試練の扉:クルト 「可能性の器」

 ま、まあ? 幻だか妄想だかわかんねーものを見てそれを真似したからって、同じ技が使えるわけがねーことくらい? 俺だって最初からわかってたさ。ああ、そうとも。そんなわけねーじゃん。なあ?


 でも、ほら……あれだよ。何て言うか…………


クネクネクネッ!


「テメェは絶対ぶった切るからな!」


 嘲笑うように体をクネクネさせるボドミに、俺は怒りの声を叩きつける。今度こそはと剣を握れば、また新しく青いシルエットが隣に出現し、その都度新しい技を使ってみせてくるのだが…………


「ハァ、ハァ、ハァ…………」


クイッ


「やめろよ! そういう『大丈夫?』みたいな空気出すんじゃねー!」


 へたり込んだ子供の顔を覗き込むようにクイッと体を曲げるボドミに、俺はそう悪態を返す。


 幻の見せた技は、どれもこれも俺には使えなかった。何かそれっぽい動きは一応してみたのだが、何一つきっちりと再現できる技はなかったのだ。最後は青い幻も「お前マジか?」みたいに肩をすくめて、剣をまっすぐ振り下ろすだけで消えちまったしな。


 できるよ! そのくらいできるってーの! いやまあ、ぶれずに剣を振るのは割と難しいのはわかってるけど、俺だってもう鍛錬と実践で四年も剣振ってるんだから、そのくらいはできるっつーの!


「あーもう! やめだやめ! つか、空飛んでる奴に剣で挑もうってのがまず間違いなんだよ! 飛んでるならこれだろ!」


 俺は剣を鞘に収めると、手の中に歯車を作り出す。そしてこれまでのストレスを全部ぶつける勢いで……


「食らえ、歯車スプラッシュ!」


ペチペチペチッ


 投げつけた歯車が、ボドミの体に命中する。うむ、威力に難があるとはいえ、やはり遠距離攻撃は正義だ。まあボドミは平然と物陰に消えてしまったわけだが。


「まあでも、剣術よりは何とかなりそうではあるような……ないような?」


 いいように弄ばれ続けていた状況から一転、とりあえず攻撃を当てられたことで、俺の中に冷静さが戻ってくる。攻撃が当たるという点で投擲の方が先がありそうだが、とは言え今のままパラパラ投げているだけでは、結局のところ「当たるだけ」で終わってしまう。


「もっとこう……何かねーか? 全然再現できなかったとはいえ、剣術にあれだけバリエーションがあったなら、投擲だってこう、投げ方の工夫とかありそうな感じなんだが…………ん?」


 そう考えた瞬間、俺の横で何かがウゴウゴと蠢いた気がした。だが視線を向けてもそこには何もない。ならばと目を閉じれば……さっきの奴とそっくりな、でもちょっと違う青い幻の男が、手に握り混んだ球を豪快なフォームで投げる姿が見えた。


「投げ方……そうか、投げ方か」


 たった一度、一瞬見ただけの幻。だがその一挙手一投足が、俺の中には強く印象として残っている。右手に歯車を生みだし、今の幻を意識して足の踏み出し方や腕の振りかぶり方を変えてみると……ブォン!


「おお!? 前よりちょっといい感じに飛んだ!?」


 ちょっとだけだが、投げた歯車が飛ぶ勢いが増し、飛距離が伸びている気がする。と、そこでボドミが曲がり角から姿を現したので、これ幸いと俺は再び振りかぶる。


「さあ食らえ! リフォーム歯車スプラッシュ!」


バチバチバチッ!


 思った以上に高めの音が出て、ボドミがひょいっとその場を逃げ去る。まだまだダメージを与えたという感じではないが……その反応に俺は思わずグッと拳を握りしめる。


「おいおい、やれるじゃねーか! そうだよ、時代は投擲だよ! 剣術とかだっせーんだよ! 投擲最高!」


 あんなしょぼくれた剣術野郎と違って、投擲の幻はやる男だった。そもそも歯車は投げるものだし、俺にはリエラ師匠直伝の「歯車投擲術」がある。なら投げる方に拘るのが正解なのは火を見るより明らかだ。


 努力の方向性が定まったことで、俺は幻先生の投擲技術を少しずつ身につけていく。この幻、ひょっとしてリエラ師匠では? と一瞬だけ考えたが……それは流石に無理だな。だって背格好とか完全に俺くらいの男だし。


 だがまあ、そのおかげで少しずつだが、俺の投擲技術は上がっていった。流石にゴレミほどのパワーは出ないにしても、これまでに比べたら三割くらいは飛距離が伸びた気がする。


「今まで意識して練習したことなかったけど、ちゃんとやればこんなに違うのか。投擲、奥が深いぜ。でも……」


ヒラヒラヒラッ


 俺の歯車スプラッシュは、かつてない鋭さを得た。だがそれでもボドミには通じない。というか、多分ボドミは糞硬い。まあ見た目からして板だし、そりゃ硬いだろう。


 故に、まだ決め手が足りない。もう結構使っちまったから、これ以上歯車ボンバーを連発するのは無理。となると別の手札が必要だが…………


「……よし、これでいくか。おーいボドミー! いつまで隠れてるつもりだよ!」


ヒョイッ


 挑発するような俺の声に、物陰からボドミが姿を現す。ただしそこに、怒っているような様子はない。


 当たり前だ。俺の攻撃は結局ボドミにダメージを与えられてねーわけだから、俺がボドミを捕まえることはできない。逆にボドミの青い球は俺の一方的に痛めつけられるわけだから、向こうからすれば姿を現す必要などないのだ。


 だがそれでも、こいつは俺の側から一定距離は離れられねーし、あとおそらく一定時間以上姿を見せないこともできない。まあ完全に隠れられたら捕まえるも糞もねーから、「俺がボドミを捕まえる」というこの場の主旨的にそうなってるんだろう、多分。


クネクネクネッ


「ああ、練習はもう終わりだ。これでお前を捕まえる! 覚悟しろよ?」


クネクネ……フォン!


 覚悟するのはそっちだと言わんばかりに、ボドミが青い光の球を打ち出してくる。すぐにその場を飛び退けば十分回避できる攻撃だが……俺はそのまま、歯車を握りしめて振りかぶる。


「食らえ、歯車……ぐぅぅ……っ! スプラッシュゥゥゥゥ!!!」


 襲い来る激痛を歯を食いしばって耐えながら、俺は今までより大きめの歯車をボドミに向かって投げつける。大きくなった分若干飛距離と勢いの落ちた歯車は、しかし攻撃を正面から食らうというリスクと引き換えに、ちゃんとボドミの体に命中した。


 もっとも、多少大きくなった程度ではボドミにダメージを与えられるほど威力があがったりはしない。相変わらずボドミは平然と宙に浮いているが……俺の攻撃はむしろここからだ。


「噛み合え、歯車バイト!」


ガチッ!


 ボドミに命中した歯車のいくつかが、そのまま空中で噛み合う。そしてそのうちの一つが、ボドミの体にガッチリと噛みつくことに成功した。そのまま「回れ」と念じるが、流石にボドミの体は硬く、歯車は回らず、ボドミの体にはヒビの一つもはいりゃしない。だがそれすら想定内!


「おら、どんどんいくぞ! 歯車スプラッシュ! 歯車スプラッシュ! で、歯車バイトぉ!」


 続けざまに歯車を投げつけ、その歯車を噛み合わせる。さっきと違って虚を突かれたわけではないボドミはそれをかわそうと動き回るが、その挙動が少しだけ不安定になっている。噛みついた歯車が重しとなって、ボドミの動きを阻害しているのだ。


「どうしたどうした? ちゃんとよけねーと、どんどんアクセサリ・・・・・が増えてくぜ? 歯車スプラッシュ! 歯車バイト! 歯車スプラッシュ! 歯車バイト!」


 フラフラと宙を逃げ回るボドミに、俺はどんどん歯車を噛み合わせていく。ボドミは必死に体をクネクネさせたり、俺の意識を切らそうと青い球を飛ばしてきたりしたが、俺はその全てを耐え、徐々に動きの悪くなるボドミに対して攻撃を続け……


「くっ……ふぅぅ…………よぉ、随分とお洒落になったじゃねーか?」


 全周を俺の歯車に噛みつかれ、その重さで遂にボドミが床に落ちる。俺はそこにゆっくりと歩み寄ると、初めてボドミを上から見下ろした。


「俺の方も大分痛かったけど……でも、これで漸く俺の勝ちだな?」


プルプルプル


 ニヤリと笑って言う俺に、ボドミが体を震わせる。最初の「追いかけっこ」の時は捕まえたと思った瞬間に手の中から抜け出されたが、今回はそうもいくまい。


 まあ問答無用で至近距離から青い球を連射されたら、普通に激痛で気絶しそうではあるが……うん、やってこねーな。いや、それをやられたらボドミを捕まえるのは絶対に無理ってことになるから、その場合は諦めるけれども。


「さーてお嬢さん。名残惜しいが、これがラストダンスだ。さ、お手をどうぞ?」


 そんな事を口にしつつも、俺は自分からボドミに手を伸ばす。そうしてボドミの体をガッシリと掴み、最後の勝利宣言をしようとしたところで……


バシィィィィン!!!


「うぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?」


 突如、強い衝撃を受けて俺の体が弾き飛ばされる。ゴロゴロと床に三回ほど転がってから、何とか体制を立て直して起き上がった俺が見たのは、拘束歯車を全て弾き飛ばし、悠々と宙に浮かぶボドミと――


「なっ…………」


 その頭上に出現した、真っ黒な光の球であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る