家に帰るまでがダンジョンです

「えぇ……? じゃあ貴方達、本当に弱いの? 演技とかそういうのじゃなくて?」


「まあ、はい。そっすね……」


 色々な行き違いが解消され、俺達のことをいくらかの誤魔化しを含めて説明し終えると、困惑顔で問うてくるジャスリンさんに、俺もまた微妙な表情でそう答えた。弱いと言われまくるのは少々不満ではあるが、実際三〇層超えの探索者と比べたらアホほど弱いのは事実なので仕方ない。


 そしてそんなジャスリンさんの隣で、バーナルドさんが何故か嬉しそうに笑い声をあげる。


「ハッハッハ、やっぱりそうだったのか! ジャスリンがあんまり言うから俺の勘も随分鈍ったものだと思っていたけど……どうやら今回は俺の方が正しかったみたいだな」


「うっ、そうね……で、でも! 私の眼を焼くほどの魔力の持ち主が弱いだなんて、そんなのわからなくて当然じゃない!」


「うぅぅ、すまぬのじゃ……」


 ジャスリンさんの言葉に、ローズがしょんぼりと肩を落とす。するとそれを見たジャスリンさんが、慌ててローズに声をかける。


「あ、違うのよ! これは私の自業自得なんだから、ローズちゃんが悪いなんて全然思ってないわ!」


「そうなのじゃ? でも、大分大きな怪我じゃと思うのじゃが……」


「平気よ平気! こんなのダンジョンから出て治療院に行けば、すぐに治っちゃうから! むしろ大変なのはローズちゃんじゃない? まさか魔力が多すぎると、魔法が前に飛ばなくなるなんてねぇ」


「なあジャスリン、何かいい解決法というか、訓練法とかはないのか?」


「難しいわね。魔力が少ないって言うなら<魔眼>で見ながらその人に合った訓練法を探すことはできるけど、多すぎて扱えないなんて人は会ったことがないし……多分地道に魔力の制御力を鍛えていくしかないと思うわ」


 バーナルドさんの問いかけに、ジャスリンさんが首を横に振る。するとローズは吹っ切れたような笑顔を浮かべて、ジャスリンさんにお礼を言った。


「妾のことを気にかけてくれる、その気持ちだけで十分なのじゃ! ありがとう、ジャスリン殿」


「いいわよ。頑張ってね、ローズちゃん」


 そんなローズに、ジャスリンさんが笑顔で答える。出会った当初の敵意剥き出しな状況や、その後の怯えたような様子から一変、この二人は随分と打ち解けたようだ。うむうむ、よきかな。


「ところでクルト君。『試練の扉』が消えたということは、新しい才能はもらったのかい?」


「あー、はい。もらいました。と言ってももらえたのはゴレミだけですけど」


 バーナルドさんの視線に合わせて俺も背後を振り返ったが、そこにはもうあのでかくて白い扉はない。俺達が出てきてからしばらくすると、魔物の死体が消えるのと同じようにスゥッと消えてしまったのだ。


 挑戦者が一人も試練を突破できなかった場合はそのまま残るらしいが、俺達は一応突破したと判定されたようだ。


「そうか。まあ試練の突破率は平均六割くらいだから、一人でも突破できたなら上出来じゃないか!」


「そうね。まあこれは無駄になっちゃったけど」


 褒めてくれるバーナルドさんの横で、ジャスリンさんがゴソゴソと懐をまさぐり、握りこぶしくらいの大きさの鈍色の球を取り出す。


「それ、何デスか?」


「これは『試練の扉』を開くための鍵よ。いえ、正確にはこれを五つ集めると、鍵になるのだけど」


「へー。ということは、ジャスリン達でも二つしか手に入れられなかったってことデス?」


「流石は『試練の扉』じゃ。凄い難易度じゃのう」


 幾ら一ヶ月しか経っていないとはいえ、三五層で活動する探索者が二つしか手に入れられなかったとなれば、それがどれほど入手困難な代物かの予想が付く。だがそんなゴレミやローズの言葉を、ジャスリンさんが苦笑しながら否定する。


「ふふ、違うわよ。私達が二つしか手に入れられなかったのは、入手難度が高かったからじゃなくて、むしろ逆。簡単に手に入るせいで、二つしか集められなかったのよ」


「簡単だから駄目だった……デスか?」


「そうだよ。『試練の扉』を狙ってるパーティは多くてね。情報が入るとみんな一斉に動き出すんだけど……今回は一四層なんて浅い層だっただろ? 普段はもっと深い層で活動してるパーティが押し寄せたから、扉の発見からたった三日で五つ全部見つけられてしまったんだ。


 ただ、その流れがあまりにも早すぎて、誰も単独で五つは集められなかった。俺達はどうにか二つ確保したけど、残りは他のパーティに先に見つけられてしまったんだ。二つ見つけたパーティと、一つ見つけたパーティだね」


「で、その後は交渉の日々よ。強力な武具や便利な魔導具と違って、才能ってお金に換えられるものじゃないでしょ? そのせいで誰も引いてくれなくて、結局今日までグダグダし続けて……そこに意味不明な事を言う貴方達が現れたから、素性を隠した探索者が私達の鍵を奪いに来たんじゃないかって、ちょっと強めに警戒したりもしたのよ」


「なるほど……そりゃ確かに警戒しますよね」


 今思い出しても、あの時提示された「報酬」は素晴らしいものだった。俺達程度ですらそう思うのだから、もっと深層で活動する探索者なら、それこそどんな手段を使ってでも手に入れたいと考えても不思議じゃない。


「まあでも、それも終わりさ。勇敢にして幸運なる若き探索者達によって、試練の扉は見事に突破された。となれば……」


 ジャスリンさんの手から、バーナルドさんがひょいと鈍色の球を取り上げると、それが青く光る砂粒となってサラサラと崩れていく。


「役目を終えた鍵もまた、ダンジョンに帰る。ハハ、今頃あいつら大騒ぎしてるだろうなぁ」


「そうね。大金か才能か、とにかく自分達に莫大な利益をもたらしてくれるはずのものが突然崩れて消えちゃうんだから、きっと怒号が飛び交ってるわよ」


 ダンジョンの外に視線を向けて言うバーナルドさんに、ジャスリンさんが悪戯っぽい笑みを浮かべて同意する。だがそれを聞かされた俺達は、そんな風に落ち着いてはいられない。


「あの、これ、ひょっとして俺達が逆恨みされたりとかしないですかね? そんな上位のパーティにちょっかい出されたりしたら、割と本気で詰むんですけど……」


「大丈夫さ。連中だって探索者なんだし、そんな過激な手段に出たりはしないって。まあもし町で見かけたら、酒の一杯くらいは奢れって言われるかも知れないけど」


「そうね。試練の達成者はギルドに張り出されるから、貴方達これから大変よ? しばらくはそういうたかり・・・に気をつけないとね」


「へ!? な、名前が張り出されるんですか!? 何で!?」


 予想していなかった事態に俺が思わず変な声をあげてしまうと、ジャスリンさんが更に説明を重ねてくれる。


「それは勿論、『試練の扉』が正式な手順で攻略されたことを証明するためよ。『試練の扉』は一定期間攻略されないと別の階層に転移することがあるから、攻略者を発表することでそうじゃないって表明するの。


 ま、才能は奪えるようなものじゃないし、そんなに気にしなくても平気よ。落ち目の同業者には妬まれるかも知れないけど、だからって直接嫌がらせなんてまともな頭があればしないもの」


「もし困ったことがあったら、俺達に言うといい。これでもここじゃ、それなりに有力な探索者だからな」


「はい。ありがとうございます、バーナルドさん、ジャスリンさん」


「ありがとうデス!」


「ありがとうなのじゃ!」


「ハッハッハ、いいってことよ。んじゃ、そろそろ町に戻るか! クルト君達も一緒に来るかい?」


「え、いいんですか?」


 俺達が自力で一四層から町に戻るのは、不可能とまでは言わずとも極めて難しい。なので一緒に帰れるのなら願ったりなわけで、身を乗り出して言う俺にバーナルドさんがニカッと笑顔を浮かべる。


「勿論だ! せっかくだし、道すがら先輩として色々おしえてあげよう」


「やった! 重ね重ねありがとうございます!」


「バーナルド? 後輩にいいところを見せたいのはわかるけど、今は私の<魔眼>で索敵ができないんだから、あんまり油断しちゃ駄目よ?」



「わかってるって! ジャスリンは心配性だな。一四層程度で後れをとったりはしないさ」


「ならいいけど……それじゃゴレミちゃんにローズちゃん、私達はバーナルドの少し後ろから、ゆっくりついていきましょうか」


「わかったのじゃ!」


「わかったデス!」


「いいお返事ね。それじゃバーナルド、よろしく」


「おう! さあクルト君、俺の雄姿をその目に焼き付けるといい!」


「勉強させてもらいます!」


 そう言う俺に、バーナルドさんが上機嫌で戦闘を歩き始める。なおその帰り道では、為になる教えと同時に色々と愉快な出来事もあったのだが……先輩の名誉のためにも、そこは伏せておくこととする。


「ちょっと、バーナルド!? 何で今更そんな落とし穴に落ちるのよ!?」


「すまんすまん。でも大丈夫さ。ちょっと尻をかすめて、ズボンが破けただけだからな」


「ローズちゃん達の前でそれは、致命傷なのよ! まったくもう!」


「ハッハッハ」


 ……うむ、伏せておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る