試練の扉:ゴレミ 「連れていって」
勿論、今のはほんの一例デス。まだ他にも、ワタシを所有したご主人様は沢山いるのデス。なのでこれは、別のお話……別のワタシのお話なのデス。
「へー、女の子の格好したゴーレムなんて、すっごく珍しいわね! それで、この子の名前はなんて言うの?」
「ワタシの名前はムーデス! ムーまでが名前デス!」
「む、ムー? えっと、それってまさか……?」
「ご主人様が名付けてくれたデス!」
「あー」
一六歳くらいの女の子がそう言ってジト目を向けると、ワタシの隣に立っていた、同じくらいの年頃の男の子……ご主人様が、そっと顔を逸らしたデス。
「カイト、そのがっかりなネーミングセンスとか、あと女の子を前衛に立たせるとか、アンタって本当にデリカシーの欠片もないわね」
「い、いいだろ! てか、名前はともかく頑丈なストーンゴーレムなんだから――」
「あの、ご主人様? ムーはストーンゴーレムじゃなく、ロックゴーレムなのデス」
「あ、そうだっけ? まあ
「使い道とか言わないの! まったくもー!」
ご主人様が、女の子に頭をペシッとひっぱたかれて、もの凄くしょっぱい顔になったデス。そしてそんなご主人様を放置して、女の子がワタシの方に近づいてくると、ちょっとだけ腰を落として目の高さを合わせてから、ワタシの頭を優しく撫でつつ微笑んでくれるデス。
「アタシはサリナよ、よろしくねムーちゃん」
「ムーちゃんデス?」
「そ! 女の子なんだから、そっちの方が可愛いでしょ? それに見た目的にも、アタシの方がお姉ちゃんだし!」
「サリナがお姉ちゃんって、そんな柄か? 年上を名乗るなら、もうちょっと胸が育たねーと……痛ぇ!?」
「アンタはほんっとに……! いい、ムーちゃん。カイトがエッチなお願いをしてきたら、ちゃんとお姉ちゃんに言うのよ? ゴーレムだからって無理して言うこと聞く必要なんてないんだからね?」
「そうデス? でも、ご主人様にはもう、体中の色んなところをまさぐられたりしたっデスよ?」
「…………カイト?」
「ひっ!? だ、だって、ゴーレムの体がどうなってるのかなって、きょ、興味があったって言うか……」
「問答無用! こんなちっちゃい女の子の体を無理矢理まさぐるなんて、万死に値するわ! 焼き尽くせ、ファイヤーボール!」
「待て待て待て! 魔法はヤバい! マジで燃えるから!」
「うるさーい! 大人しく焼かれて反省しなさい!」
「うひゃー!?」
叫び声をあげながら走って逃げるご主人様に、サリナの撃ち出す火の玉が何発も飛んで行くデス。これが今回のワタシのご主人様と、そのお仲間デス。とても賑やかで、気がつくと喧嘩をしていて……でも心の奥底では深く信頼し合っている、とっても素敵なパーティなのデス。
ちなみに、この時のワタシは重盾をメインにした防御特化の役目を与えられたデス。ワタシが前衛で敵の攻撃を防ぎ、横からご主人様が剣で戦って傷を負わせ、サリナの魔法がトドメを刺すという、なかなかバランスの取れたパーティでした。
なので当然、ワタシ達はちょっとずつ、でも順調にダンジョンを潜っていくことに成功するデス。五層を超え、一〇層を超え……そして今回も一三層くらいで、ワタシは力不足を感じるようになってきたデス。
「ムーちゃん、平気?」
「はいデス。でも、そろそろ敵の攻撃を正面から受け止め続けるのは難しい感じなのデス」
「そっか……」
「なあムー。お前の強化ってできねーの? ほら、ゴーレムなんだし、強い体に取り替えるとか?」
「ムーはダンジョン産のゴーレムなので、一般に市販されている体に取り替えると、色々不具合が出ちゃうデス」
「こら、カイト! 女の子に簡単に体を変えろとか言わないの! それに装備だったら強くて新しいのに交換できるわよね?」
「それはまあ、そうなのデスが……」
これは誰にも内緒デスが、その手段や経緯に拘わらず、正規の所有者から引き離された場合、ワタシの意識や記憶はその時点でダンジョンコアに待避させられ、魔物としてダンジョン内を徘徊しているゴーレムと同じ程度の処理能力になるようになっているデス。
これはワタシが人格のある珍しいゴーレムとして換金対象になるのを防ぐ措置なのデスが、その弊害でワタシは任意に体を変えることができないのデス。
そしてゴーレムは、基本的には体を変えないと根本的な強さが変わらないデス。それはどんどん魔物が強くなるダンジョンにおいて、致命的な問題なのデス。
「なら頑丈な盾を持たせてやりゃいいのか? 黒鉄とか?」
「申し訳ないデスけど、ムーの腕力だとそこまで重い盾は持てないのデス」
「じゃあ軽くて丈夫ってなると……白鋼?」
「うげっ!? 白鋼の重盾なんて、ちゃんとしたのは三〇〇万クレドくらいするだろ? 流石にそれは……」
「何よ? アタシ達を身を以て守ってくれる可愛い妹のためなんだから、そのくらい頑張って貯めるのが当然でしょ!」
「わ、わかったよ……まあ、今更ムーがいないパーティなんて考えられねーしな」
「うぅ、申し訳ないデス……」
「こら! そこは『ありがとう』でしょ?」
「……わかったデス。カイト、サリナ、ありがとうデス!」
「よろしい!」
「へへ」
ワタシの言葉に、ご主人様は照れくさそうに笑い、サリナはワタシの頭を優しく撫でてくれるデス。そうしてワタシ達は、パーティのため……でも実際にはワタシを置いていかないためにお金を貯め始めたデスが……
「くそっ、強い!?」
<
「駄目だ、抑えきれねー! サリナ、まだか!?」
「そんなすぐに強力な魔法は撃てないわ!」
「わ、ワタシが……」
「ムーちゃん!? 無理しないで!」
サリナが心配して声をかけてくれますが、二人を守ることこそがワタシの本懐なのデス。そのまままっすぐ駆け出して、ご主人様と一緒にオークブロウラーと戦ったデスが、一人が二人になっても、戦況はあんまり変わらなかったデス。
「何だよこの分厚い脂肪!? 剣が全然通らねーぞ!?」
「カイト、サリナ! ここはムーに任せて逃げるデス! ムーが必ず、二人が逃げる時間を作ってみせるデス!」
「そんな!? そんなの――」
「逃げるぞ、サリナ!」
「カイト!? アンタ何言って……」
「ムーの覚悟を無駄にすんな! ここで全滅したら、それこそ何もかも終わりだろうが!」
ご主人様の言葉に、サリナがくしゃっと顔を歪めます。それからグッと歯を食いしばると、泣きそうな顔でワタシを見てきました。
「ムーちゃん…………ごめんね」
「気にしないでください。ムーはそのためにここにいるのデス。二人共元気で!」
笑顔で送り出すワタシの背後から、二人の気配が遠ざかっていくのを感じるデス。今回もまた慌ただしいお別れだったデスが、それでも二人を守れたなら……そう考えてワタシのなかに湧き出す寂しさを振り払い、あとはこの体全てを使って、一秒でも長く時間を稼ぐだけ。そう思ったデスが……
「二人共、何で逃げないデス!? 早く……」
「いや、もう遅かったみてーだ」
ご主人様のその言葉に合わせるように、通路の反対側からもう一体のオークブロウラーが姿を現しました。この辺の階層にくると、もう「最大何体」なんて優しい縛りは存在していないのデス。
「ははは、こりゃ参ったな……ムーを見捨てて格好悪く逃げようとしたから、バチでも当たったか?」
「そうね。ここまで来たら、最後まで一緒に戦いましょう?」
「……わかったデス。ならムーが――」
「馬鹿言え! 一番先頭張るのは、俺に決まってるだろーが!」
そう叫び声をあげながら、ご主人様がオークブロウラーの一匹に斬りかかるデス。でもやっぱりその剣は厚い脂肪に遮られて通らず、代わりに敵の棍棒がご主人様の体を吹き飛ばしました。
「うぐっ……げぇぇ…………くそっ、しまんねーな。最後くらい……サリナ、俺……お前の…………こぺっ」
空気なんて読まないオークブロウラーの一撃が、ご主人様を叩き潰したデス。なら次はワタシデス。せめてサリナは最後まで守ろうと、オークブロウラーの前に出ようとしたデスが……
「あぐっ!?」
「サリナ!? 何で、何でムーを庇うデスか!?」
「何でって……へへへ、そりゃアタシは、ムーちゃんのお姉ちゃんだもの……庇うのは当然でしょ……?」
「そんなのちっとも嬉しくないデス! ムーが! ムーがサリナを……お姉ちゃんを守らなきゃいけなかったのデス!」
背中を真っ赤に染めながら、息絶え絶えに言うサリナに、ワタシは必死でそう告げるデス。なのにサリナは無理矢理に微笑んで、ワタシの頭を撫でてくるデス。
「ねえ、ムーちゃん。貴方と一緒にダンジョンに潜るの、本当に楽しかったわ。ゴーレムの貴方だけなら、アタシ達が死ねば魔物に襲われないかも知れないし……
最後まで一緒にいられなくて、ごめんね…………カイト、アタシもそっちに……」
「そんな!? お姉ちゃん! 待って、死んでは駄目なのデス! ムーを、ワタシを……」
置いていかないで
連れていって
どうか私を、一人にしないで
そんな願いも虚しく、すぐにサリナの体から命の火が消えてしまう。そうしてワタシだけになると、サリナの予想通り、オークブロウラー達はワタシに興味を失って、その場を立ち去ろうとしました。
でも、それが何だというのデス? 大事な仲間を失って、ワタシだけが
「あぁぁぁぁぁぁぁぁー!!!」
雄叫びを上げて、ワタシはオークブロウラーに殴りかかっていったデス。すると流石に敵も反撃してきて、ワタシの体はあっさりと砕かれ……そうして今回もまた、ワタシは一人静かにダンジョンへと還っていったのデス。
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