閑話:残された二人組

今回は三人称です。ご注意下さい。


――――――――


「…………ふぅ」


 突然の来訪者が光に消え、『試練の扉』がゆっくりと閉まっていく。そうして完全に閉じられたところで、バーナルドは大きく息を吐いた。もっともそれは安堵というよりも、やっとゆっくり仲間と話ができるという気持ちからだ。


「結局彼らは何だったんだ? なあジャスリン、君は何を知ってる? 納得いく説明が欲しいんだが」


 訳がわからないのは、何もクルト達だけではない。バーナルドもまた目の前で起きた一連の騒動に対し、ほぼ何もわからないという状況が続いている。


 ならばこそ急に態度を変えた……つまり唯一何かを知っていそうな仲間にそう問うと、ジャスリンは回復薬を染み込ませたハンカチで血の流れる目を押さえながら、その口を開いた。


「悪いけど、説明できるようなことは私にだってないわよ。貴方も見た通り、いきなりあの子達が出てきて、とんでもなく貴重な魔導具を幾つも見せつけて『試練の扉』に消えていった……それが全て」


「は? ならその目はどうしたんだ? 一体彼らに何を視たんだ?」


「……光よ」


「光?」


「ええ、そう。ねえバーナルド。私の<魔眼>スキルは、対象の魔力を光として視ることができるのは、知ってるわよね?」


「当然だ。何で今更そんなことを?」


 ジャスリンの確認に、バーナルドは若干の困惑と共に頷く。探索者として共に活動するようになって、もう一〇年以上。スキルの全てを知っているなどと嘯くつもりはないが、そんな基本的な情報がわかっていないはずがない。


 だがそんなバーナルドに、ジャスリンが悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。


「それは勿論、貴方は時々重要なことを忘れることがあるからよ。第三二層で私があれだけ言ったのに、ハズレのボタンを押したのは誰だったかしら?」


「あれは……っ!? わかった、降参だ。で、それがどうしたんだ?」


「ふふっ……私にとって、魔力っていうのは星の光くらいの輝きなの。貴方みたいな魔法の使えない、魔力の少ないだと目をこらさなければ見えないくらい暗い星で、優秀な魔法士だとキラキラ輝く一等星ってところね。


 ちなみに、私が視た生涯で一番強い光の持ち主はマーテル様よ。月のように白くて大きな光だったわ」


「世界最高の魔法士か。そりゃ凄かっただろうな……でも、それが何だって言うんだよ?」


 今ひとつ話が見えてこず、じれたバーナルドがそう問うと、ジャスリンの表情が一気に曇った。その唇を恐怖で震わせながらも、ジャスリンは何とか言葉を続ける。


「…………太陽」


「太陽?」


「そう。あの子……あの小さな女の子の魔力は、まるで太陽のように強く光り輝いていたのよ。わかる? 夜空に浮かぶ暗い星を見つけようと思いっきり目を見開いて睨んだら、そこに太陽の輝きがあったの。だから私の眼は、その激しすぎる光に焼かれてこう・・なっちゃったってわけ」


 言って、ジャスリンは目を押さえていたハンカチをずらした。すると出血は止まっているものの、ジャスリンの右目は白く焼けただれ、明らかに視力を失っているのがわかる。


「ジャスリン!? それは……」


「両目で視なくてよかったわ。流石に完全に盲目になってたら、ダンジョンから出るのは相当に難しかったもの」


「……治る、よな?」


「安心して。ちょっとお金は掛かると思うけど、治療院にいけば元に戻るわ。この国の癒やし手は優秀だから。そこも運がよかったわね」


「そうか、よかった…………」


 その言葉に、バーナルドは心の底から安堵の声を漏らした。こんなわけのわからないところで自分達の冒険が終わってしまうなど、到底受け入れられるものではない。


「ん? ってことは、彼らはやっぱりただの新人じゃなかったってことか?」


「当然でしょ? あんな魔力、常人が持てるものじゃない。むしろ魔力が人の形をしてるだけと考えた方が自然なくらいよ」


「ふーん……戦ったら負ける、か?」


「どうでしょうね。人の形をしている以上、傷つけたり殺したりすることはできると思うわ。単に尋常ではない魔力を持っているだけの魔法士と考えるなら、正面から戦わないならどうにでもできるでしょうけど……」


 相手が人間の魔法士であるなら、不意を突いて背後から刺したり、飲食物に毒を混ぜたり、水に沈める、空気を抜く、遠くから矢で射るなどなど、倒す方法はいくらでもある。


 だが、果たしてあんな魔力の持ち主が、尋常な生命であるだろうか? ジャスリンはそれに対する答えを持ち合わせていない。


「少なくとも、魔法を使われたら終わりよ。男の子とゴーレムは、あの子が魔法を使うための時間を稼ぐ、護衛を兼ねた前衛じゃないかしら?」


「そうか……俺には正直、彼らが強そうには見えなかったんだが」


 突然目の前に現れたから警戒したものの、バーナルドから見たクルト達の最初の印象は、ごく普通の探索者というものだった。少年の装備も石という安い素体で作られたゴーレムも、一四層であれば概ね適正な品質だ。


 もし彼らが突然目の前に転移などしてこず、普通に通路の奥から歩いてやってきたなら、きっと自分は普通に挨拶をして、先輩探索者として振る舞っていただろうとバーナルドは考えていた。


 だがそんなバーナルドの言葉に、ジャスリンは呆れたような声で答える。


「あのねぇ、バーナルド。あんなのが普通のわけないでしょ!? 魔力を抜きにしたって、いきなり目の前に転移してきたのよ!?」


「うっ。まあ、それは…………いやでも、あれ本当のことを言っていたと思うか? 転移門リフトポータルで移動してるとか、探索者になって一年とか……特に虹の交換箱だ。それからあの羽を手に入れたってことは、最低でも六〇層まで行ってるってことだろ?」


 交換箱の仕掛けは、何も三層にしかないわけではない。だが虹色の交換箱は、最低でも六〇層以降でなければ見つからないと言われている。


 ちなみに、ならば何故クルト達が第三層で虹箱を出せたかと言えば、箱に入れたバースト歯車ボンバーの魔力があまりにも莫大で白金の交換箱ですら許容量を超えてしまったため、ダンジョン側がその過剰分を消費して交換箱のアップグレードを行ったからだ。


 ただし、その仕掛けが発動するには、最低でも交換上限の一〇倍以上の魔力を宿した物品を入れなければならない。わざわざ交換レートの低い交換箱にそこまでの貴重品を入れた者など未だかつていないので、その仕様は今のところ誰も知らないことであった……閑話休題。


「うーん。どうかしら? 全部が本当だとは思えないけど、嘘をつくならもっとマシな嘘をつくでしょうし……それに万能鍵を持っていたなら、他の大ダンジョンも相当深くまで潜っていたんじゃないかしら? 一回使い切りじゃない万能鍵なんて、私初めて見たわよ」


「ああ、俺もそうだ。なら登録一年っていうのが嘘か? でもあの見た目はどう考えても一〇代……しかも女の子に関しては、成人してるかすら怪しく見えたんだが」


「その辺も含めて、色々訳ありなんでしょ。正直あそこまで何もかもあり得ない存在となったら、逆に何でもありな気がしてるし」


「あー……」


 ジャスリンの言葉に、バーナルドは思わず口元を引きつらせる。確かに一つ二つの大げさな嘘なら怪しいが、言うこと為すこと全てが大嘘のような存在だと、全ての嘘が本当に見えるというのは、何となくわかってしまった。


 そしてそんな何ともいえない気持ちを処理しようとした時、ふとバーナルドのなかに新たな疑問が湧き上がる。


「……なあ、ジャスリン。今更なんだけど、何でジャスリンは彼らに喧嘩を売ったんだ?」


「え!? だ、だって、バーナルドだってあの子達のことを警戒してたでしょ!?」


「そりゃ、いきなり現れた正体不明の相手だから、警戒はするだろ。でもジャスリンが目をやられるまでは、こちらから仕掛けるつもりなんてなかったよ。


 でも君は随分と激しく責めてただろ? 何故だ?」


「それは…………だって、あんな胡散臭いのがいたら、普通止めるでしょ? 別に正義なんて語るつもりはないけど、私達だって探索者なんだし」


「そうか? 別に罪を犯したわけでもないし、手配書に顔が載ってるわけでもない。確かに『試練の扉』を使われてしまったのは業腹だけど、こういうのは早い者勝ちが常識だ。


 なのに何故?」


「うぅぅぅぅ…………」


 淡々とそう問われ、ジャスリンの顔がどんどんくしゃくしゃになっていく。モジモジと体をくねらせ、だがそれでもバーナルドにじーっと見つめられ……漸く観念したジャスリンは、そっと顔を背けながらその口を開いた。


「あ、あの場の勢いで、何となく…………だって、あんな見え透いた嘘つかれたら、普通怒るでしょ! まあ、嘘じゃなかったかも知れないけど……」


「やっぱりそういう感じか……よし、ならやることは決まったな」


 曖昧な笑みを浮かべてそう言うと、バーナルドがどっかりとその場に腰を下ろす。するとその様子に、ジャスリンが不思議そうに首を傾げた。


「バーナルド?」


「ここで彼らが出てくるのを待つ。で、出てきたらちゃんと謝罪しよう」


「えっ!?」


「だってそうだろ? ただ怪しいというだけで、こちらが一方的に言いがかりをつけたようなものだ。ならきっちり謝るべきじゃないか」


「それはそうだけど……でも、いいの? もしあの魔法士の子が怒ったら、私達確実に負けるわよ?」


 心配そうに問うジャスリンに、バーナルドが笑う。


「ははは、いいさ。いや、勿論そこまで事がこじれたなら、俺だって黙ってやられるつもりはない。


 でも……ほら、確かにこのままここを立ち去れば二度と会うことはないかも知れないけれど、そうやってなあなあに済ませてしまうのは、先輩として格好悪いだろう?」


「バーナルド…………はぁ、そういうところ、本当に貴方らしいわね」


「悪いな、早く目を治したいだろうけど」


「いいわよ。元は私が蒔いた種なんだし」


 そう言って小さく笑うと、ジャスリンはバーナルドの隣に腰を下ろす。そうして互いに頼りになる相棒の肩に寄りかかりながら、二人は静かに、『試練の扉』が再び開くのを待つのだった。

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