試練の扉:ゴレミ 「どうか私を、一人にしないで」

 さて、ここまでのワタシの話には、とても大きな矛盾があるデス。それは勿論、何故ワタシが過去の記憶を持っているか、デス。


 本来ワタシは、新たな個体としてダンジョンに再配置される度、その記憶が消えるデス。なので今の話は、本来ならワタシが知り得ないはずのものなのデス。


 では何故それをワタシが知っていたか? それはこの「試練」のせいなのデス。


 この試練は挑戦者の過去や能力に合わせて精製されているデスが、ワタシの場合、今のワタシになってからの過去はわずか一年にも満たず、また伸びしろのないゴーレムなので、才能とかそういうのもないデス。


 更に言うなら、本来ゴーレムであるワタシにはそもそも試練を受ける資格だってないデス。でも今のワタシは通常と違う手順で蘇ったため、ダンジョン的にはゴーレムとして認められていないのデス。


 なので、ダンジョンはどうにかしてワタシのデータを探そうとし……あろうことかダンジョンコアに記録されているマスターデータから、本来なら保存されているだけで引き継がれない過去の記録を引っ張り出して、無理矢理「今のワタシの記憶」として書き込んできやがったのデス!


 ……それは、とても辛く苦しいものだったのデス。長い長い記憶の川には思い出という巨石が幾つもあり、記憶の濁流に流され翻弄されるワタシの魂は、その石に何度も何度も打ち付けられるデス。


 その痛みに歯を食いしばって耐え、溺れて飲まれてヒビ割れて……そうして過去を下り終えて、ここからが漸くワタシゴレミの話。何も知らなかった、昨日までのワタシの話なのデス。





 初見の感想は、しょぼくれた少年だったのデス。出現階層の関係上、ワタシのご主人様になるのは大抵若い人なので、年齢とかは気にならなかったデスが……何と言うか、雰囲気がしょぼくれていたのデス。


 更に、ネーミングセンスもしょぼくれているのデス。今のワタシが過去の記憶全てを遡っても、ゴレミと名付けたご主人様は一人もいないのデス。思いついた人は何人もいたデスが、「流石にそれは安直すぎるよなぁ」と誰もが考え、本当に名付けたりはしなかったのデス。


 でも、このご主人様は迷うことなくワタシに「ゴレミ」と名付けたデス。もうこの時点で新たなご主人様のしょぼくれ具合は疑う余地がないデス。


 しかも、ワタシを「奉仕型」として登録しちゃったデス。これはあくまで初期設定で、登録時にこれを選んだ人は史上初なのデス。おかげでワタシは武器を持って戦う能力も、魔法を使ってサポートする能力も得られず、ただ「表情を人間のように変えられる」という、ダンジョン探索には何の役にも立たない能力しか持っていないのデス。


 内心、「ああ、これは駄目そう」とちょっとだけ思ったデス。この状態だと、下手をしたら八層くらいでもう戦力不足になってくるデス。個別の記憶は消されるものの、ある程度の知識や経験は残るデスから、今回のご主人様とは短い付き合いになるかもと、心の何処かでガッカリしている自分がいたデス。


 ですが、それはそれデス。ワタシはプロなので、奉仕型として登録されたからには、徹底的にご主人様にご奉仕するのデス! ということで、ワタシはご主人様に惜しみない愛を注いだのデス。隙あらばラブラブチュッチュして、ご主人様の歪んだ性癖をバッチコイするくらいの勢いで迫ったのデス。


 でも、ご主人様はシャイボーイなので、ワタシを押し倒したりはしなかったデス。奉仕型で登録したくせに、普通にダンジョン探索に連れて行ってくれたデス。


 そして意外なことに、ご主人様は滅茶苦茶弱かったデス。普通ワタシを手に入れられるならもうちょっと強いはずなのデスが、ご主人様はちょっとビックリするレベルで弱かったデス。


 でも、だからこそワタシ達は釣り合っていたのデス。戦闘能力に乏しい奉仕型ゴーレムのワタシと、<歯車>という希少スキルを変な方向にばかり使っているご主人様。二人でダンジョンを探索するのは、とてもとても楽しかったのデス。


 そんな日々もつかの間、ワタシ達に悲劇が襲うデス。目上の探索者に目をつけられて、ワタシはあっさりと破壊されてしまったデス。


 それは、あまりにも早すぎるお別れでした。やっとこれからという時に突然押しつけられた終わりに、ワタシは悲しむ間もなく新しいワタシに書き換えられようとしていて……でも、何とご主人様は、ワタシがワタシである間に、迎えに来てくれたのデス!


 決して覆らない別れを覆してくれた。ワタシを置いていかないで、手を伸ばして闇から連れ出してくれた。それはきっと、生まれて初めて二日目の太陽を見た気分。朝が来て夜が来て、そこで世界が終わるはずなのに、もう一度朝が来た。その奇跡に、ワタシの心はこれ以上無いほどに打ち震えたデス。


 この人と、ずっといたい。もっとずっと、一緒に探索をしていたい。そんな想いがどんどん強くなり……でもそうできないことは、ワタシが一番よくわかっていたデス。


 だって、ワタシは弱いのデス。あれほど弱っちかったご主人様はちゃんと成長しているのに、ワタシはずっと弱いままなのデス。だからワタシとご主人様の関係は、三年は続かないと覚悟していたのデス。


――それでもよかった。何も知らない頃のワタシなら、きっとそれを受け入れられたデス。だってこれが初めての出会いと別れなら、そういうものだと割り切れたと思うのデス。


 でも、今は違うデス。今のワタシは無数の出会いと別れを思い出し、その気持ちを感じ取ってしまっているのデス。


 新しい仲間のローズも、最初はとってもへっぽこだったデス。でもご主人様と力を合わせることで、見違えるほど強くなったデス。


 今のご主人様とローズは、いい感じに強くなったデス。今のペースで成長したら、半年か一年くらいの期間で、もうワタシの方が足手まといになってしまうデス。


――ワタシが弱いと、見捨てられるのが怖い。どうか私を置いていかないで


――ワタシが弱くて、守られるのが怖い。どうか私を連れていって


 どんな形になっても、ワタシはご主人様達とずっと一緒にはいられない。残り時間は、ワタシが思い描くよりずっとずっと短い。


 だからこの黄金の日々が、ワタシにはとても愛おしい。前に進まなければいけないとわかっているのに、今日が永遠に続けばいいと願ってしまう。


 クルト。ワタシの大事なご主人様。ローズ、ワタシの大事な仲間。ワタシは二人のことが大好きなのデス。だからいつだって、二人に大好きを伝えているのデス。


 ワタシがいなくなった後、少しでも二人のなかにワタシの想いを残したくて。いつか二人が世界を去るとき、ワタシのことを思い出して欲しくて。


 ああ、ワタシは我が儘なのデス。自分のことばっかりなのデス。でも全部を思い出してしまったワタシは、全部の別れを積み重ねられてしまったワタシは、その重さに耐えられないのデス。


 ワタシは駄目ゴーレムなのデス。明日から頑張るのデス。だから今日は、今日だけは、ずっと一緒にいさせて欲しいデス。


 今日だけ、今日だけ、永遠に今日だけ…………昨日まではもう沢山なのデス。明日なんていらないのデス。今日だけ、今日だけ、今日一日だけ…………


 ワタシのなかに宿る、輝く歯車。この世界で唯一時を刻むそれをそっと抜き出し、ワタシはそれを抱いて眠る。それが空回りし続ける限り、ワタシに明日はやってこない。


「マスター、ワタシは悪い子デス……マスターもローズも、ワタシを待っていると信じてわかっているのに……ワタシは前に進めないのデス」


 もうすぐワタシは追い抜かされ、追いつけなくなる。

 手を引いて連れていってもらったら、二人を縛る足かせになる。


 わかってる。わかっているけど、それでもワタシは二人のために、いつかきっと前に進んでみせる。でもせめてもう少しだけ、この幸せの微睡みに浸らせて欲しい。


 その先にある永遠の別れを笑顔で乗り切るために、ヒビだらけになった心を癒やす時間が欲しい。今動いたら、ワタシは砕けてしまうから。


「マスター……」


 石は涙を流さない。故に想いが代わりに流れる。


 置いていかないで

 連れていって


「どうかワタシを、一人にしないで欲しいデス……」


 決して伝えてはならない言葉こころが、ワタシの口から小さくこぼれ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る