万に一つ

今回は三人称です。ご注意ください。


――――――――



「んあっ!?」


 クルトをスカートの中に招き入れてから、しばし後。突然生じた感覚に、ローズは思わず艶っぽい声を漏らしてしまった。慌ててその口を両手で塞ぎながら、ローズはスカートの下にいるクルトをにらみつける。


(な、何じゃ今のは!? こしょばゆいというか、自分では手が届かぬ背中の痒いところを爪でカリッと掻かれたような感覚だったのじゃ! クルトお主、一体妾のなかで何をしておるのじゃ!?)


 もう二、三度同じ事があったら、一端作業を中止してでもクルトの頭をひっぱたいてやろうと考えていたローズだったが、幸いにしてくすぐったかったのはその一回のみで、程なくしてかつて一度だけ感じたことのある万能感が、ローズのなかを駆け巡っていく。


「おぉぉ! きたきたきた! きたのじゃー!」


 湧き上がる魔力に伴い、赤金となったローズの髪がふわりと舞い上がる。明らかに力の巡りがよくなったことを実感したローズは、その視線を今も歯車を抱いて眠るゴレミが映し出される<天啓の窓>に向け、その手をゆっくりと振りかざす。


「では、あとはゴレミにこの魔力を繋げるだけなのじゃ! むぅぅぅぅ……っ!」


 ローズが意識を集中させると、自身からあふれ出す魔力が渦巻き、砂金のような状態となって<天啓の窓>に降り注ぐ。だが<天啓の窓>は淡く青い光に包まれており、ローズの魔力を完全に遮断して通さない。


「む、これは…………」


 更に魔力を強めると、砂金の川の流れもまた強くなる。だがどれほどその勢いが増しても、<天啓の窓>はその全てを受け止め、受け流してしまう。まだまだ力は強められるが、それでどうにかなるイメージがこれっぽっちも浮かばない。


(これはマズいのじゃ。まったく魔力が通せる気がしないのじゃ)


 本来の想定では、ローズは自分の魔力を一点に集中し、岩を穿つが如く<天啓の窓>の向こう側に魔力を送り込むつもりだった。だが多少扱いが上手くなった程度ではローズの莫大な魔力はそこまで収束することなどできず、雑に面で圧力をかけることしかできていない。


 そんな散漫な力で敗れるほど世界の壁は柔くはなく、力を押しつけているのは自分なのに、ローズの魔力は一方的に押し負けていた。


(この状態になってなお、妾の力では足りぬのじゃ! どうすれば……)


 以前は自らの魔力操作の拙さを補うために、クルトの歯車のイメージを借りていた。だが今ローズがやっているのは、自分とクルトの内に在る歯車を魔力で繋ぐ「フレアコネクト」の魔法を使って、ゴレミの歯車との間にも魔力を繋ごうとするものだ。


 そのイメージは歯車と歯車を結ぶ糸のようなものなので、そこをクルトの歯車に置き換えるのは流石に無理がある。一応極小の歯車を無数に組み合わせ、擬似的に糸のようなものとして扱うことで互いを繋ぐ……というのはできなくはないだろうが、そんな細かい魔力操作ができるなら、そもそも単純な魔力の収束すらできずに困ることなどないのだ。


(やむを得ぬ。蜂の巣をつつくような危険な行為じゃが、ここで動かねばじり貧なのじゃ!)


 決意と覚悟を胸に秘めると、ローズはグッと瞳に力を込め、女神像の方に顔を向ける。


「女神よ、妾はどの才を選ぶか決めたのじゃ! 決めたのじゃが……ここから帰るのは仲間と一緒がいいのじゃ。故に妾だけが今すぐ才能を得て、じゃが仲間が選び終えるまではここに留まるというのは可能じゃろうか?」


『可能です』


(やったのじゃ!)


 そのシンプルな答えに、ローズは心の内で笑みを浮かべる。女神の気を引いてしまえばこの作業を止められてしまうのではないかとか、才能を得たら即座に扉の外に出されてしまうのではなど懸念は幾つもあったが、今の反応を見る限りでは、どれも大丈夫そうだ。


「では、妾は『魔力の制御力補正』の才を求めるのじゃ!」


 そう言って、ローズは目の前に浮かぶ自分の<天啓の窓>からその項目に指先を落とす。すると<天啓の窓>がパッと輝いてから青い光の霧となって消滅し、その霧がローズの中に吸い込まれていく。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉ…………!?」


 それにより、ローズの体には更なる変化が生じていく。現状のローズは生来のヘドロの如く粘つく魔力を、高まった出力により無理矢理押し流して魔力を巡らせているような状態だったのだが、その抵抗感が大きく減じ、ちょっと濁った泥水くらいの勢いで己のなかの魔力が流れていく。


「これなら……っ! さあ、行くのじゃ!」


 今なら普通に魔法を前に飛ばすことすらできる。そんな確信を胸に、ローズは自分から溢れる黄金の魔力を、自分の意思で自在に操っていく。高名な指揮者の如く指を振れば、ただ激しく流れるだけだった魔力が渦巻き、その先端が細く一点に集まるようにどんどん収束していく。


 そうして生まれた黄金の針の先端が、ギュルギュルと音を立てて<天啓の窓>に突き立ったが……


「ぐぅぅ……硬い!? まだこれほどなのじゃ!?」


 世界の壁は、ローズが思うよりずっとずっと強固であった。そこまで己を高めてなお、神の定めた理に、人の力は届かない。


「じゃが、諦めぬ! 諦めぬのじゃ! 妾は絶対に、ゴレミにこの想いを……妾達の想いを届けてみせるのじゃ!」


 得たばかりの才能を無理に行使しているせいか、ローズの鼻からたらりと一筋の血が零れる。必要以上にドキドキと脈打つ心臓は過剰な勢いで血を巡らせ、全身が燃えているかのように熱い。


 それは明らかに、命を削るような力の使い方。だというのにローズは臆することもなく、更に更にと力を込め続ける。


(妾の力は、とっくに限界じゃ! じゃが妾のなかにはクルトがおる! 二人分の限界なら、もっともっとやれるはずじゃ!)


 右手だけでなく左手も伸ばし、両手で絞り上げるように自分の魔力を研ぎ澄ましていく。届かないあと一歩を埋めるために、身も心も絞りに絞って……そんなローズの想いに呼応するかのように、ふと<天啓の窓>を覆っていた青い光の膜が、少しずつ薄れ始めた。


 それはこの場にいた、最新にして最後の協力者の意思。クルトが伝えていなかった……流石に名前をつけた<天啓の窓>に散々煽られたとは恥ずかしくて言えなかった……故にローズがその存在に気づくことはないが、それでも確かにこの一時、同じ人物から歯車を受け止めた三人目の存在が、同じ一人を救おうと禁忌のギリギリを攻める。


(光が弱まった? 理由はわからぬが、やるならここしかないのじゃ!)


「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! 届けなのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 乙女にあるまじき唸り声をあげ、ローズが最後の力を振り絞る。しかしそれでも、人間の魔力が世界の壁を越えられる可能性は万に一つもない。


 だが、そんなことは関係ない。万に一つで届かないなら、二万三万と積み重ねればいい。人の常識を遙かに超えるローズの魔力が全て注ぎ込まれ、小数点以下で切り捨てられていた可能性が、遂にゼロから一に変わったその瞬間。


『異常な魔力の動きを検知しました。無効化します』


「あうっ!?」


「うぉぉっ!?」


 不可能が可能になったことで、それまで静観していた女神と呼ばれるモノが動いた。無慈悲な宣告はローズの渾身を容易く吹き散らし、その余波でローズの小さな体が吹き飛ぶ。


 すると当然クルトもまたローズから離れ、ローズの覚醒状態は強制終了させられてしまった。今はまだ二人が知る由もないことだが、もしもう一度同じ事をしようとしたら、今度は最初から邪魔され、そもそも覚醒状態に入ることすら許されないだろう。


 つまり、これで終わりだ。尻餅をついたローズは目を回し、激しい頭痛にクルトが首を横に振り、バチバチと青い火花を散らすボドミに、もうゴレミの様子は映し出されていない。ここから先誰が何をしようとも、もうクルト達の声がゴレミに届くことは絶対にない。


 しかし、それはまだ終わっていない。かき消される前の最後の一瞬、ローズの魔力は世界を超えていた。砂粒の如き小さな光が無明の闇のなかを落ちるようにフラフラと飛翔し、それが眠るゴレミの頬に落ちる。


 光はスッとゴレミのなかに吸い込まれていき……想いは、確かに届いた。

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