野生の脅威

 第三層に向かう……そう決めた俺達は、早速翌日から第二層の攻略を始めた。そこに待っていたのは多少複雑さを増した仕掛けの数々と、単純に三匹まで出現するようになったウィスプだ。


 そしてそれを、俺達はあっという間に突破した。いやだって、防御はゴレミとローズで万全……完全防御に拘らなければ、そもそも最初から普通に防げてる……だし、倒す方も試してみたらバーニング歯車スプラッシュで一発だったのだ。


 それで倒しきれなくても聖水をかけた俺の剣で斬ったり、ゴレミの拳でぶん殴るでも倒せるし、その余裕すらない状況でも、俺が歯車ボンバーを決めれば倒せる。これだけ手札があったら、多少数が増えた程度で苦戦する余地はない。


 そして仕掛けも、第三層への階段までにあるものは全て解除されていた。ここも回り道をすれば仕掛けが残っているところもあっただろうが、目標となる第三層ではそれなりに活動するつもりなので、わざわざ二層でやる必要もない。


 となれば、ほぼ素通りみたいな形で終わってしまうのも当然だろう。一応三日ほどは戦ってみたが、特に危ないこともなく、結局四日目には、俺達は第三層へと辿り着いていた。


「むぅ、ここも他とあんまり変わらぬのじゃ」


 階段を上った先に広がる光景に、ローズが若干不満げに言う。だがその不満の矛先に、俺は思わず笑いながら声をかける。


「ははは、そう言うなよローズ。そもそも普通のダンジョンは、そんなに景色とか変わんねーだろ?」


「そうデスよローズ。<無限図書館ノブレス・ノーレッジ>は本棚ばっかりだったデスし、<火吹き山マウントマキア>は斜面しかなかったデス」


「それはまあ、そうなのじゃ。でもここには、クルトがずーっと秘密にしておる仕掛けとお宝があるのじゃろ? なら楽しみにしてしまうのは仕方ないのじゃ!」


「わかったわかった。んじゃ、早速行くか」


 むっとした表情で、ローズが俺の背中をポカポカ叩いてくる。痛くもかゆくもないその抗議に俺はローズの頭を軽く撫でてから、先頭に立って歩き始めた。


「あ、そうだ。さっきも説明したけど、ここからはゴブリンも出るから、一応気をつけろよ」


「ゴブリンとウィスプの混合パーティか……妾が言うことでもないのかも知れぬが、物理攻撃が効かぬウィスプだけの方が強いのではないか?」


「そんなことないデス。ウィスプと違ってゴブリンは後衛だって狙ってくるデスし、もし聖水をかけた武器がうっかりゴブリンに当たったりしたら、それで聖水の効果が終わってしまうデス。もし聖水がないとウィスプを倒せないようなパーティだった場合、かすり傷ひとつと引き換えに聖水を消耗されたりしたらたまったものじゃないのデス」


「だな。前衛のゴブリンをあえて傷つけないように立ち回りつつ、後ろでフワフワ浮いてるウィスプだけを攻撃するってのは、なかなか難易度高いと思うぜ。


 ここはダンジョンのなかだからともかく、もし外でこの組み合わせを見かけたら、俺なら秒で逃げるだろうな」


「何故じゃ? ダンジョンの外と中で、魔物の強さが変わるわけではないのじゃろう?」


 俺の軽口に、ローズが不思議そうに首を傾げる。だがそれを受けた俺は、やや苦い顔でしっかりとそれを否定する。


「確かに能力としては同じだけど、経験が違うんだよ。ほら、前にガーベラ様が、ダンジョンの魔物は飯も食わなきゃ繁殖もしねーって話をしてただろ? 逆に言えば、外の魔物は他の動物と同じように、飯だって食うし歳も取るし、繁殖して群れを作る。


 つまり、無条件で大人として生まれて襲ってくるダンジョンの魔物と違って、外の魔物はそういう生存競争に勝ち抜いてるからこそ大人になってるってことだ。真っ正面からの殺し合いならダンジョンの魔物の方が強いこともあるけど、そうじゃねーなら基本的には外の魔物の方がずっと強いんだよ。


 特にゴブリンなんて、ダンジョンのなかでは雑魚扱いしてっけど、外では普通に強いからな。一〇匹もまとまって攻めてきたら、小さな村くらいなら余裕で全滅するぞ」


 野生のゴブリンは、ちゃんと頭を使って生きている。糞便を塗ったり野草を使って毒の武器を作ったりもするし、攻めるときにもこっちの死角をついてきたり……つまり「狩り」を理解して行動する。


 怪我をしたり勝ち目がないとわかれば普通に逃げるし、そうすればこちらの手の内や戦力を学習して次の戦いに生かしてくる。そこまでいけばもう、見た目と基礎能力が同じだけの別の魔物と言っても過言ではない。


 ダンジョンのなかでしかゴブリンと戦ったことのない探索者が、野生のゴブリンを侮って返り討ちに遭うというのは定番の失敗談であると同時に、絶対に心に刻まねばならない教訓でもあるのだ。


「むむむ、ゴブリン侮り難しなのじゃ……」


「まあお姫様が野生のゴブリンと戦う機会なんて……いや、ローズならあるかも知れねーのか? まあもしそんなことがあったとしても、ローズなら変になるの気にしねーでフレアスクリーンの魔法に魔力をガンガン注いどけば大丈夫だろ。やつらはちゃんと臆病・・・・・・だからな」


 野生の魔物は獣と同じ。不必要に人を襲わねーし、ヤバそうなら逃げる。ケタケタ笑いながら身震いするような魔力の籠もった魔法を見せつけられたら、まず間違いなくゴブリンの方が逃げてくれる。後は変なテンションに引きずられて追撃でもしなきゃ、普通に生き延びられることだろう。


「マスターの助言によりローズがゴブリンにくっ殺される未来がなくなったところで、そろそろ先に進むデス! じゃないと後ろがつっかえちゃうデス」


「おっと、そうだな」


「くっころ……?」


 意味のわからない単語にローズが首を捻るのをそのままに、俺は通路を進み始める。ちなみに俺もわからなかったが、ゴレミの言うことなので気にしていないだけだ。


「それでクルトよ、もうそろそろ種明かしはしてくれるのじゃ?」


「いやいや、もうちょっと待てって……ほら、見えてきたぞ」


 そう言って俺が視線を向けた先は突き当たりになっており、小さな台座のうえに木製の如何にもぼろい宝箱が置いてあった。普通ならば宝箱の出現に興奮するところだろうが、ローズは何とも微妙な表情を浮かべている。


「むぅ? 確かに宝箱があるが……蓋が開いておるのじゃ」


「誰かに先に見つけられちゃったデス?」


「いや、これはこれでいいんだよ。ほら、箱の後ろの壁に文字があるだろ?」


「確かに金属板に文字が彫ってあるのじゃ。なになに……『たからばこ たくわえよ』?」


「宝箱は、まあこの箱のことデスよね。それに蓄えよ……箱の中に何かを入れたらいいデス?」


「ふふふ、どうだろうな?」


 俺は勿論答えを知っているわけだが、それを口にしてしまっては、それこそ謎解きの醍醐味がなくなってしまう。ニヤニヤと笑う俺の前で、ローズとゴレミがあーでもないこーでもないと話し合う。


「とりあえず、周囲の壁や床、天井なんかには仕掛けはなさそうデス」


「箱の方にも特に仕掛けはなさそうなのじゃ。となるとやっぱり何かを入れてみるしかないのじゃが……何を入れればよいのじゃ?」


「『蓄えよ』というヒントからのイメージだと、お金だと思うデスが……」


 そこで一端言葉を切ると、ゴレミがチラリと俺の方を見る。


「マスターの反応を見ながら考えるというのもありデスが、それだと答えを聞くのと変わらないデス。ならここはどーんとやってやるデス!」


「そうじゃな。流石に本当に駄目なことがあれば、クルトも止めるじゃろ」


「おいおい、それでいいのか?」


 苦笑する俺に、しかしローズは当たり前のように返す。


「いいに決まっておるのじゃ! 笑える程度の失敗ならいい思い出じゃが、取り返しのつかぬ大失敗など、落ち込むだけで楽しくも何ともないのじゃ!」


「炎と氷が合わさった最強の魔物も『俺は戦うのが好きなんじゃねぇ! 勝つのが好きなんだよぉ!』って言っていたデス!」


「え、何それ。打ち消し合って勝手に消滅するんじゃねーか……? まあいいや。そういうことなら、小遣い程度を入れてみるのをお勧めしとく」


「ならゴレミのポケットマネーを入れるデス!」


 俺の言葉を受けて、ゴレミが一〇〇クレド銅貨を三枚箱の中に投入し、宝箱の蓋を閉めた。すると蓋の隙間から、一瞬強い光が漏れる。


「おおー、光ったのじゃ!?」


「なら開けてみるデス! ほら、ローズも一緒にやるデス!」


「よいのか!? ならいくぞ……せーのっ!」


 箱の左右に二人が手を添え、かけ声と共に蓋を開ける。するとそこには、錆びて刃こぼれした一本の小さなナイフが入っていた。

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