回って巡って初戦闘

「おおー。何回見てもスゲーなぁ」


 探索者ギルドのホールから<天に至る塔フロウライト>へと通じる、長い一本道。一部がガラスになっている天井から見えるのは、雲を超えてなお伸びる白亜の塔の威容だ。


 ちなみに、<火吹き山マウントマキア>と違って近づいても何の悪影響もないからか、<天に至る塔フロウライト>の周囲はちょっとした広場になっており、市民の憩いの場となっている。ただ入り口部分だけは探索者ギルドと直結の通路が繋がっていて、外部からは入れない仕組みになっており、俺達はそこを歩いているというわけだ。


 そうしてしばし進んでいけば、すぐにダンジョンの入り口が見える。基本的には常時開けっぱなしにされているという大きく分厚い木製の扉をくぐれば、そこはもうダンジョンの中だ。


 と言っても、流石に入り口付近には魔物も仕掛けもありはしない。買った地図を片手に歩きながら、俺達は周囲を物珍しげに見回していく。


「ほほぅ、こんな感じか」


「思ったよりは白くないのじゃ? まあ真っ白じゃったら目に痛くて大変じゃが」


「そうデスね。目に優しい総天然色デス」


 壁も床も天井も、おそらくは塔の外観に使われているのと同じ石材で作られていると思われる。が、遠くから見ると真っ白に見えた塔も、こうして近くで見ればそこまででもない。使用感のある乳白色というか、経年でやや黄ばんでいるというか、とにかくごく普通の白い石材に見える。


 もっとも、当たり前だがこれもまたダンジョンだ。謎の模様っぽいものが刻まれているところや、黒くひび割れている箇所など脆そうな場所がありはするものの、そのどれもがどうやったところで壊れることはないだろう。実際ヒビのところを剣の柄で叩いてみたが、欠片一つ落ちてこなかったしな。


 そんな白っぽいダンジョンの通路は、横幅も天井までの高さも、おおよそ三メートルくらい。俺達が活動する分には何の問題もない広さなのだが、少し前まで果てなどない無限の斜面で探索していた俺からすると、随分と窮屈な感じがする。


 ただそれより強く感じるのは、言い知れぬ懐かしさ・・・・だ。


「何となくだけど、<底なし穴アンダーアビス>に似てる気がするな?」


「そうなのじゃ?」


「色味とか雰囲気は違うですけど、どっちも迷宮型のダンジョンデスから、似てて当然デス。ただ<底なし穴アンダーアビス>は進めば進むほど洞窟みたいになっていくデスけど、こっちは多分最後までこの感じだと思うデス」


「へー、そうなのか」


 <底なし穴アンダーアビス>では半年ほど活動していたが、それでも俺がたどり着けたのは第四層までだ。浅層も浅層なので、俺は<底なし穴アンダーアビス>の本当の姿をこれっぽっちも見ていないことになる。


 なのでゴレミの説明は実感としてはわからねーが、そういうものだと説明されれば納得はする。真実はいつか、自分の目で見に行けばいいだろう。それもまた楽しみの一つだ。


「それでクルトよ、妾達はどう動くのじゃ? 妾は早く、ダンジョンの仕掛けギミックとやらを体験してみたいのじゃ!」


「ははは、そう焦るなって。ひとまずは一番一般的なルートで二層への階段までいってみようぜ。その途中にもいくつか仕掛けがあるみてーだしな」


「わかったのじゃ!」


 地図に視線を落としながら言う俺に、ローズが目をキラキラさせてそう答える。ならば決まりと俺達は改めて移動を開始したわけだが……


「うぅ、また解除されておるのじゃ……」


 通路の向こう、開きっぱなしになっている扉を見て、ローズがこの世の終わりのようなしょんぼりした声を出す。ここまでに遭遇したいくつかの仕掛けは、その全てが誰かの手によって解除されていたのだ。


「ま、まあまあ、そんなにガッカリするなって! 階段までなら、まだあと一つあるから!」


「そうなのじゃ? でもそれも、絶対誰かに解除されてる気がするのじゃ」


「そりゃあ……」


 ゆらりと顔を上げて問うローズに、俺は言葉を詰まらせる。


 今俺達が歩いているのは、入り口から階段までの最短距離の通路だ。つまり二層以降に行くほとんどの探索者が通る道なので、そこにある仕掛けなんてものは再設置された瞬間に、近くにいる誰かの手によって解除される運命にある。


 運良く……あるいは運悪く再設置の瞬間に立ち会えば、壁のボタンをポチッと押す栄誉にあずかれる可能性はあるが、それを待つのはあまりに迂遠だろう。


「うーん、なら、予定をずらして少し脇道に入るか? 人のいねー場所なら、仕掛けが残ってる場所もあると思うけど」


「妾としてはその方が楽しそうじゃが……よいのか? クルトの目標は第三層・・・なのじゃろ?」


 昨日孤児院で仕入れたとっておきの情報は、軽く仲間達に共有してある。故にそう問うてきたローズに、俺は小さく頷いてから言葉を続ける。


「まあな。でも一四層の『試練の扉』と違って競争とかってわけじゃねーし、多少の寄り道は何の問題もねーよ。それにここの魔物とも戦っときてーしな」


「確かにそうデスね。このままだと一度も戦闘しないうちに第二層についちゃいそうデス」


 当たり前の話だが、如何に<天に至る塔フロウライト>が仕掛けをメインにしたダンジョンとはいえ、魔物が出ないというわけじゃない。むしろ仕掛けによっては特定の魔物を倒した時に落とすアイテムが必要だったりするので、完全に戦闘無しで進むのは事実上不可能だ。


 であれば今回もまた浅い階層から順番に戦い、少しずつ戦闘にも習熟していくというのが理想ではあるのだが、この階層の魔物は――


パチパチパチ……


「っと、言ってる端からお出ましか」


 曲がり角の向こうからかすかに響く、小さな火花が散るような音。それを耳にした俺の言葉に全員が身構えると、程なくして角の向こうから、青白く輝く光の球がフワフワと浮きながら姿を現した。


「おぉ、あれがシエラ殿の言っていた『ウィスプ』という魔物か?」


「だろうな。ここにはそれしかでねーはずだし。ゴレミ」


「了解デス!」


 俺の指示に、ゴレミが俺達の前に出て壁となる。すると青白いウィスプの体がゆっくりと黄色に変わっていって……


パチッ!


「むむぅ?」


 ウィスプの体から迸った小さな雷が、ゴレミの体に命中する。それを受けてゴレミは手や足を動かして、自分の調子を確認しているようだ。


「どうだゴレミ、大丈夫か?」


「はいデス。もっとうーんと強い雷を食らえば誤動作が起きるかもデスけど、このくらいなら何でもないデスね」


「そっか。なら予想通りだな」


 第一層に出るだけあって、ウィスプは特に強い魔物ではない。雷なので攻撃を見てからの回避や防御は絶対に間に合わないが、ウィスプは「障害物のない一直線上で、最も自分に近い相手を狙う」という習性がある。加えてゴレミが装備している手袋のシャンシャンも効くらしいので、余程下手を打たない限り、俺やローズが直接狙われることはないだろう。


 またその雷も、そこまで威力があるというわけではないらしい。流石に素肌に食らえば火傷を負ったり、当たり所が悪いと筋肉が変に引き攣れたりすることもあるようだが、ちょっと厚手の服を着ていればそれだけで防げるレベルだ。


 であればその程度の攻撃で、ゴレミの石のボディがどうにかなるはずもない。防御面に関しては、基本的には問題ないだろう。


「となると、あとはどうやって倒すかだが……一応試してみるか。ゴレミ、今からそっちに走っていって斬るから、何かあったらフォロー頼む」


「ゴレミにお任せデス!」


「なら行くぞ…………今っ!」


 再びパチッとウィスプがゴレミに雷を飛ばした瞬間を見計らい、俺は一気にウィスプに駆け寄って、手にした鋼の剣でその体を切りつけた。だが俺の手は何の手応えも返ってこず、代わりに真っ二つになる軌道で体に刃が通り抜けたウィスプはその色を赤く変えてパチパチと雷を身に纏い始める。


「あっ、ヤベッ!? ゴレミ、頼む!」


「はーいデス! ほらほら、そんなしょぼくれ男より、ゴレミの方が魅力的デスよー」


「ぐぬっ!? しょぼくれってお前……」


「勿論一般論であって、ゴレミはマスターのちょっとしょぼくれたところも可愛いと思うデスよ?」


「それはフォローなのか? ったく」


 慌ててそう告げてきたゴレミに、俺はまさしくしょぼくれたような苦笑で答える。その間にもウィスプはゴレミが打ち鳴らした音に引かれて狙いを変え、ゴレミの体にバチバチと雷が迸っていったが、当然ゴレミは無傷。


 図らずも防御体制の盤石さは追加確認できたわけだが……


「第一層の魔物から<物理無効>とか、マジかよ……」


 その理不尽な現実に、俺はしょぼくれた顔のまま小さく息を吐いた。

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