耐え難き悪夢

 それから数日かけて、俺達は戦闘訓練も兼ねてローズの魔力酔い? とでも言うべき状態の検証を重ねた。情報は順調に集まっていき……だが最後の人調べにて、俺達は取り返しのつかない傷を負うことになった。





「うひゃひゃひゃ! どうじゃクルト、妾の魔力あいは伝わっておるか?」


「おう、ビンビンにキてるぜ!」


 イカしたテンションで告白してくるローズに、俺もまた大声をあげて答える。俺達を結ぶ火の膜は、熱いハートに耐えきれなかったのか今にもとろけ落ちそうなほどに真っ赤に熟しており、猛烈な熱気を周囲に放っている。


 正直俺もちょっと熱いが、この胸の内に滾る全能感に比べれば、この程度はどうということもない。


「検証はもう十分だよな? ならこっからは手加減なしだ! うぉぉ、全! 力! 疾! 走!」


「イケイケなのじゃー!」


 リトルラブリーの声援を受け、俺の足が床を蹴る。音も光も置き去りにしたような気分で走れば、それに合わせて二人を結ぶ情熱の膜も旋回し、やがてそれがウィスプの小さな体を巻き込むと……パンッ!


「ヒャッハー! どうだ! あいつはじけ飛びやがったぜ!」


「妾達の絆の前で、魔物など何するものなのじゃ!」


 その場で大きく飛び跳ねながら、俺はガッツポーズを決める。消し飛んだウィスプの下にはすぐにカランと魔石が転がり、俺達の勝利を祝福してくれている。


「最高! 最強! 超サイコー! 今ならドラゴンだってぶっ飛ばせるぜ!」


「妾達なら余裕なのじゃ!」


 ああ、素晴らしい! 何と言う開放感! 地位も名誉も金も女も、今なら何もかもが俺の手の中に転がり込んでくる気がする。ふふふ、ちょっと世話焼きでキツいことも言うけど、何だかんだで俺にだけは甘くて「しょうがないなぁ」と俺の我が儘をはにかみ笑顔で全部受け入れてくれる年上の巨乳お姉さんハーレムだって、今の俺なら簡単に――


「アーッハッハッハッハ!」

「うひゃひゃひゃひゃ!」


「これ以上は見ていられないのデス! 衝撃のゴレミビンタ! 続いて撃滅のゴレミパンチデス!」


「ぬあっ!?」

「ぐはぁっ!?」



 猛烈な勢いで突っ込んできたゴレミがローズの頬をペチッとひっぱたき、俺の顔面にドゴンと拳をぶち込んでくる。その衝撃に俺の意識は暗闇へと沈んでいって……





「マスター、正気に戻ったデス?」


「…………まあ、うん」


 呆れた声で言うゴレミに対し、俺は床に座り込み、顔を手でさすりながら小さくそう答える。そんな俺のすぐ側ではローズがのたうち回りながら「最悪なのじゃ。いっそ殺して欲しいのじゃ……っ!」と呟いているが、どうしてやることもできない。というか、俺だって許されるならそうしたい。


「なあゴレミ? 助かったのは間違いねーから、別に文句とかじゃねーんだけど……何でローズはひっぱたくだけで、俺はぶん殴られたんだ? 衝撃を与えりゃいいだけなら、俺も殴らなくてよかったんじゃ?」


「それは勿論、ゴレミの乙女センサーがマスターの邪な願いを感じ取ったからデス。ハーレムとか作ってもマスターは絶対振り回されるだけで終わるので、身の程を知るべきなのデス!」


「えぇ……?」


 確かにそんな事を考えていた気はするが、同時に言葉には出していなかったこともしっかりと覚えている。なのに何故と思いはしたものの、ジッと見つめてくるゴレミに対し、もはや反論する気力もない。


「はぁ……芋虫になりたい」


「なら妾は毛虫になりたいのじゃ。毛が生えている分だけ、妾の方がちょっと大人なのじゃ……」


「何でそんなことで張り合ってるデス! ほら、二人共いい加減立ち直るデス!」


「イテッ」

「のじゃ!?」


 追加でペシペシと頭をひっぱたかれ、俺はひとまず大きく深呼吸して心を落ち着けた。大人の思考を取り戻したら、俺はガリガリと頭を掻きつつさっきの状況を分析する。


「ふぅ……しかし、今のはマズかったな。まさかローズの影響がこっちにまで伝わってくるとは……」


「うぅ、重ね重ね申し訳ないのじゃ」


「それでマスター、どんな感じだったデス?」


「あー、ありゃ確かに無理だわ。間違いなくおかしくなってたのはわかるんだが、何処からそうだったのかが全然わからん」


 さっきの俺は、明らかにおかしかった。流石に素面であんなアホな妄想を垂れ流すほど、俺だって馬鹿じゃない。


 だが、じゃあ何処からそうだったのかと問われると、その境界が全くわからない。傾斜の存在を感じられないほど緩やかな坂を目にもとまらぬ速さで駆け抜け、気づいたら雲より高い山の天辺にいた……そんな感じだ。


「自分でなってみてよくわかったぜ……ちなみに繋がりが切れたら一瞬で普通になったんだけど、ローズもそうなのか?」


「うむ? そうじゃな。流石に一瞬とまでは言わぬが、魔法に魔力を送るのを止めると、すぐに戻る感じなのじゃ」


「ってことは累計の魔力消費じゃなく、瞬間的な魔力消費が許容を超えるとああなるってことか。じゃあローズは、今後緊急事態を除いて、一つの魔法に過剰に魔力を注ぐのは禁止ってことで」


「わかったのじゃ。妾とてこれ以上失態を晒すのは、恥ずかしすぎて泣いてしまうのじゃ!


 しかし魔法に大量の魔力を込めると、こんなことになるとはのぅ。きっと姉様達ですら知らない大発見なのじゃ」


「そうなのか? 何かこう、ここぞって時に何倍も魔力を込めて、必殺の一撃を放つってのはまあまあありがちな戦法とかじゃねーの?」


 ローズの言葉に、俺はそう疑問を投げかける。しかしローズは大きく首を横に振り、その間違いを指摘してくる。


「そんなわけないのじゃ。というか、普通の魔法は魔力を多く込めたところで、効果があがったりはしないのじゃ」


「へ!? いやでも、さっきのローズの火の膜……フレアスクリーンか? あれ明らかに強くなってただろ?」


「それは妾だから……というか、そのくらい異常な魔力を込めねば効果はあがらぬということなのじゃ。そもそも魔力を込めれば込めるだけ効果があがるのであれば、新しい魔法など覚える必要がないのじゃ」


「そりゃあ、確かに。なあローズ。ついでだから聞くんだが、新しい魔法ってのはどうやって覚えるんだ?」


 魔法士達が色々な魔法を使っているのは知っているが、いつどうやって使える魔法を増やしているのかは、考えてみると知らない。そう問う俺に、ローズはわずかに思案顔になりつつ教えてくれる。


「そうじゃな……これはあくまで妾の場合じゃが、ある日突然自分の中にこう、新しい力を感じるのじゃ。それと同時に頭の中に魔法の名前が浮かんできて、それで使えるようになる感じじゃの。


 というか、クルトの<歯車>はそうではないのじゃ?」


「うん? 俺の場合は……どうだろ? 割と努力してる気もするんだが……」


 歯車バイトにしろ歯車ボンバーにしろ、ある日突然使えるようになったと言えなくもないが、その前段階ではきっちりと努力している。


 が、それを言うなら魔法だって同じだろう。それまでの努力が一定値を超えたところで「ある日突然」がやってくるのなら、それは同じと言えなくもない。


「スキルの成長の仕方は、スキルの種類に加えて個人差もあるデスから、他人と……特に全く別系統のスキル持ちと比べるのは、あんまり意味がないデス」


「む、そうか。まあそうだよな」


 と、そんな事を悩む俺に、ゴレミがいい感じのアドバイスをくれる。確かに<火魔法>と<歯車>じゃ共通点なんてないようなもんだし、人それぞれってのが一番しっくりくる。これ以上考えてどうなるもんでもないし、この話題はひとまずこれでいいだろう。


「うっし。それじゃローズが変なテンションになる検証は……イテェ!?」


「変とか言ってはならぬのじゃ! 泣くぞ!? ワンワン泣いてしまうのじゃぞ!?」


「わ、悪かったって……」


「そもそもさっきのマスターだって、相当にヤバかったデスよ?」


「…………わかった。じゃあこの話はもうしないってことで」


 今日も理不尽に臑を蹴っ飛ばされたが、ローズに涙目で抗議され、ゴレミに呆れた目を向けられたら、もはや文句を言う気力はない。俺はゴホンと咳払いをしてから、改めて話を切り出す。


「とにかく、これで検証は終わりってことで……そろそろ行くか」


「うん? 出発するのじゃ?」


「いや、それもあるけどそうじゃなくて。第一層での活動を切り上げて……明日から第三層を目指す」


 ニヤリと笑いながらの俺の宣言に、ローズとゴレミの目が輝く。


「三層!? ということは……」


「遂にアレを狙うデスね?」


「ああ、そうだ。孤児院で手に入れたとっておきの情報で、お宝をゲットしに行こうぜ」

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