最高のお宝
「それでクルトよ、結局これには何を入れるのじゃ? 最低でも等倍、最高で五倍というのなら、今度は妾の腕輪を入れるのも吝かではないのじゃが……」
「おいおいローズ、お前俺の何を見てたんだよ?」
短期間ながらも愛着が湧いているのか、自分が身につけている耐熱の腕輪をそっとひと撫でして言うローズに、しかし俺は思いきり苦笑する。
「さっき試しただろ? 俺がこいつに入れるのは、当然これだ!」
掲げましたる右手に燦然と輝くのは、俺が<歯車>スキルで生みだした、何の変哲もない歯車。だがそれを見たローズは首を傾げ、ゴレミも呆れたような表情を見せる。
「む? それは元手をかけずに空箱を用意するために使ったのではないのじゃ?」
「そうデスよマスター。魚の骨とかしおれた葉っぱとかが五倍になっても、お宝っぽさが欠片もないデス」
「そりゃわかってるって。勿論このまま使う気はねーよ。ほら、ダンジョンが何を価値としてるかって話、さっきしただろ?」
「うむ? 貨幣には価値がないが、魔導具には価値があるというあれなのじゃ?」
「そうそう。あれってさ、箱に入れた物に含まれる魔力の量が価値って判定なんじゃないかってのが一番有力なんだよ。だからただの金属片である貨幣には価値がなくて、それそのものが強い魔力を纏ってる魔剣とか魔導具とかに価値があるって感じで」
「なるほど、それなら箱から出てくる品に一貫性がないのも頷けるのじゃ。いや、正確には『保持している魔力の量が多い』という一貫性しかないのか」
「きっとそうデス。光ってるキノコとか、多分ヤバいくらいに魔力が籠もってるデス!
でもマスター? マスターの歯車には、大した魔力は籠もってないデスよ?」
「ははは、そうだな。でもその解決法はあるだろ?」
「解決法……? はっ、まさかクルト、お主……!?」
ニヤリと笑う俺に、ローズがハッとした表情を浮かべる。故に俺はその目を見て、大きく頷いて答え合わせをする。
「ああ、そうだ。ローズと一緒にバースト歯車ボンバーを作って、それを箱に入れる!」
「おぉぉぉぉ! 自分で言うのも何じゃが、それなら確かにとんでもない魔力量になりそうなのじゃ!」
「え、マスターそれ、本当に大丈夫なやつデス? 箱ごと辺り一帯が吹き飛んだりしないデスか?」
「ああ、そりゃ平気だ。歯車ボンバーは歯車を回そうとしなけりゃ爆発しねーからな。中に入れるローズの魔法がどうなるかはわかんねーけど、蓋して変換されるまでくらいなら大丈夫じゃねーか? なあローズ?」
「うむ、問題ないぞ。そもそも妾の魔法は前に飛ばないというだけで、別に不安定とかではないからの。外部からの衝撃が加わらないのであれば、暴発したりすることはないのじゃ。ただ……」
俺の問いに自信満々にそう答えてから、不意にローズが問いかけてくる。
「のうクルトよ。そういう使い方をするのであれば、ここにくるまでの箱で事前に試してみるべきだったのではないのじゃ?」
「言われてみればそうデスね。今思いついたとかじゃないなら、どうして実験しなかったデス?」
「ん? ああ、それか」
当たり前と言えば当たり前の疑問に、俺は軽く笑って答える。
「そりゃあ勿論……その方が面白そうだったからだ!」
「えぇ? 面白そうって、クルトよ……」
「そんな顔すんなって! いやだって、そうだろ? 確かに他の箱に普通の歯車ボンバーとか、何ならバースト歯車ボンバーを作って入れてみれば、それが有効かどうかも、どのくらいの価値があるかも何となくわかるぜ?
でも、やる前から答えがわかってたらつまんねーだろ? この状況で一発勝負だからこそ盛り上がるってもんじゃねーか!」
「でもマスター、この箱は一回しか使えないデスよ? その一回を、そんな適当に使っちゃっていいデス?」
「当然! 逆に何回でも使えるなら、単なる実験ってだけで面白くも何ともねーじゃねーか」
そう、これはこの話や交換箱の仕様を聞いたときから、ずっと考えていたことだ。決して今思いついて、ノリで話してるわけじゃない。
「流石に俺も、これが確実に儲かるっていうならこんなことしねーよ? けどこれ、ダンジョン的な価値が何倍になったとしても、俺達側では何の価値もないようなものが出てくることがほとんどだろ?
なら楽しいのが一番かと思ったんだよ。思わぬ大成功で大喜びするのも、失敗して『それみたことか』って大笑いするのも、それはそれでいい思い出になると思ったんだ」
「確かに、前例を考えたら、下手に欲をかいても大損して泣くのが見えているデス。というかちゃんと儲かるなら、それこそこんなに人がいないはずがないデス」
「そうじゃな。確かにそれなら、ここで
「ふっふっふ、お前達ならそう言ってくれると思ってたぜ」
本気で反対されたり怒られたりしたら素直に引き下がって後日にするつもりだったが、どうやら二人共俺の意を汲んでくれたらしい。ならばもう俺にだって躊躇う理由はない。
「ならいくぜ! 出でよ、歯車ボンバー!」
気合いと共に、俺は手の中に五角形に組み上がった歯車を生み出す。これに「回れ」と魔力を込めれば爆発準備は完了だが、今回はそれをしないようにちゃんと注意する。
「んじゃ、頼むぞローズ」
「任せるのじゃ! ふぬぬぬぬ……」
俺からそれを受け取ったローズは、オブシダンタートルと相対していたあの日のように、その中央に小さな赤い光の球を宿して…………うん?
「お、おいローズ。何か前よりスゲー光ってるけど、平気か?」
「何の問題もないのじゃ! まだまだいくのじゃ!」
「本当にか? 本当に平気か? このタイミングでお前に暴走されたら、冗談じゃなく全員爆死するぞ!?」
「本当に平気なのじゃ! 自分でも不思議なのじゃが、湧き上がるような興奮ではなく、静かな興奮が続いているというか……きっとこれから起こることに対する期待の方が、魔力を大量に注ぐ興奮よりずっと強いからじゃろうな。
ほれ、できたのじゃ」
そう言ってローズが、完成したバースト歯車ボンバーをひょいと気軽に渡してきた。その中央に宿る光は眩しくも優しい、まるで太陽のような輝きを放っている。魔法の様子もローズ自身も落ち着いて見えるので、確かにこれなら平気だろう。
「おぉぅ、めっちゃ光ってるな……こいつぁ期待できそうだ。んじゃ箱に入れて、蓋を閉めるぞ?」
「なら念のため、ゴレミが少し前に出てるデス。マスターとローズはゴレミの背後に回って欲しいデス」
「了解なのじゃ。クルト、こっちはよいぞ!」
「よし。なら…………いけっ!」
ローズがゴレミの背後に回ったのを確認すると、俺は箱の中にバースト歯車ボンバーをそっと入れ、蓋を閉めて素早くゴレミの後ろに走り込む。すると突然白金の交換箱がブルブルと震え始め……次の瞬間、蓋の隙間から虹色の閃光が放たれる。
「うぉぉぉぉ!? 何だこりゃ!?」
「凄いのじゃ! 世界に光が溢れておるのじゃ!」
「エレクトリカルなパレードみたいデス! 黒いネズミもご機嫌に踊り出すデス!」
躍り出た光の帯はまるで舞い踊るように俺達の周囲を駆け巡り、狭い突き当たりの通路が七つの光で埋め尽くされる。それに照らされた白金の箱もまた虹の箱へと変貌しており、今この瞬間、きっとこの場こそが世界で一番派手できらびやかな祭りの会場だ。
「こいつぁまた……」
「はわー……まさに夢の世界デス」
「凄いのじゃ! 凄いのじゃ! こんなの帝都の祭りですらあり得ぬのじゃ!」
そのあまりにも煌びやかな光景に俺とゴレミはポカンと口を開けて呆気にとられ、ローズはひたすらに興奮して体を揺らす。そうして三〇秒ほど経過すると、溢れていた光が全て虹の交換箱の中へと吸い込まれていき、圧巻の演出は終わりを迎えた。
「はー……いや、マジで凄かったな…………っと、それじゃいよいよ『お宝』とご対面といくか」
「あっ、待つのじゃ! 妾も見たいのじゃ!」
「ゴレミも一緒に見るデス!」
ハッと我に返った俺がそう言って箱に近づいていくと、ゴレミとローズもすぐ横を追従してくる。そうして二人が見守る中、俺がゆっくりと虹箱の蓋を開けると……
「…………羽?」
「うむ。羽じゃな」
「鳥の羽っぽいデス」
パカッと開いた箱の中には、俺の手のひらほどの大きさの鳥の羽っぽいものが入っていた。中央は白く、外側に向かって虹色のグラデーションのかかった、今まで見たことのない美しい羽だが……まあ羽は羽である。
「ふっ……くっくっく。何だよ、あんだけ派手な演出しといて、中身はただの羽かよ!」
「ふふふ、魚の骨よりは大分いいと思うデスよ?」
「そうじゃな。さっきの光の波も含めて、最高の
それを見て、俺達は笑う。ああ、これでいい。むしろこれくらいが丁度いい。下手に価値のあるものが出てきて、換金したら日々の生活費に消えちまうなんてオチより、こっちの方がずっと俺達らしいじゃねーか。
「あーでも、どうせ羽って言うなら、何かこう、もっとでかいやつでもよかったのにな」
「でっかい羽? そんなのどうするデス?」
「いやほら、あの演出から出てくるでかい羽なら、背中につけたら空とか飛べそうじゃね?」
「それは楽しそうじゃのぅ」
上がりきったテンションに任せ、おどけてそんな冗談を口にする俺に、ローズが小さく笑いながら箱の中の虹色の羽を取り出す。
「そんなものがあったなら、妾達全員揃って、第一四層の『試練の扉』の前までひとっ飛びなのじゃ! こう、ぶわーっとな!」
ローズの小さな手が、虹色の羽をフワッと振った。するとその瞬間、俺達全員が虹色の泡に包まれ……
パンッ!
「……………………へ?」
次の瞬間、俺達はやたらとでかい鍵穴のついた、謎の扉の前に立っていた。
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