失敗は敗北に非ず

「んあっ…………」


 一体どれだけ寝ていたのか? というか、ちょっと休むだけのつもりだったのに、いつの間に寝てしまったのか? 割とすぐに意識が落ちた記憶もあるが……まあどうでもいいか。


「はぁ……あー…………」


 むくりと体を起こし、腕や足を動かしてみる。うむ、特に違和感もなく、疲労はすっかり抜けているようだ。同時に手に持っていたはずのボドミも消えているが、あれはここの仕掛けみてーなもんだろうしな。


 そうなるとやっぱり、助ける意味はなかったと言えなくもないが……まあ、俺がやりたくてやっただけなんだからいいだろう。花丸ももらえたしな。


「よし、んじゃそろそろご褒美をもらいに行くか!」


 真っ白な世界に残ったのは、俺と目の前の扉だけ。今度は焦ってぶち破る必要もなければ、鍵が掛かっているわけでもない。しかも俺が意識を向けると、扉が勝手に開いていく。どうやら向こう様も俺をお待ちかねのようだ。ならご機嫌を損ねないうちに、さっさと入ってしまうとしよう。


 ということで、俺は特に気負いもなく扉の中に満ちた光へと入っていったわけだが……


「お?」


「のじゃ?」


 扉を抜けた向こう側には、ちょうど俺と同じタイミングで、同じように扉から出てくるローズの姿があった。向こうも俺を見て、軽く驚きの声をあげる。


「おお、ローズ! 無事だったか!」


「クルト! お主も無事だったようじゃな」


「まあな。その扉から出てきたってことは、試練は達成できたのか?」


「ふっふっふ、当然なのじゃ! ということは、クルトもか?」


「おうよ! このくらい余裕だぜ!」


 ひょいと一歩を踏み出すと、背後の扉がスッと消えた。だがそれを気にすることなく、俺とローズは近くに寄って声を掛け合う。何だか随分久しぶりの気分なんだが……実際どのくらい時間が経ってたんだろうな?


「とすると、後はゴレミだけか」


「そうじゃな。まあゴレミじゃから、すぐ出てくるのではないかの?」


「だな。ならここでちょっと待つか」


 俺一人なら先に進んだだろうが、ローズも一緒ってことならゴレミだけ置いていく気などない。俺達はゴレミの到着を待ちながら、お互いの試練の内容について話していく。


「ほほぅ、追いかけっこにかくれんぼから、最後は自分が追いかけられる側になったと。ちょっと面白そうじゃが、妾にはキツそうじゃの」


「だろうな。多分だけど、あの試練って一四層にたどり着ける身体能力が前提になってるって感じだったし」


 一二歳の女の子としては体力があるローズだが、それでも俺と比べたら俺が勝つに決まってる。そんな俺があの体たらくだったのだから、ローズが俺と同じ試練を受けたら、おそらく最初にボドミを捕まえることすらできなかったんじゃないかと思われる。


「逆にクルトが妾のような試練を受けていたら、どうなったのじゃろうな?」


「俺が? あー、どうだろうな……」


 ローズの言葉に、俺は試練の内容を想像してみる。人口一〇〇人ちょっと、全員が顔見知りみたいな小さな田舎村に生まれ、家族仲も良好で普通に見送られて旅立ったのが俺なので、まず「子供の頃から虐げられていた」みたいな設定にするのは間違いなく無理だろう。そんなもん通したら、それこそ違和感バリバリで一瞬で幻だと見抜いちまうだろうし。


 となると、ローズの試練の後半部分みたいに、探索者になってから、ひたすら無能と罵られる日々を体感させられるんだろうが……


「……普通にへこんで終わりな気がするな」


「ぬおっ!? 何故急に弱気になるのじゃ!?」


「いやだって、俺がまともに探索者やれてるの、ゴレミとローズに出会ったからだからなぁ」


 もし俺がゴレミに出会えなければ、未だに一人で<底なし穴アンダーアビス>に潜っていたことだろう。だがそうなると第四層のジャイアントセンチピードに対抗できていたかも怪しいし、何ならちょっとしたミスであっさり死んでしまっている可能性もかなりある。ソロの探索者ってのはそんなもんだ。


「ローズだって、ソロ探索の厳しさはわかってるだろ? だから<無限図書館ノブレス・ノーレッジ>の第一層でずっと粘ってたんだろうし」


「うっ、そう言われると返す言葉がないのじゃ……」


 仲間がいれば多少の無茶は通せるし、いざって時にも助け合える。だがそれがないソロ探索者は、過剰なほどに安全マージンを確保するか、ある程度死を覚悟して活動するかしか道がない。


 そのうえで、余程特別な理由でないなら、ソロでしか活動できない奴が優秀ってことはまずない。となればそこまで安全マージンをとってしまうと生活費すら稼げず、危険を承知で踏み出す以外の選択肢がなくなる。


 その結果、死ぬ。どれだけ注意してたって死ぬときは死ぬんだから、一割二割の死を許容するような生き方したら遠くないうちに死ぬに決まってる。それでもごく一部の「本物」が残ったりはするが……俺は自分がそのごく一部に含まれると思えるほど自惚れちゃいない。


「それに、俺の場合はあくまでも夢と浪漫を求めて探索者になったってだけだからな。ローズみたいに家に帰れねーってわけでもねーから、途中であっさり田舎に帰って、試練は失敗って感じになったと思う」


「むぅ、そんなことはないと思うのじゃが……」


「ハハハ、背負うもんがない奴なんて、そんなもんだって。それにそんな理由で試練に失敗したなら、それはそれで構わねーよ」


「? 何故じゃ?」


 首を傾げるローズに、俺は苦笑しながら言葉を続ける。


「だって、駄目そうなことに見切りをつけて別の道に進むって、心が弱いとかってのとは違うだろ? むしろ駄目そうなことに固執して死ぬ方が駄目なんじゃねーか?


 俺は確かにスゲー探索者になりてーけど、探索者じゃなくなったら死ぬってわけじゃねーし、ローズだってそうだろ? 皇族じゃなくたって、探索者じゃなくたって、その辺の店で普通に働いて生活したっていいじゃねーか。それを挫折した負け犬呼ばわりは、むしろ普通に生きてる人達に失礼だろ」


「……言われてみれば、確かにそうなのじゃ!」


 俺の言葉に、ローズがしばしポカンと口を開けてから言う。


「妾は今、目から鱗が落ちた思いなのじゃ! じゃがそうなると、この『試練の扉』とは何なのじゃ?」


「ん? そりゃ普通にダンジョンの仕掛けなんだから、探索者としての適正だけを見る試練ってことだろ? 逆に言えば、ただそれだけもんってことさ」


 世に生きるのは探索者だけではなく、人生の道は探索者のみではない。だがここは探索者のみが足を踏み入れるダンジョンなので、そこで課される試練は、探索者として優れているかどうかを見定めるためのもの。


 故に達成したなら喜べばいいし、失敗しても大した問題はない。俺達は世界を救う英雄でも、運命を背負った先導者でもなく、日銭を稼いで楽しく生きる手段として探索者を選んだだけの、ただの人なんだからな。


「はー…………妾には今、クルトが帝城に招かれるような賢者に見えるのじゃ」


「それは流石に大げさだろ。俺なんかがわかってることは、大体みんながわかってることさ。ただ頭のいい奴は色々と小難しい理屈をつけるのが好きだったり、あと偉い奴は自分のことが自分のことだけじゃすまなかったりするから、わかってても選べなかったりするんだろ?


 所詮こんなのは、俺みたいな何も背負ってない一般人の一意見ってだけだよ。まあそれはそれとして……ゴレミのやつ、来ねーな?」


 そこで話を一区切りさせると、俺は改めて周囲を見回す。だが真っ白な世界には俺とローズ以外の姿はなく、新たに扉が現れる気配もない。


「クルトよ、どうするのじゃ? もう結構な時間を待っていると思うのじゃが……」


「うーん…………」


 ローズの言葉に、俺は腕組みをして考えこむ。正直ここでの時間の感覚がどうなってるのかわかんねーから、凄く待ったのか、あるいはほとんど待っていないのか、それすらもわからない。なら……


「仕方ねーか。俺達だけで進もうぜ」


「よいのじゃ?」


「わかんねーけど、ゴレミが先に行ってる可能性もあるからなぁ。ローズだってここに出てきたのが自分一人だったら、俺達が待ってるかもって進んでただろ?


 で、新たな才能が与えられる場所まで行っちまうと、俺達が来てないと気づいても後戻りできねーとか」


「おぉぉ、凄くありそうなのじゃ! なら行ってみるのじゃ!」


「おう!」


 張り切るローズに答えて、俺達は道なき道を歩き出す。何処に行けばいいのかわかんねーけど、こういうのは大体適当に歩けば辿り着くようになってんだろ。


「才能か……妾にはどんな才能が与えられるのかのぅ?」


「さあな。ケーキを上手に焼けるとか?」


「何じゃそれは!? ふふっ、さっきの話を聞く前なら憤慨するところじゃが、今はそれはそれで楽しそうだと思えるのじゃ」


「そりゃ何よりだ。俺は普通に戦闘系の才能が欲しいけど」


「ぬあっ!? 自分だけ狡いのじゃ! なら妾だって、魔法が前に飛ぶ才能が欲しいのじゃ!」


「ハッハッハ」


 ポカポカと背中を叩いてくるローズをそのままに、俺達は白い世界を進んでいった。

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