予期せぬ遭遇

 気づいたら見知らぬ場所にいた。普通ならそれだけで取り乱すところだが、幸運なことに俺はこれと似た現象を、都合三度も経験している。となれば最初に気にしなければいけないことは――


「ゴレミ、大丈夫か?」


「……あ、はい。大丈夫デス。ちゃんと繋がったまま・・・・・・デス」


「そうか、ならよかった」


 もしもゴレミの意識が途絶えていたら、それは国を跨ぐような大移動をしたってことだ。だが繋がったままということは、少なくともここはアルトラ聖国であることには間違いないだろう。


 にしても、何で転移? 原因は何だ? あの宝箱? あれを使うと強制転移させられる? それとも箱に入れたバースト歯車ボンバーが裏で大爆発して、変な仕掛けが動いたとか?


 わからん。何もわからん。わからなすぎてどうしていいのかもわからん。とりあえずゴレミは平気だったからローズの方に視線を向けてみたが、ローズもまた手にした羽を振った状態のままで固まっている。きっと俺と同じく混乱してるんだろう。


 そうすると、えっと、あー……何だ? 扉? いや違う。安全確保……ここは何処だ? ひとまず情報を……何の? ここの? あー、考えがまとまらん!


「……君達は何者だ?」


 と、思考が迷走しまくっている俺に、不意に誰かが声をかけてきた。ゆっくりと振り向いてみると、そこでは見るからに立派な金属鎧に身を包んだ、二〇代後半くらいのイケメンの男が立て膝の姿勢でこちらを見ていた。剣こそ抜いていないがその柄には手が掛かっており、明らかにこちらを警戒しているのがわかる。


 なんで……って、そりゃ目の前にいきなり人が出てくれば警戒するよな。いやでも、これヤバくないか? 相手の実力を見抜く目なんてもんは持ち合わせていねーが、絶対この人の方がジャッカルの何倍も強いと思う。


 つまりゴレミでも手も足も出ず負けるってことだ。ならここは相手を刺激しないように、いい感じに笑顔を浮かべて挨拶をせねばなるまい。


「……驚かせてしまったなら、申し訳ありません。俺達としては、そういう意図はなかったんですが」


「…………」


「俺はクルト。で、こっちは仲間のゴレミとローズです。何者かと聞かれると、探索者だとしか言いようがないんですが……」


 全力で笑顔を作って声をかけたつもりだが、相手の反応が悪い。というか、俺今ちゃんと笑えてるか? 緊張と混乱で完全に表情筋が固まってる気がするんだが、何とかなっていると信じたい。


「クルト……? 聞かない名だな」


「そりゃまあ、俺達はまだここに来て一〇日くらいですから、知らないのも無理はないかと。挨拶が遅れて申し訳ありません。何分探索者になってから一年にも満たない新人なんで、お許し下さい」


「一年!? そんな新人が、たった一〇日でこの<天に至る塔フロウライト>の一四層まで辿り着いたっていうのか!?」


「待って。じゃあ貴方達、今まで何処にいたの? そんな凄い新人がいるなら、私達が見逃すはずないんだけど?」


 驚く男の隣から、今度は女性の声が聞こえる。見るとそこには、肩や胸元を大胆に露出した、妙に色っぽいお姉さんが立っていた。おそらく最初からいたんだろうが、俺の視野が狭まりすぎていて気づけなかったんだろう。


「何処と言うなら、俺とゴレミはエシュトラス王国で、ローズはオーバード帝国ですね。そこからメタラジカ王国を経由して、ここにきた感じです」


「は!? 経由って、道順がでたらめじゃない! 馬車で移動してるなら、そんな経路あり得ないわ!」


「いや、その、移動は全部転移門リフトポータルだったんで……」


「……………………」


 俺の言葉に、お姉さんが絶句する。うーん、適当な嘘だと思われただろうか? 俺だって同じ説明されたら「流石にフカしすぎだろ、寝言は寝て言え」って笑うだろうしなぁ。


「…………はっ!?」


「お、目覚めたかローズ」


 なかなか会話が続かずに困る俺の隣から、やっと意識が戻ったローズが声をあげる。そちらに顔を向けてみたが、ローズはまだボーッとした感じだ。


「クルト? ここは一体、というか妾達に何が……?」


「それは……失礼、こちらからも質問して構いませんか?」


「……何だ?」


「ここって、<天に至る塔フロウライト>の第一四層……『試練の扉』の前で合ってますよね?」


 俺の問いかけに、男が無言で頷く。ふむふむ、さっきまでの会話と周囲の状況からの推察は正しかったようだ。なので俺も小さく頷いてから、改めてローズに声をかける。


「だそうだ。どうやら転移してきたみてーだな」


「転移!? 何故……まさか妾がこの羽を使ったからか?」


 そう言って、ローズが手にした羽を凝視する。確かに転移の直前、ローズがそれを降って「一四層までひとっ飛びなのじゃー!」とか言ってたのは覚えてるが……


「いやいや、んなわけ――」


「トキワタリ鳥の羽!?」


 笑って否定しようとする俺の言葉を、悲鳴のようなお姉さんの声が遮る。


「えっと……この羽が何なのかご存じで?」


「……ええ、知ってるわ。トキワタリ鳥の羽……空間転移系の魔導具を作るときに使われる超希少素材よ」


「へー。え、ということは……」


「やっぱりなのじゃ! 妾がこれを使ったから、ここに飛ばされたのじゃ!」


「そんなわけないでしょ!」


 俺とローズが顔を見合わせ頷いたのを見て、何故かお姉さんが叫ぶ。


「お、おいジャスリン?」


「あり得ないわ! 無加工のトキワタリ鳥の羽で空間転移を発動させるなんて、一体どれだけの魔力が必要だと思ってるの!? そもそもトキワタリ鳥は絶滅寸前で、今現在生息が確認されてるのは<深淵の森ビッグ・ウータン>の最深部だけなのよ! 探索者に登録して一年の新人が、一体どうやってそんなところからその羽を持ってこられるって言うのよ!?」


「この羽は虹の『交換箱』から出てきたものですけど……」


「虹箱だと!?」


 勢いに押されて普通に答えたら、今度は男の方が大声を上げて驚く。さっきからなんなんだよもう……てか、何で俺はこんな質問攻めにされてるんだ?


 うーん、考えてみたらちょっと腹が立ってきた。そりゃ驚かしたのは悪かったけど、こんな一方的に責め立てられるような謂れはねーよな? まあ怒らせたら俺達が一方的に負けるから事を荒立てる気はねーけど、これ以上話に付き合う必要だってねーはずだ。


 勿論ジャッカルみたいに因縁つけて絡んでくるなら即座に靴を舐める用意はあるが、一応会話は通じているというか、襲われないみたいだし、ならまあいけるだろ。


「……あの、そろそろいいですかね? 俺達この『試練の扉』に用があるんですけど」


「用? その扉の鍵は開かないはずだが……?」


「それはまあ、ちょっと当てがあるんで。駄目だったら素直に諦めますけど」


「あり得ないあり得ない! さっきからあり得ないことばかりじゃない! バーナルド、こいつらおかしすぎるわ! 今ここで止めるわよ!」


「ちょっちょっちょっ!? 何ですかいきなり!?」


 意味不明な言いがかりで戦闘態勢をとってきたお姉さん……ジャスリンさん? の態度に、俺は慌ててそう声に出す。さっきから何もかもが突然過ぎて、正直全く意識が追いついていない。


「あ、ひょっとして貴方達も『試練の扉』目当てですか? ですよね? でもほら、そこは早い者勝ちっていうのが暗黙の了解というか、常識というか……」


「お黙りなさい! 正当な探索者ならともかく、貴方のような胡散臭い者にこの『試練の扉』の権利を渡すわけにはいかないのよ! さあ、バーナルド!」


「……はぁ、仕方ないな」


 ジャスリンさんの呼びかけに、イケメンの男……多分バーナルドさん……が軽くため息を吐いてから立ち上がる。やる気のなさそうな口調とは裏腹に、その目には既に剣呑な光が宿っているように思える……ヤバい、読み違えた!?


「マスター!」


「ま、待って! 待って下さい! まずは話し合いを……あー、いや、わかりました! 帰ります! 諦めて帰りますから!」


 俺を庇うようにサッとゴレミが前に出たところで、俺は必死にそう伝える。確かに「試練の扉」は魅力的だが、元々たどり着けると思っていなかったものだ。なら命をかけてまで拘るつもりはない。


 まあ本当にここが一四層だというのなら、そもそもどうやって帰ればいいんだよという問題もあるんだが、この際それも後回しだ。少なくとも「なんかの手違いでここに来ちゃったんで、ダンジョンの外まで護衛とかお願いできません?」と聞ける空気ではないことくらいわかりきっている。


 くそっ、何だよこれ!? どうすりゃいいんだ!? 土下座でもすりゃいいのか!? ゴレミをやられた時の絶望を思い出せば、尻にキスだって余裕でするぞ!?


「フンッ! そう言って油断させようとしたって無駄よ。空間転移で後ろに回ろうとしたって、この私の眼からは決して――ぎゃぁぁぁぁ!?」


「ジャスリン!?」


 ゾクッとするような目で俺達を睨んだジャスリンさんが、突如として叫び声をあげて仰け反る。慌ててバーナルドさんがジャスリンさんを支えたが、よろけるジャスリンさんは右目を手で押さえており、その隙間からは赤いものが滴り落ちている。


「貴様等、ジャスリンに何をした!?」


「お、あ、う、えぇ……?」


 きつい目で睨み付けてくるバーナルドさんに、しかし俺は動揺で声が出ない。辛うじてゴレミやローズに視線を向けたが、どちらも驚いた様子であり、何かをしたとは思えない。


 何かもう……何!? 俺が何したっていうんだよ!? 何もかも忘れて叫び出したい気持ちが一杯なんだが、状況がそれを許さない。


「……答えないか。なら――」


「待って!」


 バーナルドさんがグッと手に力を込めて一歩こちらに踏み込もうとした時、縋るようにしてそれを引き留めたのは、意外にもジャスリンさん。


「ジャスリン!? どうした!?」


「待ってバーナルド! お願いだから…………ごめんなさい、私達は貴方達と敵対するつもりはないわ」


「……………………??????」


 もしもこの場に鏡があったならば、是非とも見てみたい。そんな風に思ってしまうくらい、今の俺は世界で一番の困惑顔を浮かべていた。

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