何もわからないことがわかった!
……よし。こういうときはあれだ。まず俺の中で状況を整理してみよう。
いきなり虹色に輝きだした交換箱から出てきた謎の羽をローズが振ったら、全員揃って<
「……ふへっ」
(スゲーな、こんなに何もわかんねーことってあり得るのか?)
冷静になって纏めた結果、何もわからないということがわかった。ここまで訳がわからねーと、もう変な笑い声しか出ない。
「マスター? これ、どうするデス?」
「どうするって言われてもなぁ……」
俺と同じく、これ以上ない困り顔で問うてくるゴレミに、俺は力なくそう返す。どうと言われても、俺達にできることは、もし襲われたなら必死に抵抗することくらいだ。
っていうか、何であの人……ジャスリンさんの態度が急に変わったんだ? タイミング的には、こっちを睨んでからだろうけど……んん?
「あっ…………な、なあローズ。あの女の人、ひょっとしてお前の知り合いだったりしねーか?」
ふと脳裏に走ったひらめきに、俺は小声でローズに話しかける。だがローズはすぐに首を横に振ってその言葉を否定した。
「そんなはずないのじゃ。少なくとも妾には覚えがないのじゃ……というか、突然何を言い出すのじゃ?」
「いやほら、急に態度が変わったのって、お前がオーバードの皇女様だって気づいたからじゃねーかなと思ってさ」
ただの小娘だと思って喧嘩を売ったら、実は大国の皇女殿下だった。あの瞬間にそれに気づいたなら、この秒速手のひら返しも納得がいく。しかしその理由を告げてなお、ローズの反応は鈍い。
「うーむ……いやしかし、そうであったとしてもあの反応はおかしいのじゃ。妾がへりくだられるような存在でないことは、クルトとてよく知っておるであろう?」
「いやいや、それこそ深い事情を知らなかったら違うだろ。俺だって単にお前が皇女様だって事実だけなら、知った瞬間土下座したぜ?」
「むむむ…………」
「あの、いいかしら?」
そうやって俺とローズが内緒話をしているところに、ジャスリンさんが控えめな感じで声をかけてきた。その横では未だバーナルドさんが腑に落ちない表情で警戒を続けているが、とりあえずさっきまでのいきなり斬りかかってこられそうな雰囲気はなくなっている。
「何ですか?」
「本当に……その、申し訳なかったわ。色々と失礼なこと言ってしまったけれど、あれは本意ではなかったというか……」
応えたのは俺なのだが、ジャスリンさんはローズの方を見ながら、探るようにそう話していく。うん、これはやっぱりローズの正体に気づいてるんだろうな。それ以外に理由が思いつかねーし。となると……
「だ、そうだが、どうするローズ?」
「妾か!? あー……えっと、ジャスリン殿、でよいのか?」
「は、はい! ジャスリンと申します」
「そんなに畏まらずともよいのじゃ。襲われれば反撃もするが、そうでないのなら別に妾から何かをするつもりなどないのじゃ」
「あ、ありがとうございます! では私達は、脇に控えておりますので……」
「おいジャスリン? いい加減に説明を――」
「いいから! お願いだから引き下がって!」
「……………………」
泣きそうな声で懇願するジャスリンさんに、バーナルドさんが渋い顔をしながらも剣の柄から手を離し、一歩下がる。結局ほとんど何もわかってねーが、とりあえず戦闘になることだけは回避できたようだ。
「はぁ…………何かもういいや。んじゃ『試練の扉』にいこうぜ。これ、俺達が挑戦してもいいんですよね?」
人生には諦めが肝心だ。わからないことはわからないから仕方ないと割り切ると、俺は先輩方の方を見て問う。
「ああ、構わない。だがその扉を開く鍵はどうするんだ?」
「それはこっちにも当てがあるんで、気にしないでください。駄目なら駄目で、その時は大人しく帰りますから」
チラリと視線を向けたローズの手には、未だにあの羽が握られている。あれを使ってここに来たっていうなら、もう一回振ればきっと帰れるんだろう。
え、帰れなかったらどうするのかって? ハハッ、知らねーよそんなこと。そんなのその時になったら改めて悩もうぜ。もう俺の頭はわかんねーことの処理が限界を突破しまくっているので、そんな先のことなんて考えられないのだ。
「それじゃ、やってみるか」
今更ながらに周囲を観察してみると、どうもここはちょっとした部屋になっているようた。広さは一〇メートル四方くらい、天井も五メートルくらいの高さがあり、通路に比べれば随分と開放的だ。
そんな部屋の中央やや奥よりに聳え立つのは、縦三メートル、横二メートルくらいの巨大な両開きの扉。扉の中央には鈍い銀色の巨大な錠前がかかっており、そこから伸びた鎖が扉全体に絡まって封印しているような雰囲気がある。
うむ、この大きさの鍵穴ならいけるだろ。そう思って俺は右の腰に佩いていた「歯車の鍵」を左手で抜いてから右手に持ち替え、徐に鍵穴に突っ込んでから、柄の穴に歯車を生成して回す。すると鍵穴から淡い青の光が漏れ、ハーマンさんの家で試した時と違い、力に引っかかりのようなものを感じた。
「クルトよ、どんな感じじゃ?」
「とりあえず、手応えはあるな。ちょっと待て……むんっ!」
問うローズに答えながら、俺は歯車を回す力を強める。それに応じて体のなかから魔力が抜けていく感覚が生じ、同時に鍵を握る手に軽い振動が響く。おそらくは鍵穴のなかで、刀身というか鍵身? の形が変わっているのだろう。
そうして「形が変わっていくところを、直接見たかったなー」などと考えつつ待つこと一〇秒と少し。魔力の流れと手に伝わる振動が止まり、それ以上歯車が回らなくなる。
「お、変形完了か? それじゃ回すぞ?」
「本当に開くのかのぅ?」
「ドキドキするデス!」
ゴレミとローズが見守るなか、俺は右手に力を込めて、差し込んだままの「歯車の鍵」の柄を回す。何かを押し上げる重い手応えと共に、鍵はゆっくりと回っていき……
ガチャン!
「お? おぉぉぉぉ!? 開いた!?」
間違いなく、鍵が開いた。音と同時に扉に絡まっていた鎖が、ジャラジャラと音を立てて錠前に吸い込まれていく。だが全ての鎖が錠前に吸収されても、それ以上の変化が起こらない。
「……ん?」
「マスター、鍵を抜かないと駄目なんじゃないデス?」
「あー、そっか。そりゃそうだな」
ゴレミに言われて、俺は「歯車の鍵」を引き抜く。扉自体は厚さ三〇センチ、錠前に至っては一〇センチもないであろうが、そこからその何倍もの長さがある鍵身を抜き終わると……どうやって鍵が刺さっていたのかは気にしない……それと同時に扉にひっついていた錠前が、霧のように綺麗に消え去った。
「馬鹿な!? 使い捨てじゃない『万能鍵』だと……っ!?」
「バーナルド! 抑えて!」
その光景を見ていたであろうバーナルドさん達の声が聞こえたが、それも気にしない。これ以上わからないことを増やされると頭が破裂してしまうので、一端ダンジョンから出て区切りがつくまでは、わからないことは右から左に流すとさっきこっそり決めたからな。
……これ「歯車の鍵」じゃなく「万能鍵」が正式名称なのか? 普通なら使い捨て? あっ、いや、気にしない! 俺は何も気にしないぞ! そんなことより、今俺達の目の前にはもっと重要なもんがあるだろうが!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
石の擦れる音を立てて、目の前の巨大な扉がゆっくりと開いていく。その向こうには真っ白な光が満ちていて、外からでは何も見えない。
「入ってみるまで何もわかんねーってか……ハッ、今日は本当にわかんねーことばっかりだぜ」
「じゃが、ここまできて入らぬなどとは言わぬであろう?」
「当然! でも試練って、具体的にはどんなのなんだ?」
「さあ? その情報は公開されてないので不明デス」
「徹頭徹尾『わからない』を通されるわけね。ならもう考えるのはやめだ! 思いっきり未知を楽しんでいこうぜ」
言って、俺は二人に手を伸ばす。するとローズもゴレミも笑顔を浮かべ、それぞれ俺の手を握り返してくれた。手を塞ぐのは危機管理的には文字通りの悪手なんだが、それでも俺は、俺達は、互いに繋がっている事の方を重視する。
それこそが、それでこそ俺達『トライギア』。ガッチリ噛み合い支え合う三つの歯車が、俺達の在り方なのだ。
「何か色々ありまくったけど、多分これがわけわかんねーことの集大成だ! サクッと試練を乗り越えて、新たな才能とやらを手に入れてやろうぜ!」
「まさか妾が『試練の扉』に挑戦できる日が来るとは……楽しみなのじゃ!」
「仲良しパワーで正面突破なのデス! ……今更デスけど、ゴレミは試練を受けられるんデスかね?」
「それは今更過ぎるだろ! もうわかんねーこと増やすなってーの!」
光に片足突っ込んだところでのゴレミの言葉に、俺は笑いながらツッコミを入れる。漸くいつものペースを取り戻した俺達は、そうしてみんな揃って光の中に体を溶かしていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます