試練の扉:ゴレミ 「終わらない世界の終わり」

ここから二話ほど、ゴレミ視点となります。


――――――――




「おいゴレミ、起きろ」


「うーん、むにゃむにゃ……あと五年デス……」


「なげーよ! あとこのやりとり何回やるつもりだ! いいから起きろ!」


「はうっ!」


 いつもの宿の一室。頭をペチリと叩かれて、ワタシは寝転んだままゆっくり目を開けるデス。するとそこには既にベッドから降り、身支度をバッチリ調えたマスターの姿があったデス。


「ふぁぁ……おはようデス、マスター」


「ああ、おはよう……本当に、何でお前はゴーレムなのに寝るんだ?」


「それは人間と同じ理由デス! 寝てる……というか、意識をシャットアウトして、頭の中にある情報を整理してるのデス!」


「そりゃ聞いたけど、それなら別にベッドで横になる必要はねーんだろ?」


「そうデスけど……でもじゃあ、マスターは自分の横に美少女が寝てるのと、部屋の片隅でじーっと自分を見つめたまま微動だにしない人形がいるのと、どっちがいいデス?」


「うぐっ!? ジッと見られるのはスゲー落ち着かない気がするな……いや、そもそも見てる必要ねーじゃん! 閉じろよ目を! むしろ壁の方とか向いとけ!」


「それはゴレミが寂しいデス! ゴーレム虐待デス! ゴ虐はコンプラ違反なのデス!」


「また訳のわからん事を……」


「おーい、クルト! ゴレミ! 起きておるのじゃー?」


 そんなお決まりの会話をしていると、部屋の扉をノックする音と一緒に、ローズの声が聞こえてきたデス。するとすぐにマスターが反応して、扉を開くデス。


「おはようローズ。起きてるけど、何か用か?」


「用かじゃないのじゃ! 起きてるなら何故いつまでも部屋にいるのじゃ! 妾はもうお腹がペコペコなのじゃ!」


「ハハハ、悪い悪い。ゴレミがまた変なこと言ってたから、つい、な」


「むー! 何でもかんでもゴレミのせいにするのはよくないデス! 聞いて欲しいデスローズ! マスターはゴレミに、一晩中壁の方を向いて立っていろって言うデス!」


「えぇ……? なあクルトよ、そりゃゴレミはゴーレムじゃが、それは流石に可哀想なのじゃ」


「ち、ちがっ!? 俺はそんな……」


「なら、ゴレミはベッドで寝てもいいデス?」


 上目遣いで見るワタシに、マスターがもの凄くしょっぱい顔をしながら頭をガリガリ掻いて言うデス。


「チッ。好きにしろよ、ったく……」


「わーいデス!」


 苦笑するマスターの腕を笑顔で掴むと、ローズが反対側の腕を掴むデス。そうして美少女二人に腕組みをされたマスターは観念したように小さくため息を吐くと、そのまま三人揃って宿を出て、軽く食事を済ませてから探索者ギルドに向かうデス。


「おはようございます、リエラさん」

「おはようデス、リエラ!」

「おはようなのじゃ!」


「おはようございます、クルトさん、ゴレミさん、ローズさん。相変わらず仲がよさそうですね」


「あー……まあ、はい」


 今日も笑顔で出迎えてくれたリエラに、マスターが微妙な笑みを浮かべて言うデス。


「マスター! せっかく両手に花なのデスから、もっと喜んでもいいデスよ?」


「ゴーレムと子供なんだよなぁ……これが巨乳のお姉さんなら……イテェ!?」


「失礼なことを言うでない! 妾とクルトは三歳しか違わぬではないか!」


「そうデス! そういう贅沢発言をしてると、なあなあのまま誰ともくっつかずに四〇代を迎えて、一人孤独な部屋で『何で俺は、あの時ちゃんと彼女たちと向き合わなかったんだろう……』としみじみ言いながら涙することになるのデス!」


「おまっ、そういうリアルなのはやめろよ! ……やめろよマジで。想像するとスゲーへこむじゃん。ヤバい、ちょっと泣きそうだし、吐きそうなんだが……」


「何故今の段階で、そこまで悪い未来を想像するのじゃ!? 流石に被害妄想が酷いのじゃ!」


「フンッ、自業自得なのデス! まあマスターにはゴレミがいますから、未来永劫孤独になったりはしないデスけどね」


「へいへい、ありがたいことで」


「ふふっ……それでクルトさん、提出していただいた本日の活動予定なんですけど」


 苦笑するマスターをそのままに、リエラが手にした紙に視線を落としてから言うデス。


「今日は遂に、第七層に挑戦するんですね」


「ええ、まあ。ゴレミもローズもいるんで、今の俺達ならそろそろいけるんじゃないかと」


「ですね。是非頑張って――――


 と、その瞬間世界の全てが凍り付く。目の前のリエラがカクカクと出来の悪い人形のような動きをして……でもすぐにそれは解消される。


――「今日から第六層・・・に挑戦するんですね」


「ええ、まあ。ゴレミとローズのおかげで第五層は危なげなく突破できてるんで、六層も大丈夫だと思います」


「そうですね。第六層のグリーンマンティスは強力な魔物ですけど、クルトさんの装備なら何の問題もないと思いますし。


 ただ、油断はしないでくださいね。首とかの守りがない部分に攻撃を食らうと、普通にスパッとやられちゃいますから」


 グリーンマンティスは、でっかいカマキリの魔物デス。切れ味鋭い鎌は安い防具しか身につけられない新人探索者には脅威デスが、今現在マスターが身につけているような防具だと全く歯が立たないので、肌が露出してる部分を狙われなければ何の問題もないデス。


 ああ、勿論ゴレミも斬られないデス。七層に出てくるオークの棍棒はパワー系の単純物理攻撃なので、素で受け続けるのはちょっと厳しくなってくるデスが、六層ならまだゴレミ無双が続くのデス。


「わかりました、気をつけます」


「鉄壁のゴレミガードがあれば、多い日も安心なのデス!」


「妾も! 妾も役に立つのじゃ!」


「おう、期待してるぜ。虫系の魔物にはバーニング歯車スプラッシュがスゲー効くしな」


「そうデスね。ゴレミが引きつけている間に後ろからマスターとローズが攻撃するのが、ゴレミ達の必勝パターンなのデス」


「あー、やっぱり歯車は投げるんですね…………」


 ワタシ達の会話に、リエラがちょっとだけ引きつった笑みを浮かべたデス。でもマスターはそれに気づかず、嬉しそうにリエラに語りかけるデス。


「そりゃそうですよ! リエラ師匠の教えは、今でも忠実に守ってますから!」


「教えてないです! 教えてないですからね!?」


「じゃあ師匠! 今日も立派に歯車を投げてきます!」


「教えてないですからねー!」


 叫びながら手を伸ばすリエラをそのままに、ワタシ達は<底なし穴アンダーアビス>の入り口に向かって歩き出すデス。


 こうして今日も、いつもと同じ楽しい探索が始まる――――


『おいおい、いつまで寝ぼけてるつもりだ?』


「…………え?」


 不意に、どこからか声が聞こえたデス。思わず声をあげてマスターを見ると、でもマスターは不思議そうに首を傾げるデス。


「ん? どうしたゴレミ?」


「ぼやぼやしてると、置いていってしまうのじゃぞー」


「ま、待って! 置いていかないで欲しいデス!」


『阿呆な事を言うでない。妾がゴレミを置いていくわけないであろうが』


「えっ? えっ!?」


 声が、声が聞こえるデス。マスターもローズも目の前にいるのに、違う場所から二人の声が聞こえるのデス。


 それはとても懐かしい……ゴーレムなのに、涙がちょちょぎれそうなくらいに懐かしい響きなのデス。今もずっと一緒にいる二人に、会いたくて会いたくて胸が張り裂けそうになるのデス。


「ゴレミ?」

『ゴレミ!』


「何が……一体何が起きてるデス!? 何がなんだかわからないデス!」


 二重に聞こえる声に、ワタシは思わず耳を押さえてその場にうずくまってしまったデス。するとそれに合わせるように世界の動きが止まり、見えていた景色がガラスが割れるように崩れていくデス。


「あ、ああ!? 終わるデス! 終わっちゃうデス!?」


 背景が失われ、その他大勢の人影が消え去り、背後で叫んでいたはずのリエラの姿にヒビが入ると、ピシリと砕けて粉々になる。それを何とか防ぎたくてあっちこっちに手を伸ばすデスが、世界の崩壊は止まらないデス。


「まだ! まだデス! まだ終わったら駄目なのデス! あと少し、せめてもうちょっとだけでも――」


「ゴレミ」


 そんなワタシの腕を、マスターが掴んで止めるデス。


「何するデスかマスター! ワタシの邪魔をしないで欲しいデス!」


「もうやめとけ。これ以上は流石に無理っていうか……この辺が潮時だろ」


 キッとにらみつけるワタシに、しかしマスターはどこか親しみを感じさせる苦笑を浮かべて、静かに首を横に振ったデス。

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