失敗するのが当たり前

「おお、成功ですね!」


「へ!? え、いや、何も起きないですけど……?」


 俺が手にした「歯車の鍵」を見て嬉しそうに笑うハーマンさんに対し、俺は何とも困った感じで告げる。確かに青い光に包まれてはいるが、「歯車の剣」の時のように変形していないのに、成功とは……?


「ははは、いいんですよクルトさん。それでいいんです。だってそれは『鍵穴の形に合わせて形を変える鍵』なんですから。何もないところでは変化しないのが当然なんです。むしろここで変に反応してしまったら、それこそ失敗なんですよ」


「あー、なるほど? え、でもそれだと、本当に鍵穴に入れたときに変化するかはわからないんじゃ?」


「それはそうなんですけど、当初僕が思っていたより、その鍵は特殊なんです。それを差し込めればどんな鍵穴にも対応する変化をするんじゃなく、どうやら同じマギニウムで作られた鍵穴にしか反応しないみたいなんですよ。


 なので試すには錠を作る分のマギニウムも必要になっちゃうんですけど、いただいた分は全部使っちゃいましたから、追加でその分を買うとなると、とんでもない金額が必要で……」


「おぉぅ、そりゃあ仕方ないですね」


 ハーマンさんがそんな基本的な事を試していないはずがないとは思っていたが、予算というか材料が不足しているというのなら、そりゃ確かにどうしようもない。俺達が追加のマギニウムを持ってくれば嬉々としてチェックしてくれるだろうが、もう一回夢幻坑道の奥に突っ込むのは流石に御免だ。


「というわけなんで、後は実際にそれっぽい鍵穴を見つけたら、それを差し込んで歯車を回してみてください。あ、歯車を回してから突っ込むんじゃ駄目ですよ? 起動時に鍵穴の形状を読み取るようになってるんで」


「わかりました。じゃあそういうのを見つけたらやってみます……念のためもう一回聞くんですけど、やっぱりこれが使えそうな場所って……」


 問う俺に、ハーマンさんがもじゃもじゃヘアーに手を突っ込んで、頭を掻きながら言う。


「それなんですけどね。僕の方でちょっと気になる情報を掴みまして」


「気になる情報、ですか?」


「ええ。どうも一月くらい前に、<天に至る塔フロウライト>の一四層で新しい『試練の扉』が見つかったらしいんです」


「へー」


 <天に至る塔フロウライト>はアルトラ聖国の聖都アレルにある大ダンジョンで、空の果てまでそびえ立つ白亜の塔だ。そんな<天に至る塔フロウライト>の一番の特徴は、今ハーマンさんが口にした「試練の扉」の存在である。


「『試練の扉』は、確か<天に至る塔フロウライト>内部の仕掛けを解くと一度だけ開くことの出来る扉じゃったな? 中に入るとその者に相応しい試練を与え、それを乗り越えると新たな才能が手に入るという話じゃが……」


「そうです! で、その『試練の扉』なんですけど、何と今回のは鍵穴がついているらしいんですよ。


 まあダンジョンの仕掛けは必ずダンジョン内部で解決できるようになってますから、本来なら隠された鍵を見つけてその鍵穴に差し込み、扉を開くんでしょうけど……」


 そこで言葉を切ったハーマンさんの視線が、俺が持つ「歯車の鍵」に向かう。


「この魔鍵なら、それを無視して開けられる……!? いやいや、そんなに上手くは――」


「いかないかも知れないですね。でも上手くいくかも知れません。ダンジョンの扉の材質なんて調べようがないですが、だからこそマギニウムで作られている可能性も十分にあります。


 勿論本来その鍵を使うべき場所ではないでしょうけど……でも試してみるのも面白そうじゃないですか?」


「……………………」


 その提案に、俺は無言で思考を巡らせる。この魔鍵の本当の意味で元になった残骸は、リエラさんが倉庫から探してきてくれたものだ。ならば元々これがあったのは<底なし穴アンダーアビス>の可能性が高く、こいつで開く扉だか何だかも、おそらくは<底なし穴アンダーアビス>にあるんだろう。


 だが、なら他の鍵穴では使えないのか? と言われると……それは俺にはわからない。というかハーマンさんが「使えそう」と言うのなら、使える可能性の方が高い気がする。


「…………いや、確かに面白そうですけど、アルトラ聖国までって馬車で移動したら三ヶ月くらいかかりますよね? それだけ時間があったら、誰かが攻略しちゃうんじゃないですか?」


「確かに、普通はそうですよね。でもそれを解決する案が、一つだけあります!」


 できない理由を口にする俺に対し、しかしハーマンさんは楽しそうに笑うと、背後に詰まれた木箱の山から、「夢幻坑道発見機」の小型版みたいなものを取り出してテーブルに置く。


「これは『夢幻坑道発見機』で使った魔力の微調整技術を応用して作った、歯車式魔力測定器です。これを使うと従来よりもずっと高い精度で個人や魔導具などの魔力を測定することができるんですが……その動作確認のために、いくつかの国の知り合いにこれを送って試してもらおうと思っています。


 で、そのなかには当然アルトラ聖国も混じってますので……もしこれをアレルの知り合いに運搬する依頼を引き受けてくれるなら、クルトさん達もこれと一緒に転移門リフトポータルで移動してもらうことができるんですよ」


「えぇ……?」


 実に都合のいい……あまりに都合のよすぎる話に、俺は微妙に顔を歪める。するとそんな俺の反応を見て、ハーマンさんが苦笑しながら言葉を続けた。


「そんな顔しないでくださいよ。これ、僕にも都合がいい話なんで。何せ他の探索者さんに依頼したら、転移門リフトポータル往復分・・・の料金がかかっちゃいますから」


「往復分……ああ、そりゃそうか」


 この町で活動している探索者は、当然だが生活基盤がこの町にある。つまり他の町に行って、そこでお試し気分で軽くダンジョンに潜ったりすることはあっても、基本的にはすぐにここに戻ってくる必要があるのだ。


 だが、俺達は違う。この町にやってきたのはほんの一ヶ月くらい前なのだから、生活基盤も何もない。加えて向かう先のダンジョンに目的となるようなものがあるなら、ここに戻ってくる必要性はないのだ。


「ということで、どうですか? ああ、勿論無理にとは言いませんから、クルトさん達の都合を優先してもらって大丈夫です」


「ふーむ……」


 最後にそう念を押して問うてくるハーマンさんに、俺はしばし考えこむ。すると横からローズが不思議そうに声をかけてきた。


「何を悩んでおるのじゃ? てっきりクルトなら『やってやるか!』とか言って、すぐに受けると思ったのじゃが」


「ん? 確かに気分的にはそうなんだが……一四層ってのがな」


 <天に至る塔フロウライト>はとにかく階層が多く、魔物の強さよりも色々な仕掛けギミックが厄介なダンジョンだと話には聞いている。だがそれでも一四層という場所に、俺達の実力でたどり着けるかは甚だ疑問だ。


「何年かじっくり腰を据えりゃ、いつかはたどり着けるだろうけど……でも先行してる奴らが大量にいるなかで、俺達がそれを出し抜けるかって考えるとな」


「ははは、何を悩んでおるのかと思えば……そんなことを考えておるとは」


 胸の内を吐露する俺に、しかしローズは軽く笑いながらその口を開く。


「そんなもの、無理に決まっておるのじゃ! そもそも妾達は揃いも揃って、探索者になって一年にも満たない新人じゃぞ? できなくて当然で、できたら大もうけなのじゃ!」


「そうデスよマスター。別に誰かに先を越されたとしても、ゴレミ達には何の損もないデス。いずれそこに辿り着いた時に『そんなこともあったなぁ』と思い出話にできるくらいデス」


「…………」


 ローズとゴレミの言葉に、俺は思わず言葉を失う。


 そうか。そりゃそうだ。俺達みてーな最底辺の新人探索者が、数え切れないほどの先輩方を出し抜いて成功するのを「前提」とするなんて、間違ってるに決まってる。


「あー、悪い。どうやら夢の見過ぎで寝ぼけてたみてーだ」


 夢幻坑道の突入と、一応の勝利。身の丈に合わない成功を経験してしまったことで、どうやら俺の視野は救いようがないほど狭まっていたようだ。それを見事に覚ましてくれた仲間達に、俺はニヤリと笑みを浮かべて言う。


「だよな。失敗して当然! でもだからって、挑戦しねーのは……」


「勿体ないのじゃ!」


「あり得ないのデス!」


「てなわけなんで、ハーマンさん。その依頼お受けします!」


「そう言ってくれると思いました! よろしくお願いします、クルトさん、ゴレミさん、ローズさん!」


 ハーマンさんの差し出した手を俺がガッチリ握ると、そこにゴレミとローズも手を重ねてくる。


 ふふふ、次の目的地は白亜の巨塔! 山とは勝手が違うだろうが、登って登って登りまくってやるぜ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る