試練の扉:ローザリア・スカーレット 「無能の姫」
今回から三話ほど、ローズ視点となります。
――――――――
「ん……むぅ?」
ひゅるりと吹き抜けた隙間風に頬を撫でられ、妾はゆっくりと目を開ける。するとそこにあったのは、
「ここは…………妾の部屋、か?」
当たり前のことを思い出すのに、数秒を要する。だがボーッと呆けていられたのはほんのわずかな時間だけ。部屋の片隅に置かれた時計が、既に朝食の時間が過ぎてことを告げていたからじゃ。
「ぬあっ!? 寝坊したのじゃ!?」
慌ててベッドから飛び起きると、妾は身支度を調えて物置のような部屋を飛び出す。帝城に相応しい廊下では多数の使用人とすれ違ったが、誰一人妾に挨拶をすることはない。
じゃが、そんなことは気にならない。「無能」の烙印を押されたあの日から、これが妾の日常であり、当然なのじゃからな……自分で言ってて、ちょっと切ないのじゃ。
まあとにかく、妾は食堂へ行って手早く食事を済ませる。皇族が食堂で食事をするのかと驚かれたが、五〇人以上もいたら合理性を考えるとそうなる……はて、誰に驚かれたのじゃったか?
「……いやいや、そんな事を考えている暇はないのじゃ!」
グッと何かに引っ張られるような感覚で、妾は思考を取り戻すと、そのまま城内にある訓練場に向かう。一秒でも長く訓練をし、まともに魔法を使えるようになるその日までは、食休みなどという甘ったれたことはやっておれぬのじゃ!
「邪魔するのじゃ! 今日も魔法の鍛錬をさせてもらいたいのじゃ!」
「おいおい、無能姫がまた来たぞ」
「みんな、自爆に巻き込まれないように注意しろ!」
「ったく、こっちの迷惑も考えて欲しいよな」
訓練していた兵士達から、不満そうな声が漏れ聞こえる。確かに申し訳ないと思うのじゃが、妾としてもこれは譲れぬ。せめて魔法を前に飛ばせるようにならねば、妾は生涯「無能」のままで終わってしまうのじゃ。
「はぁ……陛下より許可が出ておりますので、ご自由に。ですができれば、あちらの端でお願いします」
「わかっておるのじゃ。では妾はそこで練習させてもらうのじゃ」
露骨に嫌そうな顔をする兵長にそう告げると、妾は訓練場の端で魔法の練習を始めた。じゃが昨日まで出来なかったことが、今日突然できるようになるわけもない。何度も何度も魔法を発動させ……その全てが自爆に終わってしまう。
「はぁ。なかなか上達しないのじゃ……」
「お前、まだこんなことやってるのか」
と、そんな妾に、新たにやってきた者が声をかけてくる。何処か自分と似た顔立ちをした、立派な身なりの男女……同じ皇族である兄様や姉様方じゃ。
「トポレス兄様。それにティルダ姉様……」
「いつまでこんな無駄な努力を続けるつもりだ?」
「そうよ! 貴方が馬鹿みたいに自爆を繰り返すせいで、我が国の兵士達の訓練が滞っているのよ? 無能の貴方が、どうやってその責任を取るつもりなの?」
「む、無駄ではないのじゃ! 妾だって兄様方に認めてもらえるように、毎日頑張っておるのじゃ! いつか魔法がちゃんと前に飛ぶようになれば、妾だって……」
「その『いつか』って言うのは、いつだって聞いてるんだよ。いいか? 評価ってのは常に結果にだけ与えられるものなんだ。何の結果も出さずにただ『頑張ってるだけ』なんてのは、遊んでるのと変わらないんだよ!」
「そうよ! 結果の伴わない努力なんて何の意味もないわ! いえ、それどころか皆に迷惑をかけて努力し続けるなんて、害悪よ!」
「うぐぅぅぅ…………」
二人の兄姉の言葉に、妾は強く唇を噛みしめる。実際ただ頑張っているだけの妾では、何も言い返すことなどできないのじゃ。せめてもの思いを込めて兄様達をジッと見つめていると、兄様が不快そうに顔を歪める。
「何だ、何か言いたいことがあるのか?」
「ローザリアの分際で、私達に反論するつもり?」
「それは……」
「何を騒いでいる」
と、そこに新たな人物の声が響いた。その冷たい声色に顔を向けると、こちらに向かって歩いてくる神経質そうな顔の男の姿がある。
「クリスエイド兄様……」
「またお前か、ローザリア」
「ち、違うのです! 妾はただ、皆に認められ、皆の役に立てるように、頑張って魔法の練習を――」
「言い訳はいらん」
妾の言葉を、クリスエイド兄様はバッサリと斬って捨てる。
「いいかローザリア。もしお前がこの国の役に立ちたいと言うのなら、今すぐ人目につかないところに行って自害せよ。お前のような無能が陛下の血を引いているということ自体が、この国にとっての害……ひいては陛下に対する侮辱なのだ」
「そ、そんな!? それはあんまり――」
「そうだぞ。それは言い過ぎだ」
「そうですわ!」
愕然とする妾の耳に、また別の声が聞こえる。クリスエイド兄様の背後から現れたのは、フラムベルト兄様とガルベリア姉様だ。
「フラム兄様! それにガーベラ姉様!」
「……ローザリア。確かに私と君は兄妹だが、だからこそ礼節は重要じゃないか?」
「そうですわね。同胎の姉妹とは言え、序列というのは大事ですわ」
「えっ!? も、申し訳ありません。フラムベルト兄様。それにガルベリア姉様……」
予想外に冷たい視線を向けられ、妾は思わずたじろいでしまう。おかしい、妾達の関係は……いや、「無能」である妾が、それ以外の兄姉にこういう扱いを受けるのは当然なのじゃ? わからぬ、わからぬが……何だかとても悲しいのじゃ。
「これはフラムベルト殿下。ご機嫌麗しゅうございます」
「ああ、クリスエイド。そう畏まらなくてもいい……そして、今の話の続きだ。いいかクリスエイド。ローザリアは確かに無能だが、害などではない。何故なら……」
そこで一端言葉を切ると、クリスエイド兄様が妾の方を見る。一見すると優しい眼差しなのに、その瞳の奥は驚くほどに冷たい。
「ローザリアは証なのだ。どれほど優れた血を以てしても、時としてこれほどの無能が生まれるという、これ以上無いほど優れたテストケースなのだよ」
「そうですわ、クリスエイド兄様。ローザリアを調べることで、以後はどうすればこのような無能が生まれなくなるのかを知ることができるのです。それを自死などさせてしまっては、勿体ないではありませんか」
「む……そうか。確かにここまで突き抜けた無能であれば、逆にそういう価値が生まれると……フラムベルト殿下、先ほどの言葉は撤回致します。どうやら私が浅はかだったようです」
「ははは、わかってくれればいいさ。ということだから、ローザリア……」
「な、何でしょう?」
怖い。兄様達の考えていることが、何もわからない。正体不明の恐怖に凍えるような寒さを感じ、思わず我が身を抱きしめたくなるのを必死に我慢する妾に、兄姉達が同じ人間に向けるものとは思えない笑みを浮かべてこちらを見てくる。
「「「無能のお前に、我等が価値をつけてやる。さあ、そこにひれ伏すのだ」」」
「ひっ!? い、い、嫌じゃ! 嫌なのじゃぁぁぁぁ!!!」
その視線に耐えきれず、妾は無様に叫び声を上げながら、全力でその場を逃げ出していった。
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