魅力的な選択肢
本来ならば、試練を受ける者がその成否に拘わらず安全にここを出るための仕組みが、ゴレミを捕らえ、俺達をここから追い出す最悪の罠となった。そんな皮肉な状況をどうにかすべく、俺とローズは顔をつきあわせて相談を重ねる。
「のうクルトよ、ゴレミを助けるために、妾達は何をすればよいのじゃ?」
「一番いいのは、何らかの手段で今も試練を受けているゴレミに干渉することだ。どうにかしてゴレミにやる気を出させて試練をクリアさせれば最上の解決なんだが……」
「それはさせてもらえぬじゃろうなぁ」
俺がチラリと女神像の方を見ると、ローズもそう言ってキュッと口をすぼめる。第三者からの介入で試練を成功させるというのは、ここの仕組み的に反則もいいところだろう。流石にそれが見逃されるとは俺だって思っていない。
「となると、意図的に失敗させるのも難しいのじゃ?」
「だろうな。おそらく試練中のゴレミに俺達の意思を届けるって行為そのものが駄目だと……いや待て。それを無理矢理やったら、反則とかいかさまってことで、ゴレミの試練を中断させられねーか?」
俺達の目的は、ゴレミの試練を終わらせて現実に戻すことだ。つまり試練そのものは成功でも失敗でも、それこそ中断でもいい。なら試練に無理矢理干渉した結果、全員纏めて失敗扱いで追い出されるのもアリなのだ。
「まあでも、その場合俺やローズの成功も無効にされて、ご褒美の才能はもらえねーかも知れねーけど」
「それは別に構わぬのじゃ! あえて何かをもらわずとも、あの試練を突破したというだけで何となく成長した気がするしの!」
「ハハ、そうか。なら問題は、そもそもどうやって試練の真っ只中にいるゴレミに干渉するかだが……」
「クルトよ、これはどうじゃ?」
悩む俺に、ローズが腰の鞄をゴソゴソと漁って何かを取り出す。その手に持っていたのはやたらと派手な虹色の羽だ。
「ここに来た時と同じように、これを使えばゴレミのところにぶわーっと飛んだりできぬじゃろうか?」
「それは……どうなんだ?」
『この空間の内部で、転移系の魔法や魔導具は使用できません』
俺が視線を向けるのとほぼ同時に、女神様がそう教えてくれる。まあ、うん。そうだろうな。それができたら扉を無視してここに入ってくるとかもできそうだし。
だが、そうなると本当に何の手も思いつかない。こんなどこだかわからない場所で、物理的に繋がってるかも甚だ疑問なゴレミのいる場所にどうやって俺達の声を届ければいいのか?
「…………女神様、それじゃ俺とローズの試練達成報酬を……才能をいただいても構いませんか?」
「なっ!? クルトよ、お主どういうつもりじゃ!?」
突然の俺の提案に、ローズが焦った声をあげる。
「それを受け取ってしまったら、ここから出されてしまうのではないか? それはマズいと言ったのはクルトではないか!」
「そうなんだが、今の俺達にはゴレミと繋がる手が何もねーだろ? ならもう、ここでもらえる新たな才能とやらに期待するしか……」
「ぐぬ、それは…………」
今まで俺達は、どんな窮地でも何とかかんとか手札をやりくりして切り抜けてきた。だがことこの状況では、もう俺やローズが今できることではどうやってもゴレミに届かない。
それはローズにもわかっているんだろう。苦渋に満ちた表情を浮かべつつも、やがて女神様の方に顔を向け……それに合わせて女神様がその声を響かせた。
『わかりました。ではこれが、汝等が得られる才能です。そのなかから一つを選び、己の力とするのです』
「おっ」
「のじゃ?」
瞬間、俺とローズの目の前に、青い<天啓の窓>が開いた。そこには俺がスキルを習得したときと同じように、光る文字でいくつかの選択肢が書かれている。
(身体能力の成長率補正に、魔力量の増加、あとはスキルの制御力の向上……駄目だな、これじゃ無理だ)
平時であれば、どれも望ましい才能だ。このどれを選んでも、きっと俺は今より強くなれるだろう。
だが、このどれを選んでも、ゴレミに繋がる未来が見えない。ならばと俺はローズの方に顔を向けたが、ローズもまた何とも言えない困り顔をしている。
「こっちはそれっぽいのがないんだが、ローズはどうだ?」
「妾の方も……普通に考えれば素晴らしい才能だと思うのじゃが……」
「見てもいいか?」
「よいぞ」
俺の言葉に、ローズがこいこいと手招きをする。なのでその横に移動して<天啓の窓>を覗き込むと、そこには「魔力の制御力補正」「精神耐久度の向上」「身体の成長率補正」という三つの項目が並んでいた。
「魔力の制御力はそのままだな。精神耐久度は、恐怖に立ち向かうとか、辛いのを耐えられるとか、そういう感じか?」
「多分そうなのじゃ。で、身体の成長補正は、背が高くなるとかそういう感じだと思うのじゃ」
「ああ、なるほど。だから『身体能力』じゃなく『身体』なのか」
まだまだ成長期のローズが、理想的な体型になれる才能。なるほどそれは、ここに並ぶ価値のある才能ってことだろう。
つまり、ローズに与えられた選択肢もまた、俺と同じくどれも有用だったってことだ。だが同時に、そのどれもがまたゴレミの救出に繋げられそうにない。
強いて言うなら、ローズの莫大な魔力を十全に扱えるようになるなら、羽の力で強制転移できるのでは? というくらいだが、いくらローズの魔力でも、こんな空間を創れる女神様より勝っているとはとても思えねーし……
(参ったな。俺達のどっちにも、状況の打開に繋がる才能がない。元々一か八かの賭けだったんだから、こんなもんだと言っちまえばそうなんだが……)
最後の大勝負とばかりに
ピクッ
「……………………ん?」
ほんの少し。ジッと見つめていなければ気づかなかったくらいの極小で、俺の方の<天啓の窓>が震えた気がした。そっと縁に手を添えてみると、試練の時よりは随分と軽いが、それでも確かに触った手応えがある。
――ひょっとしたら、普通の<天啓の窓>にも、そもそも感触があるのかも知れない。何せ俺が触った二回は、二回とも躓いて勢いよく触っちゃってるからな。力を入れるとすり抜ける程度の密度ではあるものの、感触自体は存在するという可能性は否定できない。
だがそれでも、俺は一縷の望みをかけて、小声でその名を呼ぶ。
「……ボドミ?」
プルッと、手のひらに小さな振動を感じた。俺はそこに、間違いなく意思を感じ取る。
何でボドミがここにいる? <天啓の窓>は全部ボドミなのか? どうしてもっと強く自己主張してこない? まるで
幾つもの疑問が、瞬時に俺の脳裏をよぎる。だがそれを全て置き去りにして、俺が口にした言葉は一つ。
(ゴレミを……仲間を助けたい。力を貸してくれ)
ほんのわずかに口を動かし、声にならない声で語りかける。するとボドミの右下の角に、小さな金色の歯車が出現した。
それはかつて、俺が<歯車>のスキルを習得してしまったときに触れたものの一部だと、直感的にわかった。故に俺は意を決してそれに触れたが、しかし今回は何も起こらない。
(触るのが条件じゃない? なら何が……って、馬鹿か俺は)
歯車なんだから、条件は「回すこと」に決まってる。俺は右手のひらに小さな歯車を生みだし、手で隠すように握りこんで金色の歯車と噛み合わせる。それからゆっくり歯車を回していくと……
カチッ
「っ!?」
俺の見ていた<天啓の窓>から俺に与えられる才能の文字列が消え、代わりに俺とボドミが追いかけっこをしている姿が映し出される。自分の姿をこんな風に客観視する日が来るなんて考えたこともなかったが、今はそれに驚いている場合ではない。
カチッ
もう少し歯車を廻すと、今度はローズの姿が映し出される。どっかの城だと思われる場所で、ギリギリ似ているところがあると言えなくもない男女にローズが責められる姿は、おそらくローズが受けていた試練の光景だろう。なら――
「なあローズ! ちょっと俺の才能候補も見て、相談に乗ってくれねーか?」
「うむ? それは構わぬが……」
努めて気軽な感じで呼びかけた俺に、ローズが俺の隣までやってきて<天啓の窓>を覗き込む。そこに映し出される光景に一瞬ハッと息を飲むと、目を見開いて俺を見てくる。
「く、クルト!? これは一体――」
「ハハハ、どれも魅力的な選択肢で驚くよな? 俺だってビックリだぜ」
「っ!? そ、そうじゃな。確かにこれは、迷うところじゃ」
「そうそう。特にこの
綱渡りに次ぐ綱渡り。奇跡のような偶然で繋がった糸は、しかしまだ切れていない。俺が再度歯車を回すと――
カチッ
そこに映し出されたのは、俺の知らないゴレミの姿であった。
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