第四章 歯車男と試練の塔

最初の一歩が迷走中

「……転移確認! 繰り返す、転移確認!」


「ふぅ……」


 一瞬の酩酊感の後、聞こえてくる声に俺は小さく息を吐く。紫の膜が消えた向こうに広がる景色が変わっていることから、俺達が移動したことは間違いない。となれば残る問題は、ここがちゃんと目的地であるかどうかだが……っと、その前に。


「よっと。大丈夫かゴレミ?」


 ふらりと倒れそうになるゴレミを、俺は両手でしっかりと支える。始めこそビビったこの仕様も、三回目ともなれば慣れた物だ。それに倒れた後で起き上がらせようとすれば重労働だが、立っている状態から倒れないように支えるだけなら大したことないしな。


「うっ……あー、はい。もう大丈夫デス。それとマスター、ゴレミの胸の感触はどうデスか?」


「ん? 石だな。気になるなら次から顔面を掴んでやろうか?」


「それは美少女の扱いではないのデス! あとマスターは、もっとこう、年頃の男の子らしいイヤーンな反応をするべきデス!」


「知らんがな……ほら、大丈夫なら行くぞ。さっさと受付にいって、ここがちゃんとアルトラ聖国だって証明してもらわねーとな」


「流石にここまで来てそれを聞くのはどうかと思うのじゃが……まあクルトの気がすむなら好きにすればいいのじゃ」


 むくれるゴレミと呆れるローズを引き連れ、俺は探索者ギルドの通路を歩く。全体的に白で統一された感じはどことなく神聖な感じがするが、この程度で油断するわけにはいかない。


「出たな……って、おぉ、こりゃスゲーな」


「ほほぅ。随分と華美な装飾じゃのう」


「何だかあんまり探索者ギルドって感じじゃないデス」


 関係者用の細い通路を抜け、受付のある広い空間に出た俺達を出迎えたのは、今まで行った探索者ギルドとは一線を画す、何とも手の込んだ内装や装飾であった。縦に細長い溝の掘られた飾り柱とか、天井に輝くステンドグラスとか、何もかもがそれっぽい。


 ただカウンターの配置とかは普通の探索者ギルドと同じなので、ちゃんと見てみれば迷うようなこともない。物珍しい雰囲気を味わいつつもカウンターに向かうと、二〇台後半くらいの優しそうな顔つきをした女性が、俺達に対して丁寧に頭をさげて挨拶をしてきた。


「初めまして探索者様。私はこの聖都アレルの――」


「よっしゃー! ちゃんと着いてる!」


 その名前が出たことで、今度こそ間違いなく目的地に辿り着いたという事実に、俺は思わず声を上げてガッツポーズを決める。だがそんな俺の様子に、受付の女性が思い切り戸惑いの表情を浮かべた。


「あ、あの? 何か?」


「マスターはちょっと可哀想な病を患っているので、気にしないで欲しいデス」


「そうなのじゃ。挨拶を遮ってしまって申し訳ないのじゃ」


「は、はぁ……では改めまして。私はこの聖都アレルの探索者ギルドで受付業務を担当しております、シエラと申します。以後どうぞお見知りおきください」


「ウギャー! 母性溢れる年上癒やし系お姉さんデス! ゴレミとキャラが被ってるデス!」


「あの……」


「いやもう、本当に何も気にしなくてよいのじゃ。むしろ申し訳ない気持ちで一杯なのじゃ。妾は……」


 再び困惑の表情を浮かべるシエラさんに、ローズがぺこりと頭を下げる。その流れでローズが名乗ろうとしていたようだが、しかし今度はそれをシエラさんが遮る。


「ふふ、存じ上げております。ローザリア皇女殿下……いえ、皆様に倣ってローズ様とお呼びすべきですね。それにクルト様と、ゴレミ様でお間違いないですか?」


「へ!? いや、合ってますけど」


「待て待て、何故また妾達のことを知っておるのじゃ!? まさか兄様か? 大陸中の全ての探索者ギルドに、妾達の話を通しているとでも言うのか!?」


 俺よりも激しく驚くローズが、そういってシエラさんに食ってかかる。だがシエラさんは笑顔を絶やさぬまま、ゆっくりと首を横に振る。


「ローズ様の事情は把握しておりますが、別に皇太子殿下からお願いされたというわけではありません」


「では、何故じゃ!?」


「それは勿論……神の思し召しです。神は常に我等を見守り、全てをご存じですから」


「か、神!? いや、それは……」


「やめとけローズ。これ以上は突っ込んでも不毛なだけだって」


「……むぅ。まあ、そうじゃの」


 俺の言葉に、ローズが納得いかない感じながらも引き下がる。そうだ、俺だって気になるけど、ここは引き下がるしかない。何故なら……


「にしても、珍しいですね。まさか神官様がギルドの受付をやってるなんて」


 シエラと名乗った女性はギルドの制服ではなく、白くゆったりしたローブのようなものを身につけていた。流石の俺でも、これがアルトラ聖国の国教にして、大陸最大の宗教団体であるアルトラ教の神官服であることくらいは知っている。


 そういう人間が「神の思し召し」なんて言葉を口にしたら、それはもう「何も聞くな」と言われたのと同義だ。それに今までもどうしてか俺達のことは知られていたので、正直もう慣れたしな。


 故に素直に事実を受け入れ、その上でそう問うた俺の言葉に、シエラさんはニッコリと笑って頷いた。


「ええ、そうですね。確かに探索者ギルドは国家や宗教とは切り離された独立組織ですけれど、だからといって信仰の自由を否定するものではありません。それにこの国に限れば訪れる方のほとんどが同じ神を信仰する信者ですから、私のような者が受付の方が都合がいいこともあるのです」


「うむ、それは確かにそうじゃの。妾もいくつか学んだことがあるが、宗教関係は独自の決まりとかがあって、信者でない者がその全てを把握するのは難しいのじゃ。ならそもそも神官が応対するというのは実に理に適っておるのじゃ」


「お褒めいただきありがとうございます」


 うんうんと頷くローズに、シエラさんが微笑みながら頭を下げる。その雰囲気というか存在感というか、何かがリエラさんに似ているような気がしたんだが……うーん?


(あ、胸の大きさか? 確かにローブ越しでもわかるこの膨らみは、リエラさんと同じくらい――っ!?)


「イテェ!? 何すんだよ!?」


「マスター、カエラに注意されたことをもう忘れたデスか?」


「その視線は不躾すぎるのじゃ!」


「ちがっ!? そういうんじゃねーよ!」


 確かに見ていた。まあ見ていたが、決して邪な意識からではない。だが俺の臑を蹴ることに使命感を感じているであろう二人には、俺の真意などこれっぽっちも伝わらない。


 それでも何とか言い訳しようとすると、ここでシエラさんが小さく笑いながら口を開く。


「ふふ、構いませんよ。アルトラ教は性愛や欲求を頭ごなしに否定したりはしません。それらは人として自然の価値観であり、クルト様のような若い男性が興味を持つのはむしろ自然なことです。


 ただ、私のような盛りの過ぎた女が相手では、クルト様にはご満足いただけないかと思うのが心苦しいのですが」


「盛りが過ぎた? とてもそうは見えぬが……失礼を承知で問うのじゃが、シエラ殿はお幾つなのじゃ?」


「二八歳です。もうすっかりおばさんですね」


「おばさんだなんて、そんな! シエラさんは凄く綺麗で魅力的だと思いますよ! 何かこう、母性的というか、癒やされるというか……あーいや、決して母親みたいな歳とかって意味じゃなくて! そもそもうちの母さんとシエラさんじゃ比較にもならないっていうか、えっと……」


「マスター……あまりにも色々グダグダ過ぎて、どう突っ込んでいいのかゴレミにもわからないデス」


「本当にお主は、期待を裏切らぬ残念男じゃのぅ」


「な、なんだよ……?」


「でもまあ、それはそれとしてデス」


「うむ、蹴っておくのじゃ!」


「ぐはっ!? 更にイテェ!?」


 追加の臑キックが入り、俺は今回も悶絶する。こいつらは一体どれだけ俺の臑に恨みがあるというのだろうか?


「くそっ、何か前も同じような流れがなかったか?」


「そりゃそうデス。だってマスターは、前もカエラの胸を凝視してたデス」


「同じ事をされたら、同じ反応をするしかないのじゃ。むしろクルトが学習せぬからこうなるのじゃ」


「ぐぅ……」


 二対四つの呆れた目で見つめられながらそう言われたら、俺としても反論は難しい。結局俺は、この理不尽に屈するしかないのか……っ!


「それはそれとして、ゴレミも是非、マスターがオギャりたくなるようなバブみを身につけたいデス! シエラ、どうしたらいいデスか?」


「いやいやゴレミよ。これは子を持つ母にならねば無理なのではないのじゃ?」


「ばぶ、おぎゃ? えっと、私は神に仕えておりますので、未婚ですけれど……」


「それでその包容力は驚異的すぎるデス! 一体どうやって身につけたデスか?」


「どうと言われると……そうですね、教会で孤児達の面倒を見ることがあるので、それででしょうか?」


「おおー、それは何とも慈愛深い活動なのじゃ! 機会があれば妾もやってみたいのじゃ!」


「それは素晴らしい心がけです。その時は是非お声がけ下さい」


「おいおいローズ、そんな簡単に……すみませんシエラさん。いいんですか?」


「ふふふ、構いませんよ。善なる行為に立派な心構えなど必要ありません。始まりが単なる好奇心であったとしても、ただ何かをしたいと思い、一歩を踏み出すという行為そのものが尊いのですから」


「ゴレミも! ゴレミもやるデス! 時代は聖女系ゴーレムなのデス!」


「何の時代だよ、ったく……」


 俺達は探索者で、ダンジョンに潜りに来たはずなんだが……どういうわけか俺達は、何処かの孤児院で子供の相手をすることに決まってしまったらしい。いやまあ、いいけどさ。

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