交換箱

「お、おぉぉ? これは……?」


「錆びたナイフデス?」


 箱の中からとりだしたそれを、ゴレミとローズがしげしげと眺める。だがどれだけ仔細に観察しようと、錆びて歯の欠けたナイフがそれ以外になることはない。


「これがお宝なのじゃ? クルトよ、これはどういうことなのじゃ?」


「あ、ひょっとしてぱっと見はボロボロのガラクタなのに、磨いたり封印を解いたりすると最強になるやつデスか?」


「ははは。磨けば多少マシになるのはそうだろうけど、残念ながらそいつは間違いなくただのガラクタだよ」


「「えぇー」」


 ひょいと錆びたナイフを取り上げて言う俺に、ゴレミとローズの不満げな声が重なる。


「散々期待させておいて、この結果はあんまりなのじゃ!」


「ひょっとして、入れたものが悪かったデス?」


「そうだな。ならそろそろネタばらしといくか」


 不満げに頬を膨らませるローズと、思案顔で首を傾げるゴレミを前に、俺はシエラさんから・・・・・・・聞いた話を語る。


「この箱は通称『交換箱エクスチェンジボックス』って呼ばれててな。こいつの場合は中に何かを入れて蓋を閉めると、それの半分くらいの価値がある別の何かと交換してくれるって代物だ」


「半分!? それは何ともアコギなのじゃ」


「ということは、このサビサビのナイフは一五〇クレドくらいの価値があるってことデス? 正直そうは見えないデスが……」


「当たらずとも遠からず、だな。俺達が使ってるクレド貨は、現代のこの大陸で使われてる共通通貨だろ? それは俺達にとっては価値のあるもんだが、ダンジョンからすりゃただの金属片でしかない。


 つまり元から大した価値がねーから、同じく大した価値のないこの錆びナイフが出てきたってわけだ」


「ふむ。言われてみれば、確かにダンジョンが貨幣に価値を見いだすとは思えぬのじゃ。


 じゃがそうなると、ダンジョンが価値を見いだすものとは何なのじゃ?」


「一般的に言われてるのは、魔導具の類いだ。ダンジョン内の深いところで貴重な魔導具が見つかるってことは、それらがダンジョン的に価値がある物だからだろうし」


「と言うことは、この箱は魔導具を突っ込むと、別の魔導具に変換してくれる箱ってことデス? 価値が半分になっちゃうとは言え、それは凄く便利そうデス!」


 目を輝かせるゴレミに、しかし俺は首を横に振る。


「いや、流石にそう上手い話じゃない。あくまでも交換材料として使うなら魔導具がいいらしいってだけで、魔導具を入れたから魔導具が出てくるってわけじゃねーんだよ。もっと色々……それこそこのナイフみたいに、どうしようもないものも出てくるんだ」


 魔導具は、あくまでも俺達探索者とダンジョンが共通で価値を感じるもの、というだけで、ダンジョンが価値を見いだしているものは決して魔導具だけではない。そしてそれに俺達も同じだけの価値を見いだすかというと、答えは否だ。


「あくまでも聞いた話だけど、魔物の素材とかレアな鉱石ならまだいい方で、単体だと使い道のわからない魔導具の部品とか、スゲーいい声で鳴くカエルの人形とか、変わったところじゃキラキラ光る謎のキノコが出てきたこともあったらしい」


「光るキノコ……それは扱いに困ったじゃろうなぁ」


「食べたら身長が二倍になりそうデス」


「何で二倍……? まあいいや。とにかくそんな感じで出てくるもののほとんどが運用も換金もできねー品物ばっかりだったってことで、まともにこれを使う奴はいなくなっちまったらしい。


 まあそれでも、俺達みたいに初めて第三層に辿り着いた奴は大抵好奇心で一回くらいは使ってみるから、情報としては共有されてるって感じだな」


「なるほど。この箱のことはよくわかったのじゃ……じゃが、そうなるとこれからどうするのじゃ? 魔導具と言っても、まさか妾の腕輪を入れるわけではあるまい?」


「当たり前だろ! んなもったいねーことしねーよ」


 俺の買った耐熱装備は防具も兼ねているが、ローズが身につけている腕輪は今現在完全に無用の長物だ。そして当然魔導具なので、この「交換箱」に入れれば相応に価値のあるものに変わる可能性はある。


 が、ちょっと前に八〇万クレドも出して買った魔導具を、こんなところで好奇心のためにゴミに変える気はこれっぽっちもない。いや、万が一スゲー有用な本物のお宝に変わる可能性もゼロではないが、それを期待するのはあまりにもギャンブル過ぎるし……何より俺には、ちゃんと試してみたい考えがある。


「俺が試すのは……こいつだ」


 そう言いながら俺は空の宝箱に近づくと、右手から生みだした歯車を箱の中にギリギリ一杯まで入れる。そうしてから蓋をすると、隙間からピカッと光が漏れ……その瞬間、俺のなかでわずかな不快感が走る。それは俺の歯車が消えた・・・という証拠だ。


「よっしゃ! さて、中身は……おぉぅ」


 実験の成功に、俺は思わずガッツポーズを決めてから箱の蓋を開ける。すると箱の中には、一五センチほどの長さの魚の背骨のようなものが一本だけ入っていた。


「これは……骨じゃな?」


「魚の骨っぽいデスね」


「じゃなぁ。のうクルトよ、一応聞くのじゃが、これがお主の言っていた『お宝』なのじゃ?」


「違う違う! こいつはただの実験さ。で、実験は大成功だった」


「? どういう意味じゃ?」


「あっ」


 首を傾げるローズとは裏腹に、ゴレミがそれに気づいて声をあげる。なので俺はゴレミの顔を見て小さく頷いてから、自らの口で説明を始めた。


「ゴレミは気づいたみてーだな。いいか、今のは俺の生みだした歯車が、ダンジョン的に『魔導具』として認められたってことだ。つまり――」


「マスターなら、元手なしでこの箱を使えるということデス! 凄いデス! 歯車の錬金術師デス! 右腕がゴーレムになってそうデス!」


「何で腕がゴーレム? まあでも、そうだ。ふっふっふ、まさか本当に上手くいくとはなぁ」


 孤児院のアンナちゃんから聞いた話をきっかけに、シエラさんから説明を受けた俺の頭に閃いたのは、まさにこの光景だった。正直いけるかは半信半疑だったのだが、どうやら俺の<歯車>スキルは、ダンジョンの好みに合致したらしい。


「それでクルトよ。今実験と言ったからには、これにはまだ先があるのじゃ?」


 しかし、この事実だけではまだ満足していないらしい。期待を込めた目を向けてくるローズに、俺はニヤリと笑ってみせる。


「勿論だ。てか、むしろここから先が今回の話の本命だ」


 なにせここまでは、シエラさんから聞いた話……つまり第三層を探索したことがある奴なら、ほぼ誰でも知っている話でしかない。そりゃそうだ、あんな目立つプレートの貼ってある宝箱なんて、目に入らないはずがねーからな。


 故に肝要はここから。俺が木になりきった報酬は、この先の謎解きにある。


「ということで、まずは最初の一手を打たせてもらうかね。ゴレミ、ちょっと手伝ってくれ」


「わかったデス」


 呼びかけに答えて側にやってきたゴレミと一緒に、俺は宝箱の乗っている台座の裏側に回る。そこで俺自身は宝箱に手を添えつつ、ゴレミに後ろから宝箱本体を押してもらうと……


ズ、ズズズ……


「!? マスター、宝箱が動いてるデス!?」


「おう! そのまま押してくれ!」


「了解デス! ぐぬぬぬぬ……」


ズズズ……ズズズズズ…………ズポンッ!


「おっと」


「宝箱が取れたのじゃ!?」


 ローズが目を丸くする前で、俺の腕の中に台座から外れた宝箱が収まる。ダンジョンの宝箱は壁や床と同じ扱いなので、壊したり動かしたりはできないという常識に囚われていては絶対に解けない仕掛けが、今俺達の手によって解除されたのだ。


「どういうことじゃクルト!? 何故宝箱が取れたのじゃ!? 一体それをどうするつもりなのじゃ!?」


「ははは、慌てるなって。残りのネタばらしは最後の最後ってことで、今は場所移動だ。他の箱も回収するぞ!」


「ほ、他の箱じゃと!? うぉぉ、ワクワクが止まらないのじゃ!」


「ゴレミも、ドキがムネムネしちゃうデス!」


 すっかり元気を取り戻した二人を引き連れ、俺は小脇に宝箱を抱えながら、次の目的地に向かって歩き始めた。

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