戻る日常

「ウワホロリラレリロ!」


 浮遊する青い人型の魔物……フラジャイルゴーストが謎の鳴き声・・・をあげると、その眼前から青白い光が迸る。だがその当たると大分痛い一撃を、俺の前に躍り出た人影が腕を振るって吹き飛ばす。


バチバチバチッ!


「ふっふっふ、ニューゴレミの前では、そんなの痛くもかゆくもないのデス! さあマスター、ローズ! おニューなゴレミが完璧に防ぐデスから、サクッと敵をやっつけちゃうのデス!」


「おう! 頼むぜローズ」


「お任せなのじゃ! 広がるのじゃ、フレアスクリーン!」


「からの……食らえ、バーニング歯車スプラッシュ!」


 いつも通りの流れによって、俺の投げた歯車がフヨフヨ浮いているフラジャイルゴーストの命中する。すると奴らは「ヨヨヨヨヨ……」と情けない声をあげながら、あっという間に霧となってダンジョンに還っていった。


「流石はマスターデス! 歯車のキレが一段と増してるデス!」


「まあな。ゴレミだっていい動きだったじゃねーか」


「それはもう、ブランニューゴレミデスからね。お肌の張りと艶が違うのデス!」


 敵を倒し終えると、俺とゴレミはハイタッチをしながら互いを讃え合う。ゴレミは勿論わかりやすくパワーアップしているのだが、どうやら俺も、あの試練を乗り越えたことで若干ながら投擲技術に磨きがかかったらしい。


 確かにあの時、必死で頑張ったからなぁ……あの流れだと他に剣術や逃げ足? も強化されてそうな気はするんだが、逃げ足に関しては俺一人が逃げるって状況にならねーので確かめようがねーし、剣術は……


「むぅ…………」


 俺の脳裏に、一〇日前の帰路が蘇る。第一四層からの帰り道、バーナルドさんにちょっとだけ剣の腕も見てもらったのだが、その評価は「スキル無しにしてはまあまあ」という、何とも言えないものだった。


 もうちょっとこう……いやでも、確かにあの試練の時も剣術は大して使えなかったからなぁ。やはり俺には歯車を投げる道しかないのだろう。リエラ師匠の教えを大切に守り、これからも精進していこう。


「ん? どうしたローズ?」


 と、そこで一人だけしょげているローズの姿に、俺はそう声をかける。するとローズは若干顔を伏せたまま、言いづらそうにもごもごと口を動かす。


「いや、妾だけ何の成長もしておらぬのがな。わずかばかりとはいえ、ゴレミの気持ちがわかったのじゃ」


「おいおい、それは……」


「何を言っているデスか、ローズ? ローズはちゃんと成長してるデスよ?」


 俺が言葉をかけるより先に、軽く首を傾げながらゴレミがそうローズに言う。だがそれに対して、ローズは力ない笑みを浮かべて答える。


「慰めてくれるのは嬉しいのじゃ。でも……」


「確かに慰めてはいるデスけど、別に嘘を言ってるわけじゃないデス。だってローズ、マスターの歯車は凄く勢いよく飛んでいたデスよ?」


「いや、じゃからそれはクルトが……」


「勿論マスターの投擲技術は上がってるデス。でもそれとは別に、ローズの魔法の使い方も上手くなっていると思うのデス。


 今までのローズの魔法なら、あの火の膜を通すと歯車のスピードがちょっとだけ落ちてたデス。でも今はそれがない……だからマスターの歯車はあんなにシュビッと飛んでいったのデス!」


「そ、そうなのじゃ? 正直妾自身には、そういう実感は全然ないのじゃが……?」


 そう言って、ローズが俺の方を振り向いてくる。が、俺にもそんな細かいところはわからない。もし俺自身の投擲技術があがっていなければ、あるいはわかったのかも知れねーけど……まあでも、そんなのは些細な問題だ。


「いいんじゃねーか? 成長の実感なんて人それぞれだし。ローズの場合は元になってる魔力が莫大過ぎるから、ちょっと上手くなった程度じゃわかんねーってだけだろ。


 それに、聞いた話じゃ一時的にとはいえ、ローズは才能をもらってるんだろ? なら才能そのものは消えても、その経験が残ってて、だから才能があるとき程じゃなくても、ちょっとだけ魔力の扱いが上達したとかじゃねーか?」


「おぉぉ……そう言われるとそんな気がするのじゃ! なるほど、妾は知らぬ間に魔力の扱いが上手くなっていたのじゃ!」


 俺の言葉に、ローズが嬉しそうに微笑む。そう、本当に上達したかどうかなんてのは、この際重要じゃない。大切なのはローズが自身の成長を信じ、これからも前向きに努力を続けられることだ。


 それに新たな力を得て、感覚が鋭くなった……かも知れないゴレミが言うのであれば、多分魔法に疎い俺が気づけないだけで、ローズは間違いなく魔力の扱いが上手くなっているんだろう。だったらなおさらこれでいい。仲間のやる気を削るなんて、リーダーとして最悪だしな。


「んじゃ、このまま第四層の攻略を続けて、いい感じなら明日には五層に挑戦してみるか?」


「賛成なのデス! 今のゴレミなら、多分一五層くらいまでは余裕なのデス!」


「あれ? 思ったより低く見積もったな。元の状態からプラス一〇層なら、二二層くらいまではいけるんじゃねーの?」


 思ったより低い数字を出されて驚く俺に、しかしゴレミは軽く首を横に振りながら言う。


「計算上はそうデスけど、現実はそこまで甘くないのデス。ゴレミはゴーレムなので魔法にも物理にも高い抵抗値があるデスけど、逆に言うとそれを超えた攻撃を受けた場合、人間みたいに段階的に辛くなるとかじゃなく、全然大丈夫なところから一気にボロボロにされたりしちゃうのデス。


 なので安全マージンは大きめにとっておきたいのデス。壊れにくい体というのは、同時に直りにくい体でもあるのデス」


「なるほどなぁ。一応聞くんだが、もしゴレミの体が大きく破損した場合、ハーマンさんとかディルクさんに直してもらうってのは無理なのか?」


 俺の問いかけに、ゴレミが大きく首を傾げて考えこむ。


「やってみないとわからないので、絶対無理とは言わないデスが、基本的には無理なはずデス。それでも強引になんとかするなら、人間で言う『義手』や『義足』のような感じになると思うデス」


「ふむ、あくまでも外付けの補助であって、ゴレミの体として自在に動かせるようにはならぬということじゃな?」


「そうデスね。というか、それができるならそもそもコアを別の体に載せ替えられるデス」


「あー、そりゃそうだ」


 その回答は、俺を大いに納得させるものだった。なるほど確かに、俺だって腕が千切れたところに他人の腕を繋いだりはできない。やはりゴレミはゴーレムであっても、人間と同じように考える必要があるってことだろう。


「んじゃま、安全を十分に意識しつつも進むってことで」


「うむ! 今までと同じ方針じゃな。『試練の扉』も終わって急ぐ理由などないのじゃし、それでよいと思うのじゃ」


「今日も一日、ご安全になのデス! 現場猫案件はダメ、ゼッタイなのデス!」


「猫……?」


 何故ここで猫の話が出るのかはまるっきりわからねーが、安全が大事なのは嫌というほど理解している。なので俺達は新たに身につけた力に溺れることなく、堅実に探索を続けていく。


 相変わらず魔力の籠もった攻撃しか通じない魔物をバーニング歯車スプラッシュで撃退し、徐々に本気の殺意を見せてきた仕掛けを慎重に解除し、また時にはバーナルドさん達と顔を合わせ、軽い訓練みたいなことをしてもらったりもして……


「あの、少々よろしいですか?」


 聖都アレルに辿り着いてから、一ヶ月と少し経った頃。いつも朗らかな笑みを浮かべていたシエラさんが、珍しくちょっと困ったような顔をして告げてくる。


「実は皆さんに……いえ、正確には『トライギア』のリーダーであるクルト様に、損害賠償の要求が来ておりまして。その金額が、その……一〇〇億クレドとなっております」


「…………は?」


 一言一句意味がわからず、俺はただ間抜けな声をあげることしかできなかった。

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