試練の扉:ローザリア・スカーレット 「そんな茶番に終焉を」
「ふ、ふふふ……くふふふふ…………」
俯いたまま口を押さえ、肩を震わせ声を漏らす。そんな妾の周囲では未だに黒い影共が何かをわめいておるが、もう何を言われようと、妾の心には響かない。それどころか……
「くはははは……ひゃーっはっはっはっは!」
『何だ? 遂に気でも触れたか?』
「これが笑わずにおられようか! うひゃひゃひゃひゃ!」
面白い。あまりにも面白すぎて、笑いが堪えきれぬのじゃ! 戸惑いを見せる黒い影達をそのままに、妾はひとしきり笑い続け……漸くそれが収まると、スッとその場に立ち上がる。
『……その歳で、その体で何故立てる?』
「歳? 何を言っておる。妾はピッカピカの一二歳じゃぞ? 立てるに決まっておるではないか!」
腰も膝も、体中の何処も痛いところなどない。笑いすぎて零れた涙を拭った手は、年相応にツヤツヤプニプニとしておる。ふふふ、ゴレミもうらやむもち肌なのじゃ!
「それにしても、これが試練か……何とも滑稽というか、杜撰なのじゃ。たとえば、この部屋!」
周囲の景色が、最初に妾が居た城内のぼろ部屋に変わる。じゃがそれを見た妾は、その光景を鼻で笑ってやる。
「仮にも大国たるオーバードの城内じゃぞ? そこにこんなぼろ小屋があるわけないのじゃ! 使用人の部屋どころか、本当の物置とてこんなボロボロのはずないのじゃ!」
帝城、しかも皇族の身の回りにいるような使用人は、いずれも身元のしっかりした人物じゃ。そんな者達をこんなぼろ部屋に住まわせるはずもない。というか、こんな部屋そのものが城には存在しない。もしあるとすれば、妾を貶めるためにわざわざ城内にボロい部屋を新設したことになるが、そんなアホなことを陛下が許すはずもない。
「ほれ、これが妾がいた部屋じゃ!」
妾がパチンと指を鳴らすと、カチリと世界の歯車が回る。すると演劇の舞台背景が入れ替わるように、クルリと世界が回って景色が変わった。
そうして出現したのは、そう広くはないものの上質な家具の揃えられた部屋。ランクで言うなら、三年目くらいの探索者が何かの記念でちょっと背伸びをして泊まった高級宿くらいの室内じゃ。
『あり得ない! 無能のくせにこんな贅沢が許されるのか!』
『そうよそうよ! 自重しなさいよ!』
「それにその二人もじゃ!」
暗い影となって文句を言う兄様や姉様に、妾はビシッと指を突きつける。するとカチリと世界の歯車が回り、天井から光が降り注ぐ。照らし出された黒い影の正体は、真っ白な顔無しの人形であった。
「確かに妾は無能として扱われておった。じゃがそれは別に、妾が冷遇され虐められていたというわけではないのじゃ!」
確かに妾の存在を面白く思わぬ兄姉はいたじゃろう。じゃが末の妹である妾にあからさまな嫌がらせなどしたら、「妾を助ける」という名目で他の兄姉からの干渉を許してしまう。それは未だに次の皇帝の座を諦めきれない兄姉からすれば、絶対に許容出来ないことなのじゃ。
「クリスエイド兄様のように本心から妾を嫌う者もいたことは認めるが、ほとんどの兄姉は妾のことを特に気にもしていなかった……わざわざ虐めたりなんてしなかったのじゃ。
それにガルベリア……いや、ガーベラ姉様のように妾のことを気にかけてくれた人もおったし、フラムベルト兄様はいつでも公正で、表でも裏でも他の弟妹を悪く言うことなどなかったのじゃ!
つまりこれも、真っ赤な嘘なのじゃ!」
妾を取り囲んでいた顔無しの人形共が、その瞬間さぁっと消えていく。それに合わせて帝城の部屋も消えていき、代わりに現れたのは<
『だが、お前が無能であることは変わりない。お前は勇んでやってきたダンジョンで、何も為せず誰とも組めず、一人無駄な努力をしていたはずだ』
「むぅ、それは確かに否定できんのじゃ。そこだけ正しいのが嫌なところじゃな」
どこからともなく聞こえる声に、妾は軽く苦笑する。実際妾と組んでくれる者はいなかったし、試練の最中に聞いたような台詞を言われたこともある。
『ならば認めよ。お前は無能だ。お前に価値などない』
「じゃが、それは違うのじゃ!」
同じ事を繰り返すばかりの声に、しかし妾は胸を張ってそれを否定する。
「確かに妾一人では何もできぬ。じゃがそんな妾に、協力することを教えてくれた者がおる。その者のおかげで、妾は無能でも無価値でもなくなった!
わかるか? その出会いこそ妾が諦めずに努力し続けて得た結果! 無駄なあがきなどではない! 妾の努力は既に実っておるのじゃ!」
無論、ついた実はまだ小さい。これからも努力を重ね、実を大きく育てる必要はあるじゃろうが……それでも既に、実はなった。それを無駄とこき下ろすのは、ただ滑稽なだけなのじゃ。
『はー……まだそんな事言ってんのか』
と、そこで暗闇の中から、見覚えのある顔が再び現れた。その者は大きくため息を吐き、呆れたような目で妾を見てくる。
『確かに俺が利用する分には、お前はそこそこ有用だぜ? でもそんなの、石ころだって投げれば武器になるって理屈と同じだろ? お前を使える俺が有能なだけで、お前が無能であることに変わりはねーだろうが』
「ぷぷっ! くくく…………」
『……何がおかしいんだよ?』
「いや、すまぬ。じゃがお主の存在こそが一番滑稽なのじゃ。
いいか? あの者は……クルトは、弱いのじゃ!」
カチリと世界の歯車が回り、クルトによく似た誰かの顔が崩れる。
「剣を使うが<剣術>のスキルを持っているわけではないし、<歯車>のスキルもどれもこれも決め手にかけるものばかり。クルト一人であれば、正直妾とそれほど変わらぬ強さしかないのじゃ!」
そう、クルトは弱い。そりゃ間近から剣で斬られれば妾が負けるじゃろうが、走り込んできた際に妾が自爆覚悟で魔法を使えば最悪でも相打ちにできる。クルト個人の実力は、実のところその程度でしかない。妾はそれを、よく知っている。
「じゃが、クルトはそんな己の弱さを隠したりしなかったのじゃ。弱い同士で頑張ろうと、笑って妾に手を差し伸べてくれたのじゃ! それをお前は、言うに事欠いて『俺が有能なだけ』じゃと? そんな台詞、クルトなら絶対に言わぬのじゃ! というか下手にそんなこと言ったら、妾とゴレミに笑い飛ばされるのじゃ!」
カチッ カチッ カチッ カチッ
妾が言葉を紡ぐ度、世界の歯車が回って舞台が進んでいく。偽りの書き割りが真実の現実に置き換わり、試練の作り出した雑な嘘が次々と剥がれていく。
もはや目の前にいる男に、クルトの面影は残っていない。黒い毛糸を頭に乗せた、顔為し名無しの道化人形。その何者でもない何かに、妾は最後の言葉を突きつける。
「妾はローザリア・スカーレット! 妾の価値は、既に妾の内にある! この胸に赤き
疾く消えよ! もう妾は二度と俯いたりせぬのじゃ!」
胸の鼓動と歯車の回転が重なり、妾と世界が一体となる。もはやこの場に偽りはなく、人も物も想いさえも、全ての価値は妾と共に在る。ニヤリと笑ってそう宣言すると……不意に世界から闇が消えた。
「む、急に明るくなったのじゃ?」
『汝は見事に試練を乗り越えた。己の内に価値を見いだし、前に進む決意を固めた。
汝、探索者よ。その魂に敬意を表し、ここに試練の終了を宣言します。さあ、扉をくぐりなさい』
「おぉぉ? やったのじゃ!」
塔の中で見たのと同じ扉が目の前に出現し、ゆっくりと開いていく。白い背景に白い扉、更にその内側も光っていると目が痛くなるような配色じゃが、それはまあそういうものなんじゃろう。黒かったらそれはそれで不安になるしの。
「どうじゃクルトにゴレミよ。妾はちゃんと一人でやり遂げたのじゃ! ふっふっふ、妾は何番目かのぅ」
踊るような足取りで、妾は開いた扉の中に入っていく。ああ、早く二人に会いたいのじゃ。そして会ったら……子供っぽいと言われても、「よく頑張った」といっぱい褒めてもらいたいのじゃ!
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