みんなのダンジョン

 その後も俺達は子供達と遊んだりちょっとした雑用を手伝ったりして、結局一日を孤児院での奉仕活動に費やした。そうして翌日改めて探索者ギルドを訪れると、シエラさんが笑顔で俺達を出迎えてくれる。


「おはようございます、トライギアの皆さん。昨日はありがとうございました」


「いえいえ、そんな! 俺達も楽しかったですし、色々収穫もありましたから」


 丁寧に頭を下げるシエラさんに、俺もまた笑顔でそう答える。そんな俺の横では、ゴレミとローズもいい笑顔を浮かべている。


「そうなのじゃ! 子供達にダンスを教えたり城の話をしてやるのは、なかなか楽しかったのじゃ!」


「ゴレミは悪ガキ共を成敗してやったデス! 捲! 即! 叩! なのデス!」


「お前めっちゃ叩いてたもんなぁ……」


 最初の一人はともかく、続く二人目、三人目くらいまでは「ゴレミにやられた友達の敵」とか「俺ならもっと上手くやれるのに」みたいな気概でゴレミのスカートを捲っていたと思われる。


 が、そこから先の子供達はわざとゴレミを怒らせ、追いかけ回されるのを楽しんでいるように見えた。実際ゴレミだって本気なら子供くらい簡単に捕まえられるだろうし、そもそもスカートを捲らせないことだってできただろうが、最後は肩車したちっちゃい子に「ごれみ、いけー!」とか言われながら走ってたしな。


「お二人とも人気者だったようですね。院長先生から是非ともまた遊びに来て欲しいという話を伺っております。もしまた気が向いたら行ってあげてください。子供達も喜ぶと思いますので」


「うむ、わかったのじゃ!」


「はーいデス!」


 シエラさんの言葉に、二人が元気に返事をする。なお俺は「木の形をした人」の時間が長かったので、別に人気者にはなっていない。むしろ二人が人気だったのを見て、草むしりとかの裏方に積極的に回ったくらいだ。


 なのでそこに俺の名前が出てこないことは当然であり、俺だけ呼ばれないことに寂しいとか、そういう気持ちは一切ない。そう、ないのだ。何せ俺は孤高の戦士であり、皆を影から支えるリーダーだからな。


「マスター? マスターはいつだってゴレミの一番デスよ?」


「そうじゃぞクルト! 妾達がいるのじゃ!」


「いや、いいからそういうの。気にしてねーから!」


 全く以てこれっぽっちも気にしていないというのに、改めてそう言われるとちょっとだけ泣きそうな気分になるので、俺は縋り付く二人を振り洗い、シエラさんに顔を向け直す。


「それよりシエラさん。今日からダンジョンに潜るんで、<天に至る塔フロウライト>の基本的なことを教えてもらっていいですか?」


「ええ、勿論です。町に出たならご覧になられたと思いますが、<天に至る塔フロウライト>は外観的には直径三〇〇メートルの太さで、空の果てまで続いている塔のダンジョンです。


 皆さんが少し前までいた<火吹き山マウントマキア>と違って、<天に至る塔フロウライト>はその外壁に触れることもできますし、そのまま登ったりもできますが、正規の入り口以外から内部に侵入できたという事例はありません。


 またかつて希少な<飛行魔法>の持ち主が空を飛んで塔の頂上を目指したことがあったようですが、七日七晩かけて飛び続けても塔の頂上にはたどり着けなかったという話が残っていますので、外側からの攻略はお勧めしません」


「了解です。まあ常識ですよね」


 古今東西、ダンジョンを不正に攻略しようと考えた輩はいくらでもいた。外から不正侵入する、壁や床に穴を開けて通り抜ける、なかにはダンジョン内部に常時人を住まわせることで安全地帯を確保し、徐々に領地を広げていこうなんて壮大な計画を立てたものもいたらしい。


 が、現状を見ればわかる通り、その試みは一つとして成功していない。俺の持ってる「歯車の鍵」とか、ハーマンさんの作った「夢幻坑道発見機」なんかはその辺の流れに一石を投じる品になる可能性もあるが、それが形になるのはまだまだずっと先の話だろう。


 あ、ハーマンさんと言えば、約束の品はこの町に来たその日にお届け済みだ。指定の場所に行ったらだらしない格好をしたボサボサ頭で巨乳の姉ちゃんが出てきて息を飲んだが、臑に熱い気配を感じ、慌てて荷物を押しつけて帰ってきたのだ。あれは勿体なかったというか、もう少しじっくり……ひっ!?


「な、何だよゴレミ!?」


 刺すような視線を感じて横を見ると、何故かゴレミがジト目で俺を見ている。


「マスターが、何だかエッチなことを考えている気がするデス」


「はぁ!? シエラさんがダンジョンの説明してくれてるのに、何でそんなアホな想像をしてると思うんだよ!? すみませんシエラさん。説明の続きをお願いします」


「じーっ」


「ふふっ。わかりました」


 ゴレミから顔を逸らして頼む俺に、シエラさんが小さく笑って話を続けてくれる。ええい、いい加減にしろゴレミめ。手で頭を押しのけてくれるわ!


「では続いて、ダンジョン内部の仕様についてですが……外観と内部空間の広さが全く違うとか、壁や床が壊せないなどの基本的な部分を割愛しますと、<天に至る塔フロウライト>の内部は壁や天井のある迷宮型で、その一番の特徴は、多数の仕掛けギミックが存在することです。


 たとえば複数のレバーを操作して全ての魔導ランプを光らせると道が開けるとか、砕けた石版の破片を集めて一カ所に纏めると扉が開くとか、そういう仕掛けが沢山あり、また塔を上へ登っていくためにもそれらの攻略が必須となります」


「ほほぅ、それは面白そうなのじゃ!」


「頭を使う仕掛けとは、ゴレミのインテリジェンスが輝いてしまうデス」


 シエラさんの説明にローズが楽しげに声を上げ、ゴレミがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。ちなみに、俺も実はちょっと楽しみだったりする。その手の仕掛けは他のダンジョンでもないわけじゃないが、そう見つかるものでもないうえに、大抵の場合は誰かが先に解除しちゃってるから、関わる機会などほぼないしな。


「ん? いや待つのじゃ。確かにダンジョン内には無数の仕掛けがあるのじゃろうが、探索者とて大量におるのじゃ。ならばほとんどの仕掛けは既に解除済みなのではないか?」


「おいおいローズ、ダンジョンの仕掛けが定期的に再設置リセットされるのは常識だろ?」


「それは勿論知っておるのじゃ! じゃが、人の少ない深層ならともかく、妾達がいくような一層二層では、それを踏まえてもすぐに全部解除されてしまうのではないかと思ったのじゃ」


「あー、それはまあ、確かに……シエラさん、その辺はどうなんでしょう?」


 ローズの疑問を引き継いで問う俺に、シエラさんがやや困ったような表情を浮かべる。


「確かに、大抵の仕掛けは再設置後まもなく解除されることが多いですね。特に解除しないと次の層に進めないような仕掛けの場合は、通行の関係上いつもはより深い層で活動しているような探索者様があっさりと解除してしまうことが多く、特に第五層から六層への階段前にある大扉は『閉じているところを見る方が難しい』と言われるくらい、いつも解放されております。


 が、浅層のちょっとした報酬が手に入るような仕掛けは再設置までの間隔も短いですし、隠し通路などは通り抜けるとその都度閉まるようになっているようなので、全く何の仕掛けにも出会えないということはないと思います」


「なるほど。つまりこのダンジョンの醍醐味を一切味わえぬということは、まずないわけじゃな。それなら安心なのじゃ!」


 その説明を聞いて、ローズが楽しげにそう声をあげる。するとそれを見たシエラさんが小さく笑い……そしてすぐに軽く頭を下げた。


「ふふっ……ああ、申し訳ありません」


「むぅ? シエラ殿が笑ったことは気にならぬが、その理由はちょっと気になるのじゃ。今の妾は、何か変だったのじゃ?」


「そうではありません。ただこの<天に至る塔フロウライト>で活動する期間が長くなればなるほど、探索者様達にとってダンジョンの仕掛けは面倒なだけのものになってしまうようで……なのでそのように楽しそうに『仕掛けを解除できる!』と語るローズ様の姿に、私も何だか楽しくなってしまったのです」


「おぉぅ、そうなのか。まあ確かに、何ヶ月も同じ階層で狩りをするとかなれば、毎回仕掛けを解くのは面倒くさそうな気がするのじゃ」


「ま、それはその時になったら考えればいいだろ。やる前から飽きたときの話なんてしても、不毛ってレベルじゃねーからな」


「そうデス! せっかくの初体験なのデスから、全部纏めて楽しまないと損なのデス!」


「そうじゃな。ここは目一杯、新しいダンジョンを楽しむのじゃ!」


「「「オー!」」」


 揃って拳を突き上げながら、三人の声が合わさる。さてさて、<天に至る塔フロウライト>がどんなところか……今から楽しみだ。

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