故に口元を捻りあげながら問う俺に、ローズがポンと腰の辺りを叩いて気楽そうに言う。
「なに、大丈夫じゃ。相手の貴族とて、まさか本気で一〇〇億クレドが支払われるなどと考えているわけではあるまい。
これはいわば挨拶じゃ。本当の目的は別にあるから、自分に会いに来いという意思表示なのじゃ」
「え、そうなのか?」
「そりゃそうじゃろ。むしろそういう意図があるからこそ、絶対に飲めぬような条件を出してきているはずなのじゃ。もし本当に金銭で解決したいなら、もっと現実的な……それこそ妾達が払えるような額を提示してくるじゃろうからの」
「なるほど……流石はローズ、伊達に皇女様じゃねーな」
「まあの! こういうやりとりならちょっとしたものなのじゃ!」
「ということは、次はゴレミ達が全員揃ってその貴族に会いに行けばいいデス?」
「ふむ、それは一考が必要じゃな。クルトは絶対に行かねばならぬが、妾が同行しては却って侮られるかも知れぬ。あとゴレミは絶対に駄目じゃ。何故本人が来ないのかと突っ込まれてしまうのじゃ。
それと、滞在先の情報も欲しいのじゃ。シエラ殿、セーガル子爵殿はこの町におられるのじゃ?」
「ええ、滞在なされております。滞在先を勝手にお教えすることはできませんが、こちらから言伝をすることは可能です」
「それは僥倖なのじゃ! 流石に隣国まで馬車の往復旅となれば金も時間もかかるからの。ではクルトよ、早速作戦会議をするのじゃ!」
「お、おぅ……何だローズ、スゲー張り切ってるな?」
やたらとやる気を出しているローズにそう言うと、ローズはどこか楽しげに笑いながら答える。
「ふふふ、こうして妾が表立って役に立てる機会は滅多にないからの! 気合いが入っておるのじゃ!」
「ローズが頼りになるデス!」
「ははは、じゃあよろしく頼むぜ、ローズ先生」
「先生!? ふへへ、まるっと妾にお任せなのじゃー!」
大きく両手を挙げて宣言するローズに、俺達は純度一〇〇パーセントの厄介事を何故かちょっとだけ楽しく感じながら、言いがかり貴族の対策を話し合うのだった。
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