「たからばこ たくわえよ」

「おぉぅ、またあったのじゃ……」


 三つのレバーをいい具合に動かして扉を開き、やっと辿り着いた通路の突き当たり。通算五個目の宝箱を前に、ローズが微妙にうんざりしたような声をあげる。


「何だよローズ。せっかくそれっぽい仕掛けを抜けて辿り着いたのに、あんまり楽しそうじゃねーな?」


「そうは言っても、流石に五つめとなるとなぁ……シエラ殿の言っていたことが、早々に理解できてしまったのじゃ」


 皮肉っぽく問う俺に、ローズもまたそう言って苦笑する。確かに同じ仕掛けを短時間に五つも巡れば、ありがたみも何もあったもんじゃないだろう。


「なら、そんなローズに朗報だ。ここが五つめにして最後、俺達の目的地になる場所だ」


「おお、そうなのか! ということは、遂にそれを使うのじゃな?」


「まあな。ゴレミ、それこの辺に置いてくれ」


「了解デス」


 俺の言葉に、ゴレミが脇に抱えていた宝箱二つを床に下ろす。その側に俺もまた同じく二つの宝箱を下ろし、台座にある分を加えると、ここに五つの宝箱が揃った。


「それでクルトよ、これからどうするのじゃ? 妾はてっきり、この箱を並べるような場所があるとばかり思っておったのじゃが……」


「そう焦るなって。実際にやってみせる前に、まずは謎解きだ。なあローズにゴレミ。このプレートを読んでみな」


「プレート? いや、読むも何も、ずっと同じ事が書いてあるだけじゃろ?」


「そうデスね。ここのも……やっぱり同じデス」


 俺の言葉に、ローズとゴレミが壁に貼られたプレートを見てそう言う。確かにここのプレートに書かれているのも「たからばこ たくわえよ」の二文だけだ。


「そうだな。じゃあこのプレートの別の……いや、真の意味には気づいたか?」


「真の意味!? それは一体どういうことなのじゃ!?」


「ここはゴレミのインテリジェンスが輝く場面デス!」


 続けた指摘に、ゴレミとローズが目を輝かせてプレートを睨み付け、謎を解こうと考え始める。だがさっき考えてわからなかったことが、改めて考えたからといってそう簡単にわかるようになったりはしないらしい。


「たからばこ……たからばこ……宝箱は宝箱じゃろ。これに他にどんな意味があるのじゃ?」


「たくわえよ……溜める、加える。あ、咥える? ひょっとして宝箱に齧り付くデス?」


「何でだよ!? いや、そういう訳のわからん事を一つずつ試していくのが謎解きのやり方として正しいのはわかってるけど、今回は違うな」


「むぅ、残念無念デス。まあそもそもゴレミには口はないデスけど」


「それ自分で言うのかよ……で、どうする? 降参か?」


「ぬあーっ! わからぬのじゃ! わかりそうでわからないのではなく、割とさっぱり手がかりも掴めぬのじゃ!


 わかったのじゃ。降参するから答えを言うのじゃ! じらされすぎて、妾はもう限界なのじゃー!」


「ハッハッハ、そう興奮するなって。んじゃ答え合わせといくか」


 我慢の限界を超えてわめき始めたローズを前に、俺は笑いながら足下の箱を指差して問う。


「まずは『たからばこ』の方だが……なあローズ、これは何だ?」


「何って、宝箱じゃろう?」


「ああ、そうだな。だがこの際、宝箱ってイメージは捨てろ。で、そうするとこれが何に見える?」


「宝箱ではないと言うなら……え、何じゃ? 箱は箱にしか思えぬのじゃが」


「うーん。木箱……いや、中身がないから、空っぽの箱デス? あっ!」


 ゴレミの表情がパッと輝き、俺の方に視線を向けてくる。なので俺はニヤリと笑いながら頷いてみせた。


「フフフ、ゴレミはわかったか? そうだ。これは『からばこ』だ。ここにあるのとは別の場所にあった、他の空箱……つまり『他空箱たからばこ』ってわけだな。で、これをこうする」


 言いながら俺は台座に設置されている宝箱を開き、その中に床から持ち上げた宝箱を重ねる。すると同じ大きさのはずなのに、設置されている宝箱のなかに手に持った宝箱がすっぽりと収まった。


「おぉぉぉぉ!? ピッタリはまったのじゃ!?」


「まだまだ行くぜ! ほい! ほい! ほい!」


 続けて俺は、足下に置いた箱を次々と入れていく。するとそれらもまた当然のように箱の中へと吸い込まれていき、台座の上の宝箱は内部に四つの宝箱が収まった、五重の宝箱となった。


「凄いのじゃ! 全部入ったのじゃ!」


「宝箱イン宝箱イン宝箱イン宝箱イン宝箱デス! 一回くらい多く言っても気づかれない感じのやつデス!」


「ああ、好きなだけ言ってもいいぞ……まあそれはともかく、こういうことだ。他の空箱を、多数加える……『たからばこ たくわえよ』は『宝箱 蓄えよ』であると同時に、『他空箱 多加えよ』でもあったってことだ」


「ふぉぉぉぉぉ! これぞまさに謎解きなのじゃ! 妾は今、猛烈に興奮しておるのじゃ!」


「これは一〇〇へぇを狙える驚愕なのデス!」


 華麗な俺の謎解きに……まあ実際にはアンナちゃんから聞いただけなんだが……ゴレミ達が感動の声をあげる。だがこのダンジョンのサービス精神は、まだここでは終わらない。


「さあ、あとは最後の仕上げだ。見てろ……ていっ!」


 俺は五つ重なった宝箱の蓋を、全部纏めてグイッと閉めた。すると宝箱が眩い光を放ち始め、その見た目が変わっていく。


 木製のショボい宝箱が鉄に、銀に、金に変わり……そして最後は眩いほどに光り輝く白金製の宝箱へと変貌した。


「おぉぉぉぉ……おっふぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!? 箱が、宝箱が豪華に!? 妾もう、興奮し過ぎて鼻血が出そうなのじゃ!」


「マスター、凄いデス! あまりに凄くてゴレミの語彙力が死ぬくらい凄いデス!」


「だろ! いや、俺も初めて見たけど、本当にスゲーなぁ……運がよかったぜ」


 こうなると話で聞いて知ってはいたが、実際に見ると感動が凄い。もしもゴレミ達が取り乱す程に興奮していなかったら、俺が叫びながら小躍りしていたことだろう。


「運? これは運で何処まで変わるかが違ったデス?」


「いや、そうじゃねーよ。これの進化に使った他の宝箱があったろ? 再設置は一〇日で短いし、最初に行ったところ以外は途中に罠があったり微妙に回り道だったりするから、あそこが未使用なら他も大丈夫だとは思ってたけど、それでも誰かが先に使っちゃってる可能性はあったからな。


 いくら人気がない仕掛けだからって、全部が未使用で俺達が確保できたってのは、紛うことなく幸運だったってことさ」


「なるほど、そういうことか。それは確かに運がいいのじゃ」


「流石はマスターデス! 持ってる男は違うのデス!」


「まあな!」


 持ち上げてくるゴレミに、俺はドヤ顔で返しておく。別に俺が凄いわけじゃねーのはわかってるけど、この流れに乗らないのは野暮ってもんだ。


「さーてお立ち会い! 類い希なる幸運に恵まれたことで、俺達の目の前には白金まで進化した『交換箱』が存在する! こいつは交換レートが馬鹿高くて、最低でも入れた物と同じ、最高なら何と五倍の価値があるものが出てくるって話だ」


「五倍!? それは凄いのじゃ! 何かもう今日は、一生分凄いと言った気がするくらい凄いのじゃ!」


「再設置の期間が一〇日ってことは、一〇日に一回中身の価値を五倍にする機会があるってことデス?」


「いや、流石にそりゃ無理だ。この多重交換箱はパーティ単位の『一回限りオンリーワンス』だからな。俺が使った後にパーティを解散すりゃ、ゴレミとローズで使えるかも知れねーけど」


 ダンジョンの仕掛けには、ダンジョン全体を通じてたった一度しか起動しないものもあれば、時間経過で何度も再設置されるものまで色々あるが、こういう飛び抜けたボーナス的な仕掛けは、大抵の場合パーティ単位で一度だけというのがお約束だ。


 まあダンジョンがどういう基準でパーティを認識してるのかっていうのがあるから、色々と抜け道や誤魔化し方があるという話もあるが、そういうのは駆け出しの俺達が気にするようなことじゃないだろう。理屈がわかれば簡単に実行できる程度のことなんだったら、そもそも既にみんなやってるだろうしな。


「フッ。無粋なことを言うでないのじゃ! こんな宝箱程度のもののために、妾達の絆を捨てたりはせぬのじゃ!」


「そうデス! 病める時も健やかなる時も、ゴレミとマスターは永久に変わらず一緒なのデス!」


「大げさだなオイ……それじゃいよいよ、こいつを使って『お宝』を引き寄せてみるとしますか」


 見つけるのではなく、自らの手で作り出す。ゴレミ達の熱気に当てられ、俺自身の興奮も高まるなか、俺はまっすぐに白く輝く宝箱を見据えた。

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