我が輩は木である

 何故こうなった……?


「えーっ!? ローズちゃん、お姫様なの!?」


「うっそだー! こんなちんちくりんがお姫様のわけないじゃん!」


「キラキラしたドレス一杯持ってる? 舞踏会って本当にあるの?」


「嘘ではないのじゃ! ドレスは今はもっておらぬが、城に戻ればあるのじゃ! あと舞踏会はちゃんと存在するのじゃ! まあ妾はあんまり縁がなかったがの」


 聖都アレルに到着した翌日。俺達はシエラさんの紹介を受け、普通の探索者ならあまり縁がないであろう住宅街を抜けると、その先にある大きな白い建物にやってきていた。


 俺の想像より数倍立派だった孤児院にある子供が駆け回れるほど広い前庭には、揃いの白い服を纏った子供達に質問攻めにされるローズの姿がある。


 何故こうなった……?


「スゲー! ゴーレムだ!」


「メイドさん? お姫様のお世話係?」


「そうデス。ゴレミは完璧で究極なゴーレムなのデス! でもゴレミはローズのではなく、マスターの――」


「お、何だコイツ。ゴーレムのくせにパンツ履いてるぞ?」


「ウギャー!? 何乙女のスカートを捲ってるデスかー!?」


 そこから少し離れたところでは、やはり子供に群がられたゴレミが叫び声をあげている。どうやら悪ガキの一人が、お約束のスカート捲りをしたらしい。その蛮勇と好奇心の代償は大分高くつくと思うが……ま、それは自業自得だな。


「ちょっとお兄ちゃん! 動かないで!」


「アッハイ」


 そして俺は、やはり庭の片隅にて、簡素な画材を手に持つ一〇歳くらいの少女の前にて、腕とか足とかをぐねぐねさせたポーズで立っている。この少女に柄のモデルになってくれと頼まれたからだ。


 もっとも、ただのモデルではない。今俺がやっているのは――


「だから動かないで! 今のお兄ちゃんは『木』なんだから!」


「スミマセン。自分ハ木デス。物言ワヌ一本のノ木デス」


 そう、木だ。剣を構えて格好いいポーズをするとかだと思って引き受けたら、まさかの「木のポーズ」をやらされているのである。


 何故こうなった……?


「あの、えっと……アンナちゃん?」


「なにー?」


「いや、何っていうか……何で俺は木のポーズをさせられてるんだ? 木を描きたいなら、本物を見て描いた方がいいんじゃねーか?」


 この聖都アレルは、町中にもそれなりに自然がある。住宅街の所々には木や花が植えられているし、何ならこの孤児院の庭にだって立派な木が生えている。だというのに何故、という俺の疑問に、しかしアンナちゃんはどこぞの巨匠のような顔つきでチッチッと舌を鳴らし、手にしたクレヨンを横に振る。


「わかってないなー、お兄ちゃんは。本物の木が、私の描きたい形で生えてるわけないでしょ? だからそうやって腕や足を曲げたお兄ちゃんを木に見立ててるんじゃない!」


「えぇ……?」


 いや、確かに木の枝が自分の理想通りの生え方をしている確率は、限りなく低いだろう。だが人を木に見立てるのに比べれば、枝振りを想像して描く方がより楽なんじゃないだろうか? 皮の質感とか、うろの形とか……あとほら、葉っぱとか生えてるし。


「いいからお兄ちゃんは、黙って木のポーズをしてればいいの!」


「りょ、了解であります……」


 巨匠アンナ先生にそう言われては、俺は黙って木のポーズをとり続けるしかない。そのままゆっくりと時が流れ続け、まるで季節が移り変わるように、俺の目の前の景色も変わっていく。


「こう?」


「ほほぅ、なかなかの足運びなのじゃ! なら次は、こうやって……ターン! なのじゃ!」


「すごーい! クルッと回ったー!」


 ローズの指導による即席のダンス教室で、幼い子供達が楽しげに踊っている。女の子と違って男の子は好き放題にクルクル回ったりしている子が多いが、子供なんだし、本気の訓練ってわけでもない。楽しけりゃそれでいいんだろう。


「やめろよー! 離せよー!」


「やめないデス。離さないデス! 自分がやったことは、自分の身に返ってくるのデス! レディーのスカートを捲るような子は、お尻ペンペンの刑なのデス!」


 悪戯小僧を捕まえたゴレミは、肩に担ぎ上げた少年のズボンを下ろし、丸出しになった尻をペシペシ叩いている。なかなかに苛烈な罰だが、スカート捲りは「わかっている」間柄の相手以外にやるとガチでヤバい悪戯なので、あのくらいが妥当だろう。実際ちょっと離れたところから様子を見ているこの孤児院の院長先生も、何も言わずに黙って見てるしな。


 ていうか、あれ本当にヤバいからな。俺の村でもやってる馬鹿がいたが、ある日いつものノリで外から来た人の娘のスカートを捲ってしまい、両親に死ぬほど怒られて顔を真っ赤にしたそいつが親と一緒に村長の家に行ったのを遠目に見たことがある。


 そこでどんな話し合いが行われたのかはわからねーが、そいつはそれから一ヶ月ほど経った頃、家族揃って別の村へと引っ越していった。その後どうなったのかは幼かった俺には知る由もないことだが、楽しい未来が待っていないことくらいは想像に難くない。


 いやー、あれは怖かったな。今なら「あいつがスカートを捲ったのは、洒落にならないお偉いさんの関係者だったんだろうな」と理解もできるが、子供の認識だと「いつもやってる悪戯をした奴が、突然村からいなくなった」みたいに見えるんだから、そりゃ怖いに決まってる。


 ちなみにその事件で一番変わったのは、当時ガキ大将としていつも威張り散らしていた村長の息子だ。仲の良かったそいつが消えたことや、狭い村から一歩出れば何でも出来るはずの「村長の息子」の立場なんて吹けば飛ぶようなものでしかないと理解したことで、いきなり真面目になって勉強とかするようになったのだ。


 そういやアイツ、今頃どうしてるかな? まあ俺が村を出てから言うほど経ってるわけでもねーし、普通に次期村長として頑張ってるんだろうが……一通り色んな騒ぎが収まってエーレンティアに戻ったら、故郷に手紙を出してみるのもいいかもな。ゴレミはともかく、オーバードの皇女様と一緒に探索者をやってるなんて書いたら、母ちゃんとかビビってぶっ倒れるかも知れねーけど。


「できたー!」


 と、そんなことを考えている間に、いつの間にか結構な時間が経っていたらしい。クレヨンを地面に置いたアンナちゃんが、手にした画用紙……教典を大量に作成している関係上か、聖都では紙がやたらと安い……を満面の笑みで見せてくる。


「見て見て! 自信作だよ!」


「ほほぅ、どれどれ……」


 なので俺は奇妙な木のポーズを解いて、画用紙に視線を落とす。するとそこに描かれていたのは、ぐねぐねと曲がる枝の生えた、普通の木の絵であった。


「あー……木だな」


「木だよ? 木の絵を描くって言ったでしょ?」


「そりゃそうなんだが……」


 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけではあるが、木を演じる俺の姿が描かれていることを期待していた。いや、別にそうして欲しかったわけじゃないんだが、俺の頑張りの痕跡が何処にも存在しないというのは、些か寂しさを感じてしまう。


「なによ、何か不満なの? あ、もし私の名作が何処かのお貴族様の目にとまったら、ちゃんとモデルはお兄ちゃんですって言ってあげるよ?」


「いや、それは別に――」


「あー、それともお兄ちゃんなら、別の報酬の方がいいのかな? 前に他の探索者さんがいもん? に来た時に、これは内緒だよって教えてくれた話があるんだけど……」


「お、そっちには興味があるな。どんな話なんだ?」


 アンナちゃんの言葉に、俺はわざと大げさに眉を動かし、反応してみせる。如何に子供相手とは言え、本当に重要な秘密など教えるはずもないだろうが、少なくともあの木の絵が俺をモデルにして描かれたと喧伝されるよりは有益な報酬だろう。


 すると俺の態度に気を良くしたのか、アンナちゃんがニンマリと笑いながら俺の側に寄ってきて、服の袖を引っ張った。それに合わせて俺が屈むと、耳元によせた小さな唇から、吐息と共に秘密が漏れる。


「あのね……ごにょごにょごにょ」


「…………へぇ」


「どう? ちゃんとお礼になった?」


「ああ、最高の報酬だぜ」


「よかった! でも他の人には内緒だよ?」


 人を木にする小さな魔女は、どうやら俺にとって幸運の女神だったらしい。たっぷりの感謝を込めて少女の頭を撫でると、アンナちゃんは「しーっ」と唇の前に人差し指を立て、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

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