三度目の旅立ち
それから三日後。いよいよ今日この町を立つということで、俺達はいつも通りにここで世話になった知り合いのところを訪ねて回っていた。といってもここでの滞在期間は本当に短かったので、それほど回るところがあるわけでもない。だからこそ挨拶を出発当日に回したわけだしな。
「あぁ? ついこの間来たと思ったら、もう別の町に行くってか!? 随分と忙しねぇなぁ」
「すみません、せっかく気にかけていただいたのに」
ということで、まず向かったのはディルク武具店。店の片隅にて旅立ちを告げる俺に、ディルクさんが呆れたような声で言う。
ちなみに、今日は普通に店主である息子さんもいたが、そちらは別の客を対応している。俺達のことは一応ディルクさんから聞いていたらしいが……まあぶっちゃけほぼ知らない人なので、そちらは軽く挨拶をした程度だ。
「別に謝るようなことじゃねぇさ。気軽に好きなところを飛び回れるのも若さの特権ってやつだ。まあ話を聞く限りじゃ、流石に兄ちゃんほど飛び回ってる奴は、俺の人生でも見たことねぇけどな! ガッハッハ!」
「ははは……」
たった一年で大陸中に散らばっている大ダンジョンを三つ回り、更に四つ目に行くような新人は、確かにいないだろう。事情を知らない奴が聞けば、何処の尾貴族様の御曹司が金と権力に物を言わせて探索者ごっこしてるんだと怒り出すくらいの内容だ。
まあ俺は当事者なので、これが様々な偶然の重なった結果に振り回されているだけだということをこれ以上ないほど理解しているわけだが。
「まあいいさ。他のダンジョンで耐熱効果がどれだけ意味があるのかは知らねぇけど、少なくとも兄ちゃんに売った防具は、三年目くらいまでなら十分過ぎるくらいの品質がある。大事に使えよ」
「はい! ちょっと前もこいつのおかげで命拾いしましたしね」
ディルクさんの言葉に、俺は大きく頷いて身につけた鎧をそっと撫でる。ディルクさんの手により新品同様に整備されたそれは、既に二度も俺を救ってくれた頼もしい相棒だ。
そしてそんな俺の態度に、ディルクさんがニヤリと笑う。
「そうかそうか。効果がわかりやすい分、どうしても武器ばっかり重視する奴が多いんだが、本当に大事なのは防具だ。殺すか殺されるかよりも、殺せなくても逃げられる方が生存率は高ぇからな。
ま、頑張れよ兄ちゃん。そっちの嬢ちゃん達もな」
「ありがとうございます、ディルクさん」
「いずれまた顔を出すのじゃ! <
「それまでディルクのオジジも元気でいるデス!」
「おうよ! 俺は死ぬまで現役だ! ガッハッハッハッハ!」
最後に豪快な笑い声をあげるディルクさんと別れると、次はハーマンさんのところへと向かう。つい先日来たばかりの家の前で、俺は扉をノックしながら声をかける。
「こんにちはー! ハーマンさん、いますかー?」
ガタガタガタガタッ!
「や、やぁ…………」
「うわぁ、ハーマンが人として限界の顔をしてるデス……」
ガタガタと音を立てて家から出てきたのは、この前会った時よりも更に酷い顔色をしたハーマンさんだ。あれから三日しか経ってないのに、何故一〇徹した時より疲労している感じなんだろうか……?
「えーっと、その……今日出発なんで、俺達が運ぶ測定器を取りに来たんですけど……」
「大丈夫、準備できてますよ。はい、どうぞ。あ、それとこっちが届け先のメモです。一緒に持っていってください」
「ど、どうも……?」
ぬるりと扉の隙間から伸びてきた手が持っていたのは、以前と変わらぬ歯車式魔力測定器と一枚の紙。俺がそれを受け取るるために手を伸ばすと、扉の隙間から伸びてきたもう一本の手がガッチリと俺の手首を掴む。
「ひえっ!? な、何ですか!?」
「ふふふ……作った。作ったんだよ。ローズさん専用の測定器を……ということだから、是非測っていってくれないかな?」
「おぉっふぅ……ローズ、どうする?」
断ると呪われそうな目つきをするハーマンさんに、俺は後ろを振り返って問う。するとローズは特に迷うこともなく小さく頷いた。
「勿論、測るのじゃ! ふふふ、結果はどうなるかのぅ?」
「では、こちらに……」
ハーマンさんに招き入れられ、新しく作ったという測定器のくぼみにローズが指を乗せる。すると三つに増えたメーターがそれぞれ違う速度で回り始め……三分後、今度はきちんと停止する。
「と、止まった……止まった! やった! やっぱり壊れてたわけじゃなかったんだ!」
「おお、凄いのじゃ! それで妾の魔力はどのくらいなのじゃ?」
「えーっと……三八四七二ですね。って、さんまんはっせん!? そんな、こんな数値あり得るのか? やっぱり僕の設計が悪かったんじゃ……」
「いやいやいやいや、そんなことないですって! この前も言いましたけど、ローズはちょっと特別というか……なあローズ?」
「そうなのじゃ! 何せ妾はオーバード帝国第二八皇女、ローザリア・スカーレットじゃからな!」
「て、帝国の皇女様!?」
「あれ、それ言っていいのか?」
「別に構わぬのじゃ。自ら喧伝するつもりはないが、隠すつもりもないしの」
平然と会話する俺とローズを前に、しかしハーマンさんが突如としてテーブルに額を打ち付ける勢いで頭を下げる。
「し、し、し、知らぬ事とは言え、と、とんだ、とんだご無礼を――」
「ああ、そういうのはいいのじゃ。ここは他国じゃし、そもそも自国でも護衛もつけられずに一人でダンジョンに潜っておったくらいじゃからな」
「そうデス! ゴレミがお尻をひっぱたけるくらいの偉さなのデス!」
「その表現はどうなんだ……? まあとにかく、そういう感じなんで気にしないでください。それじゃ、そろそろ出発の時間も近いですし、俺達もう行きますね」
「は、はい。ではよろしくお願いします…………三万八千、皇女様……うぅぅ」
言葉に出来ない複雑な表情で唸り始めたハーマンさんの様子は気になるが、もうすぐ町を出る俺達に、これ以上できることは何もない。
そのまま家を出て進み、最後に辿り着いたのは当然探索者ギルドの受付だ。今日も魅力的なカエラさんが、潤む瞳で俺を見つめて声をかけてくれる。
「出会ったばっかりなのにもう居なくなっちゃうなんて、お姉さん残念だわぁ。クルト君達とはもっと親交を深めたかったんだけど……あ、それとも最後に、少しだけふかーく、お姉さんのこと知ってみる?」
「えっ!? それってどういう……イテェ!?」
深淵の谷間を強調した胸をぷるんと震わせるカエラさんに注目すると、俺の臑におなじみの激痛が走る。
「マスターはもうちょっと学習した方がいいデス」
「そうじゃぞ。毎回毎回蹴る方の身にもなってみるのじゃ!」
「まさかの被害者目線!?」
「ふふふ、本当に仲がいいのね。そんなクルト君に最後に一つ、お姉さんがアドバイスよ。アルトラ聖国は宗教国家だから、今みたいにあんまりいやらしい目を女性に向けると、割と本気で怒られるから気をつけること。いい?」
「ははは、やだなぁカエラさん。俺はいたって真面目な人間ですから、女性にそんな邪な目は向けないですよ?」
「大丈夫デス! いざという時はゴレミがマスターの目をこう、ていっとやるデス!」
「なら妾は尻をつねり上げてやるのじゃ! これで万全じゃな」
「ぐっ、お前ら……」
「ふふっ、二人共しっかりね。それじゃ、気をつけていってらっしゃい。貴方達の探索に、大いなる発見がありますように」
最後にそう言って微笑むカエラさんに送り出され、俺達は
「……なあ、目的地は合ってるよな?」
「大丈夫デスよマスター。ゴレミ達も確認してるデス」
「そもそもさっきも聞いたではないか! リーダーなのじゃから、もっと落ち着くのじゃ」
「お、おぅ……」
同じ轍は踏むまいと、俺はちゃんと転移先のことを周囲に聞いていた。俺がソワソワしているせいで
つまり、これ以上は確認できない。賽は投げられ、俺の行く先は運命の神に委ねられたのだ。
「転移開始一〇秒前!」
「頼む神様! 俺達を聖都アレルに転送させてくれ……っ」
「マスター……何だかゴレミまで不安になってきたのデス」
「そうじゃの。ここは妾も祈っておくのじゃ」
「三……二……一……転移!」
バシュン!
俺達の祈りを乗せて、
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