出待ち
「おおー! 帰ってきたぜぇ!」
白い光を抜けた先は、懐かしの<
「……漸く出てきたか」
動きを止めた俺達に、聞き覚えのある声で誰かが話しかけてくる。そちらに顔を向けてみれば、俺達が「試練の扉」に入る前に揉めた男女二人組の探索者が、少し離れたところでこちらを見ていた。床に座り込んでいた腰を上げてこちらに向かってくる仕草に、俺は即座に二人から手を離し、警戒して腰の剣に手を回す。
待ち伏せ? 何で? 今の俺達を襲って、こいつらに何の意味がある? 激しく思考を回転させながら身構える俺達に、しかし男の方が前に突き出した両手をヒラヒラさせながら更に言葉を重ねてくる。
「待ってくれ! 改めて宣言するが、こっちに敵対する意思はない。ただ一言、どうしても伝えたいことがあったんだ」
「伝えたいこと? 何ですか?」
訝しげな声を上げる俺を前に、相対距離五メートルほどで足を止めた男が、突如大きく頭を下げる。
「すまなかった!」
「……え?」
「今思い返しても、君達に悪いところなどなかった。なのに一方的に敵視してしまったことを、心から謝罪する。どうか受け入れてもらえないだろうか?」
「あ、え、うぉぉ……? ろ、ローズ? これどういうことだ?」
「どうと言われても、普通に謝られているだけではないのじゃ?」
「な、何で?」
「それを妾に聞かれても困るのじゃ」
「そ、そうか。そりゃそうだな」
困った顔で言うローズに、俺は同意しつつ男の方に視線を戻す。相手の意図がわからずどう答えていいかわからない俺に、今度は男の隣にいた女性が少しだけ呆れたような声で話を続けた。
「ふふふ、いきなりごめんなさい。でも、本当に他意はないのよ。ただ私が……そう、私が貴方達の突然の来訪に動揺して、先走ってしまっただけなの。だから悪いのは私だけ。私なら相応の罰を受けるつもりもあるから、バーナルドは許してもらえないかしら?」
「ジャスリン!? 馬鹿を言うな、罰を受けるなら俺も一緒に決まってるだろ!」
「バーナルド……馬鹿は貴方よ。一人で済むところを、二人で受ける必要はないでしょ?」
「それこそ馬鹿だ! 俺達はパーティなんだ! ジャスリンにだけ責任を押しつけるつもりなんて――」
「ちょ! ちょっと! ちょっと待ってもらっていいですかね?」
何故か二人で言い合いを始めてしまうジャスリンさんとバーナルドさんに、俺は思わず声をあげてその流れを止める。するとバーナルドさんがすぐにこちらに向き直って、軽く首を傾げながら声を答えてくれた。
「ん? 何だい?」
「いや、何っていうか、そもそもの話が見えないというか……」
「え、そうかい? 俺達は単に、失礼なことをしたから謝りたかったってだけなんだが」
「そうね。さっきも言ったとおり、本当にそれだけなの。確かに怪しいと思うけれど……」
「む、言われてみればそうだな。でも、じゃあどうすればよかったんだ? 手紙でも残しておいた方がよかったか?」
「バーナルド……貴方ダンジョンに落ちてる紙の切れ端を、いちいち拾って読むの? それにそもそも、魔物でも来て踏まれたりしたらすぐにボロボロになっちゃうのよ?」
「なら手渡しすればいいじゃないか!」
「手渡しするくらいなら普通に話した方がマシよ! むしろ怪しさが増すでしょ!?」
「なん……だと!? それじゃ八方塞がりじゃないか! まさか怪しくない謝罪の仕方が、こんなにも難しいとは……」
「そういうことじゃないわよ!」
「ふっ、クックック…………」
またも俺達を無視してそんな事を言い始める二人の姿に、俺は静かに顔を伏せ、肩を震わせる。だってそうだろ? これが全部計算だって言うならお手上げだが、そうじゃないのならこんなに面白いことはない。
だって、きっと、俺達は。実にくだらない行き違いをしていたってことなんだから。現に顔を向けてみれば、仲間達も楽しげに口元を緩めている。
「アッハッハッハッハ! その、気にしないでください。確かにスゲー怪しいですけど……でも、なあ?」
「うむ! さっきの妾達の方が、きっと一〇〇倍くらい怪しかったのじゃ!」
「怪しさにかけては定評があるのデス! 特に綺麗なお姉さんを前にした時のマスターの挙動不審っぷりは、他者の追随を許さないのデス!」
「俺かよ!? てか、それ今何の関係もねーよな!?」
「「「はははははは」」」
そうして笑う。みんなで笑う。幸いにしてバーナルドさんとジャスリンさんも、場の空気に合わせて笑ってくれる。そうして全員でひとしきり笑い、何とも言えない一体感を共有した後。バーナルドさんが改めて俺達に挨拶をしてきた。
「改めて自己紹介をさせてくれ。俺はバーナルド。こっちは仲間のジャスリンだ」
「ジャスリンよ。よろしくね」
「俺はクルトです。で……」
「妾はローズなのじゃ!」
「ゴレミデス! 中の人は秘密なのデス!」
バーナルドさんの差し出してきた右手をガッチリ握り返しながら、俺達もまた挨拶をする。これで漸く、俺達の間に普通の会話が成り立つようになった。
「それで……えっと、バーナルドさん達は、本当に俺達に謝るためだけに待っててくれたんですか? 凄い装備ですけど、バーナルドさん達って本来はもっとずっと先の方を探索してる先輩ですよね?」
「ん? そうだな。今は第三五層を探索中だ」
「三五層!?」
その発言に、俺は変な声をあげてしまう。三五層の探索者となれば、俺達なんて逆立ちしようがひっくり返ろうが、これっぽっちも勝ち目がない。
うわー、ヤバかった。いや、強いとは想像してたが、まさかそんなに先を潜ってるとは……だがだからこその疑問もある。
「そんな凄い先輩が、何で俺達みたいなのに謝罪するためだけに、わざわざ待っててくれたんですか? 正直町で見かけたら、その時に軽く謝るくらいでも十分だと思うんですけど」
別に自分達を卑下するつもりはないが、俺達とバーナルドさん達では、厳然たる事実としてそのくらい立ち位置が違う。なのにどうして吹けば飛ぶような木っ端の新人に、わざわざ出待ちをしてまで謝罪してくれたのかと問う俺に、バーナルドさんは微妙にその顔をしかめる。
「こっちが一方的に敵視したって事実があるんだから、それじゃ誠意が足りないだろう? それに謙遜しなくても、君達が強いのはわかってるから、隠さなくても平気だ」
「えぇ? 何で俺達が強いと思ったんですか? 強そうなオーラとか、何処にも出てないと思いますけど……」
「私よ」
この人達に強そうと思われる要素が、自分では何も思いつかない。なので重ねて問う俺に、今度はジャスリンさんが答えてくれる。
「私のスキルは<魔眼>と言ってね、人の魔力を光として見ることができるの」
「えっ!? じゃあひょっとして!?」
顔に痛々しい包帯を巻いたジャスリンさんの言葉に、俺は驚いてローズの方を振り返る。
「ええ、そうよ。その子……ローズさんの魔力を見て、そのあまりの眩しさに目をやられてしまったの。幾ら所作で誤魔化しても、そんなとんでもない魔力の持ち主が弱いと勘違いするほど、私は馬鹿じゃないわ」
「あー…………」
「その、何と言うか……本当に申し訳ないのじゃ」
俺達と、バーナルドさん達。意味は違えど全員の視線が集中するなか、ローズがこれ以上ないほどしょぼくれた顔で、誰にともなく謝った。
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