試練の扉:ゴレミ 「置いていかないで」

今回から三話ほど、ゴレミの視点となります。


――――――――



 ワタシの名前はゴレミデス。あ、でも、ゴレミではないデス。別に「このを渡るなって言うから、じゃなくて真ん中を渡ってやったぜ!」なんて屁理屈をこねるイキリ小坊主みたいなことを言ってるわけではないデス。単純に、ワタシには沢山の名前があるというだけなのデス。


 そう、名前が沢山あるデス。沢山の人と出会い、沢山の人に呼ばれたデス。でもそれは全て仮の名前であって、その人とワタシの間でだけの名前なのデス。


 なので、今のワタシはゴレミデス。でもかつてのワタシはゴレミではなかったのデス。たとえばこれは、その一例なのデス。





「いけ、ナイト!」


「お任せデス! てやーっ!」


 近接型Cセットを身に纏うワタシの周囲には、ゴブリンが三匹。ワタシは手にしたショートソードで目の前の一匹を両断しつつ、左から振るわれた棍棒はヒーターシールドで受け止め、最後の一匹は鎧の重さをものともしない蹴りで吹き飛ばして距離を開けさせる。別にまともに食らってもゴブリン程度の攻撃なんて効かないデスが、わざわざ攻撃を食らう意味もないデスからね。


「はっ! ほっ! やぁ!」


「スゲーぜ! 流石は俺のナイトだ!」


「お褒めにあずかり光栄デス!」


 そうしてワタシがあっという間にゴブリンを蹴散らすと、目をキラキラさせた少年がワタシに声をかけてきます。まだ成人したばかりだという、赤髪をツンツンさせた元気いっぱいのこの少年こそが、今のワタシの所有者なのデス。


「やっぱナイトは強いなぁ! いつか俺もそのくらい強くなれるかな?」


「フフフ、ご主人様なら、すぐにワタシなんかより強くなるデス!」


「へへへ、そうかな? だといいなぁ」


「そうデス! だからそれまでは、ワタシがご主人様をお守りするデス!」


 憧れの眼差しを向けてくる少年に、ワタシはそう言って胸を張る。そうしてワタシ達は二人で協力しながらダンジョン探索を進めていったデスが……


「よっし、一撃! どうだ、俺も大分強くなったろ?」


「ええ、そうデスね。今ならワタシといい勝負ができると思うデス!」


「ちぇっ、結構頑張ったのに、まだそのくらいかよ! まあいいさ、すぐに追い抜いてやるからな!」


「おお、随分と強気な発言デスね? ふふふ、ではその日を楽しみにしておくデス」


 少年は、才気に溢れていたデス。第八層をクリアする頃にはワタシと同じくらいの強さになり、少年はワタシと一緒に戦えるようになったことをとても無邪気に喜んでくれたデス。


 だからワタシも、少年の成長を心から喜んでそう告げたデス。そしてそれからも少年は成長し続け……それは<底なし穴アンダーアビス>の第一三層でのことデス。


「あうっ!?」


「あっ!? おい、何やってんだよ!」


「も、申し訳ないデス。でも、この辺の敵の攻撃は、もうワタシでは抑えきれないデス」


 少年はどんどん強くなる。でもワタシの強さは変わらない。かつてワタシに憧れの視線を向けてきた少年が、今は床に膝を突くワタシを困ったように見下ろしているデス。


「だから無理すんなって言っただろ? 前衛は俺がやるから、お前はサポートだけ頼む」


「でも…………わかったデス」


 守るべき対象に守られている。その事実がとても悔しいデスが、自分がそろそろ役立たずになってきていることは、ワタシ自身が一番よくわかっているデス。


 そしてそれは、更に階層が進めばより顕著になっていくデス。二〇層近くまで潜れば、もうワタシにできることは荷物持ちくらいしか残っていなかったのデス。


「おい、ナイト! 水くれ!」


「はいデス」


 戦うことを完全に放棄した大きな背負い鞄をおろし、ワタシは少年……いえ、この頃はもう青年だったデスね……ご主人様に水の入った革袋を渡したデス。するとご主人様はゴクゴクと喉を鳴らして水を飲み、軽く息を吐いてからワタシの方を見ました。


「うーん……疲れない荷物持ちって考えりゃ有用ではあるけど、俺がつきっきりで守るってのは、やっぱり厳しいよなぁ。いっそ新しいゴーレムを買う方がいいのか?」


「うっ……ワタシはもう、お役に立てないデス?」


「そんな声出すなって。お前は十分役立ってくれたさ。世話になったし、感謝もしてる。でも流石にこれ以上は無理だって、自分でもわかってるだろ? 新しい体にコアを移植できればいいんだけど……」


「ワタシはダンジョン産のゴーレムなので、市販されてる一般のボディとは適合できないデス」


「だよなぁ。だからまあ、この辺が限界だろ。いや、もう結構前から限界だったよな?」


「……………………」


 最後まで一緒には行けない。そんなことは最初からわかっていたことデスが、それがとても辛くて切ないのデス。


「わかったデス。なら…………ご主人様!」


 それでもご主人様に迷惑をかけることは、ワタシの本意ではないデス。辛いのを堪えて留守番を申し出ようとしたその時、ご主人様の背後から魔物が近づいてくるのに気づいたデス。ワタシは思わず声をあげながら必死に駆け出し、ご主人様の代わりに魔物の攻撃を食らいました。


「ぐあっ!?」


「ナイト!? テメェ……っ!」


 この辺まできたら、もうワタシの防御力なんて紙も同然デス。一撃で体を砕かれ倒れ伏すワタシを見て、ご主人様は怒りの声を上げつつ魔物と戦いました。ワタシが一撃で倒された魔物を、ご主人様はさして苦戦することもなく倒すと、倒れたまま起き上がれないワタシの側に、ご主人様がやってきます。


「お前、それ……」


「あはは……どうやらワタシはここまでみたいデス」


 体を砕かれた衝撃は、ワタシのコアにまで及んでいました。ヒビが入ったゴーレムコアは、きっともうすぐ砕けてしまうデス。


「すまん! 俺が油断したばっかりに……っ!」


「そんなの気にすることないデス。ご主人様を守ることこそが、ワタシの使命なのデスから。


 それより、ねえご主人様?」


「ん? 何だ?」


「ワタシは……ご主人様のお役に立てたデスか?」


「っ……ああ、お前がいてくれたから、俺はここまで来られたんだ。ありがとな」


「それは……よかったデス…………」


 ご主人様が、そっとワタシの頭を支えて、顔を見つめてくれたデス。その目はとても優しくて、ちゃんとワタシとのお別れを悲しんでくれているというのが伝わってくるのデス。


 ああ、でも…………


「お前がいなくなっても、俺は前に進み続ける。お前の分まで強くなって、いつかきっとダンジョンを制覇してみせる。


 だから安心して休め」


「…………はい、デス」


 あまりにも優秀すぎるワタシは、ご主人様のその顔に、その瞳の奥に、どこかホッとしているような気持ちがあることを感じ取ってしまうのデス。


 足手まといがいなくなり、これからはもっと自由にダンジョンを探索できるという喜びが浮かんでいることを、知りたくなくても知ってしまうのデス。


 ご主人様を責める気持ちなど、これっぽっちもないのデス。実際強くなれないワタシは、間違いなく足手まといそのものなのデス。


 だからご主人様は悪くないのデス。誰も悪くなんてなくて……でも、ワタシは……


「……ふぅ。よし、行くか」


 置いていかないで

 連れていって

 どうか私を、一人にしないで


 頭部との接続が切れたことで、ワタシが壊れたと判断したご主人様が、この場を立ち去っていく。


 感じるはずのない、知ってすらいないはずの凍えるような寒さに包まれながら、ワタシのコアはゆっくりと明滅を繰り返し……そして誰に看取られることもなく、静かにダンジョンへと還っていったのデス。

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