ゴレミの行方

「お?」


「何かあるのじゃ!」


 そうしてローズと連れだって歩くこと、数分。何にもない白い世界に、俺は遂に俺達以外の何かを見つけた。そのまま歩み寄っていくと、そこにあったのは一年ほど前に見たきりだった、フード付きの長いローブで顔を隠した女神像であった。


「うわ、懐かしいな。一年ぶりくらいか」


「これを見ると、新たな能力をもらえそうな気が凄くするのじゃ」


 思わずそう口にする俺の隣で、ローズもまたそう言って笑顔を見せる。この像は何故か天啓の儀のあったあの部屋以外では見ないので、本当に久しぶりだ。


「ってか、スゲー今更なんだけど、何でこの女神像って天啓の儀の部屋でしか見ねーんだ? スキルをくれる女神様ってことなら、もっと色んなところにあってもよさそうな気がするんだが」


「ああ、それは各地にある宗教との兼ね合いじゃな。確かにこの名もなき女神様が我等にスキルを授けてくれるというのが定説となっておるが、ではこの女神様が一番偉くて凄い神様なのかというと、その辺は諸説あるのじゃ」


「諸説? 神様に偉いとか偉くねーとかあんのか?」


「そりゃあるのじゃ! 他の神は全てこの女神様から生まれた属神であるとか、あくまでこの女神様は人の神であり、他にも様々な神が同列で存在しておるとか、過激なものじゃと『自分達の奉じる神こそ世界を創世した唯一神であり、この女は真なる神から人にスキルを与えるという仕事を任されただけの下女に過ぎない』などと主張する宗教まであるのじゃ」


「うわぁ、そいつぁまた…………ちなみに、アルトラ教はどうなってんだ?」


「ああ、それはわかりやすいぞ。この女神様こそが女神アルトラの世を忍ぶ仮の姿じゃというのが、アルトラ教の主張じゃ。ローブを脱ぐとあの姿になるらしいのじゃ」


「おぉぅ、そうなんだ……」


 以前にシエラさんから聞いた話だと、アルトラ教の奉じる女神アルトラは、踊り子のようにヒラヒラした服を纏い、太陽のような黄金の髪を靡かせ、輝く笑顔で人を導く活発な女性であったはずだ。地上に光を振りまく女神であり、常に人々を笑顔で見守ってるとか、そんな感じの説明を受けたのを覚えてる。


 その印象とこのローブ姿の女神様を重ねるのは、個人的にはかなり厳しいと思うんだが……とは言え別にそれで誰かが困るわけでもなし、気にすることもないだろう。


「ま、宗教の話はいいや。それより問題は……」


「うむ、ゴレミがいないのじゃ」


 俺とローズ二人だけの世界に、女神様の像が増えた。だが肝心のゴレミの姿が何処にもない。こりゃどうしたもんかと困っていると、試練終わりにも聞こえてきた謎の声が、今回もまた何処からともなく響いてきた。


『試練を乗り越えし探索者達よ、よくぞここまでやってきました。その苦難に相応しい報酬を、今汝等に与えましょう』


「あ、ちょっと待ってくれ! じゃない、ください! あの、女神様。ゴレミ……俺達のもう一人の仲間がここにいないんですけど、そいつがどうなったかってわかります?」


『この場にいない最後の挑戦者は、現在も試練のただ中にあります』


 俺の呼びかけに、謎の声だけ女神様はちゃんと答えてくれた。どうやら一方通行ではなく、こちらの言葉を聞いてくれるらしい。こりゃラッキーだ。


「あ、そうなんですね。じゃあ、ここでゴレミを待たせてもらうことってできます? 俺達、できれば全員揃ってからご褒美をもらいたい感じなんですけど」


『制限時間内であれば、報奨の引き渡しを延期することが可能です。ですが対象の挑戦者が試練を達成する可能性はほぼゼロのため、速やかに褒賞を受け取ってこの場を去ることを推奨します』


「試練を達成する可能性がゼロ!? あのゴレミが、そこまで追い詰められておるのじゃ!?」


「お願いします、もうちょっと詳しく教えてください!」


 制限時間ってのも気になったが、今はそれよりゴレミの状況の方が気になる。勢い込んで問う俺に、女神様の声が更に説明を続けてくれる。


『試練の内容を個別に伝えることはできません。ですが最後の挑戦者は、現状試練を突破する意思を完全になくしています』


「突破の意思がない……ゴレミが諦めちまってるってことか? ん? じゃあ何で試練が失敗にならないんですか?」


『失敗の条件を満たしていないからです』


「条件?」


『死亡や自失、発狂など、試練の継続が不可能と判断される状況に陥った場合は失敗となり、挑戦者は扉の外に排出されます』


「死亡!? 死んだら死体が扉の外に転がされると?」


『この空間での死亡はなかったことにされるので、問題ありません。その場合は扉に入った瞬間の状態で外に出るだけです』


「おぉぅ、そうなのか……」


 死をなかったとにするとか、かなりとんでもないと思うんだが……まあでも、神様ならそのくらいは普通、なのか? 力の尺度が違いすぎて正直ピンとこねーんだが、実際「試練の扉」で死者が出たことはないらしいから、女神様がそう言うならそうなんだろう。


「あ、じゃあさっき言ってた『制限時間』ってのは何でしょうか? それを過ぎるとどうなるんですか?」


『この空間内に留まっている間、人間の体は徐々に衰弱していきます。それが一定値を超えた場合、それもまた試練を失敗したとして扉の外に強制的に排出されます』


「……それはつまり、試練を達成してここにいる状況でも俺達の体は消耗していて、それがある程度までいったら、ご褒美をもらってなくてもそのまま外に出されるってことですか?」


『そうです』


「ほぅ、そうなのか。ならばクルトよ、妾達は先に才能をもらって、扉の外でゴレミが出てくるのを待つ方がよいのではないか? そうすればいずれゴレミも……クルト?」


 女神様の説明に、ローズが安堵の声を出し……だがすぐに俺の方を見て怪訝そうな顔をする。何せ今の俺は、相当に厳しい表情をしてるだろうからな。


「どうしたのじゃクルト? 何故そんな顔をしておるのじゃ?」


「そりゃ勿論、今の話を聞いたからさ。このままだと、ゴレミだけずっとここに取り残されることになる」


「は!? 何故じゃ! たった今制限時間の話を聞いたばかりじゃろ?」


「その仕様が問題なんだよ。なあローズ、普段が普段だから失念してるのかも知れねーけど、ゴレミはゴーレムなんだぞ? ゴーレムの体が、人間みてーに衰弱すると思うか?」


「あっ!?」


 俺の指摘に、ローズが目を丸くして声をあげる。そう、誰よりも人間らしく喧しいゴレミだが、あいつは間違いなくゴーレムだ。その石の体は眠らないし飯も食わない……つまり人間のように『衰弱』したりしない。


「いや、しかし、魔力が切れれば一時的に停止するんじゃろ? ならそれで――」


「駄目だ。魔力切れを『衰弱』と定義したら、本来の使い方でのゴーレムがここに持ち込めなくなる。なあ女神様、魔力が切れて一時的に停止したゴーレムは、『衰弱した』と判定して扉の外に出されますか?」


『いいえ。停止しても破損しても、魔導具は魔導具ですから、人間の判定は当てはまりません』


 できれば外れて欲しかった俺の推測が、残念ながら女神様の声によって肯定されてしまう。そしてそれは、最悪へと繋がる一本道だ。


「てわけだ。そもそも何でゴレミが試練を受けられたのかはわかんねーけど、人間と同等の扱いを受けてるなら、それこそゴレミは石の体が風化して塵になるまで『衰弱』の判定は受けられねーと思う。


 だが、俺達は違う。この場に止まってるだけで徐々に体が弱って、いずれは『衰弱』判定で外に出されて……そうなったら、もう二度と扉の中、ゴレミに干渉できなくなるってわけだ」


「なんと!? では、この制限時間というのは……」


「ゴレミが試練に強制失敗して外に戻されるまでの時間じゃなく、俺達がゴレミを助けることのできる時間ってことだ。ったく、最後の最後でとんだ難問を突きつけてくれるもんだ」


 俺はチラリと女神像を見て、そんな事を呟く。だがその間にも、カウントダウンは止まらない。もう大分無駄にした感があるが……ならとにかく、俺がやれることをやるだけだ。

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