心当たりのない存在
「ゴレミ…………」
今もなおゴレミが捕らわれている「試練」の内容を粗方見終えて、俺はその名を呼びながら硬く拳を握りしめる。そんな俺の隣では、ローズもまた目を赤くして、ズビズビと鼻を鳴らしながらもしっかりとボドミに映し出されるゴレミの姿を見つめ続けている。
「うぅ、妾は恥ずかしいのじゃ。ゴレミがこんなに悩んでいることを、妾はちっとも知らなかったのじゃ……」
「いや、悩みなんてそんなもんだろ。特にこういう心の深いところにある悩みは、気軽に打ち明けられるようなもんでもねーし……ローズだってそうだったろ?」
「それはそうじゃが……でも、悲しいものは悲しいのじゃ」
自責の念に捕らわれないように気を遣う俺に、しかしローズはそう言って顔をしかめる。それを優しく慰めてやりたいところだが、俺の方にもそんなに余裕はない。何故なら俺もまた、ゴレミの抱えている悩みをそっくりそのまま自分の悩みとして抱えていたからだ。
ゴレミの能力に限界があることを、俺はゴレミと出会った当初から理解していた。いずれ俺達がもっと深くまでダンジョンを潜れるようになれば、ゴレミがついてこられなくなることをわかっていたのだ。
だが、俺はその問題を先送りにしていた。あるいはそうやって先送りにしている間に、いい具合に何とかなるんじゃないかと楽観視していた。今日明日の話ではないからと、本当の意味で真剣に向き合ってはいなかった。
では何故、そうしたのか? その答えはゴレミ自身が語っている。即ち……
「いっつも好き放題言ってるように見えて、ゴレミはあれで割と気を遣う奴だからな……
「むぅ…………」
そう、この問題には解決法がない。少なくとも今の俺には何の手段も思いつかない。だからこそ強くなって、もっと深くダンジョンに潜れるようになって……そうして今は見つからない手段が見つかってくれればいいと思っていたのだが、そんな俺の考えもまた、ゴレミを焦らせる一因だったのかも知れない。
そう考えれば、何とも皮肉な話だ。未来を変える手段は今は届かないどこかにしかないのに、そこに向かえば向かうほど、逃れられない別れの時が近づいてしまうのだから。
「ふぅ……よし、ここは気持ちを切り替えようぜ。とりあえずこれで、ゴレミがどんな試練を受けてるのかはわかった。で、この内容からすると、クリア条件は『夢から覚めて、明日に向かって動き出す』とかか?」
「じゃろうな。妾の時と似てるのじゃ」
あえて軽い声で話す俺に、ローズもぐしぐしと涙を拭ってから答えてくれる。ゴレミに伝えたいことはお互い沢山あるだろうが、そのためにはまず、ゴレミをこっちに引き戻さなければならない。
「じゃが、それがわかったとして、どうやるのじゃ? まさかこの板きれに話しかけたら、妾達の声が届くわけではあるまい?」
「流石にそこまで都合よくはいかねーだろ……一応聞くけど、いけるのか?」
そう俺が問いかけると、ゴレミの映っている画面に上から重ねるように、大きく赤いバッテンが表示された。おおぅ、実にわかりやすい。こんなことできんのか……そして駄目なのか。まあ駄目だよな。
「ふむ、声は届かない……ならこの状況は、こっちからゴレミが一方的に見えてるだけか? 向こうからこっちは見えてるのか? あるいは見えるはずだけど、ゴレミが寝てるから見てないってだけ?」
更なる俺の問いかけに、しかし今度は何も表示されない。その代わりの画面に映るゴレミが抱いている、輝く歯車がズームされた。
「歯車? これがどうかしたのか? てか、今更だけど何でゴレミは歯車なんて抱いてんだ?」
「クルト、お主それは本気で言っておるのじゃ?」
「へ? だって、歯車だぜ? いや、自分の体を動かしてる歯車を抜き取ることで、意図的に眠るみたいな状態にしてるってのは、さっきの話からわかってるけどさ」
その説明に、ローズが信じられないものを見るような目を向けてくる。えぇ? 何でそんな顔で見られるわけ?
「はぁぁぁぁ…………まあいいのじゃ。しかし、そうか。そういうことなら、できることがあるかも知れぬ。のうクルトよ、妾の歯車を回して欲しいのじゃ!」
「ん? ローズの?」
「そうなのじゃ! それで妾が本気モードになったら、妾の魔力をその板にぶち当てて、無理矢理向こうまで貫通させるのじゃ!」
「無理矢理って……そんな事できんのか?」
「無論やってみなければ、絶対出来るとは言えぬのじゃ。じゃが歯車という目印があれば、そこに向かって魔力を送ることはできると思うのじゃ。
どうじゃ? 闇雲にここを走り回ったり、何処かもわからぬ場所に魔力を送ったりするよりは可能性があると思うのじゃが……」
「そう、だな…………」
迷いながらも俺がボドミに視線を向けると、俺の手の中でボドミがプルッと小さく震える。バツを表示させねーなら、駄目とか無理ってことじゃねーんだろうが……
「…………やってみるか」
時間も機会も有限だ。女神様は未だ何も言ってこねーが、これ以上派手に動けば不正を阻止しようとしてくる可能性はある。それでゴレミの試練が中止になるならそれはそれでいいんだが、最悪なのは俺とローズだけが強制的に扉の外に排除されること。そうなったら最後、俺達は大事な仲間を一人失うことになるだろう。
だが、それを恐れて動かなかったら、状況は何も変わらない。というか、俺達の体が衰弱という制限時間を超えれば、やっぱり強制排出される未来が待っている。
なら、他に手段もねーし、やってみる価値はある。そう答える俺に、ローズは嬉しそうに顔を輝かせると、バッと自分のスカートを捲り上げた。
「よしきたのじゃ! ならばクルトよ、早く妾のスカートの中に入るのじゃ!」
「お、おぅ……俺が言うのも何だけど、もうちょっとくらいは恥じらいとか、そういうのを持った方がいいんじゃねーか?」
「何で今そういうことを言うのじゃ! 妾だって顔から火が出るくらい恥ずかしいのを、勢いで誤魔化してるだけなのじゃ!
泣くぞ!? 真顔でそんな指摘をされたら、妾本当に恥ずかしくて泣いてしまうのじゃぞ!?」
「あ、うん。悪い……じゃ、失礼します」
顔を真っ赤にして声を荒げるローズに、俺は即座に謝ってからスカートのなかに頭を突っ込んだ。ふわりと体を包み込む熱気は、確かに燃えているようだ。
「んじゃ、いくぞローズ」
「バッチコイなのじゃ!」
ゴレミのような物言いをするローズに思わず苦笑しつつ、俺はその白いお腹に手を当てて意識を集中する。そうして少しずつローズの内側に潜っていくと、かつて見たことのある真っ赤な空と太陽のある景色に辿り着いたが……
(……ん?)
そこには以前に俺が設置した歯車が残っていた。いや、正確には俺が設置した覚えがないのに、何故か俺の歯車だと直感できるものが、ローズの世界の中央にある真っ赤な歯車に一つだけ噛み合っていたのだ。
(何だこれ? あれ? 確か前は、これに直接歯車を噛み合わせようとしたら、秒で燃え尽きて駄目だったよな?)
思わず首を傾げるものの、その歯車は間違いなく俺の生みだしたものだと、俺のスキルが訴えかけてくる。しかし場所が変わっているのもそうだが、何より半年前に置いた歯車がまだ残っているというのが解せない。
(えぇ? 俺魔力供給とかしてねーよな? なら俺の歯車を、ローズが自分の魔力で維持してるってことか? 何で?)
そうする理由も、そうなっている仕組みも、俺にはさっぱりわからない。だがまあ、元は俺のスキルであったとしても、ここはローズの内側だ。多分俺の知らない……下手したらローズ自身も自覚してない何かが、この歯車をこの状態で維持し続けているんだろう。
なら、それはそれでいいだろう。俺だって自分の内臓がどうやって動いてるのかとか自覚なんてしてねーし、ローズ本人が何の違和感も感じてないなら、あえてこれを取り除く必要もないだろう。
(とは言え、一応製造元としては、ちょっとくらい調べとく必要はあるか? どれどれ……うぉぉ!?)
そっとその歯車に触れた瞬間、世界に激震が走る。あと指先がスゲー熱かった。あー、うん。これは触ったら駄目なやつだ。
(危ねぇ……っ! よし、あれには触らないようにして、別のところに新しい歯車を組もう。そうしよう)
触らぬ神に祟りなし。俺はその見覚えのない歯車を無視し、新たに別のところから歯車を組み始めていった。
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