残念な記録更新

「それじゃ、完成を楽しみにしていてください!」


 そう言うハーマンさんに見送られると、俺達の慌ただしかった日々は一端幕を下ろした。その後はごく普通の探索者として、<火吹き山マウントマキア>での活動を再開する。


 オブシダンタートルを実力で倒せたことに自信がつき、俺達の活動場所は第三層となった。おかげで稼ぎもそれなりに増え、まあまあ生活も安定しそうな目処が立ってきたわけだが……


「今日もお疲れ様、クルト君。最近は随分と調子がいいみたいね?」


「あ、わかります? ちょっとこう、波に乗ってるというか……へへへ」


 その日の探索終わり。いつも通りに今日の成果を報告すると、カエラさんに褒められた。思わず照れる俺の尻に、突如として痛みが走る。


「痛っ!? 何すんだよ!?」


「マスターがデレデレしてるからデス! 鼻の下がチーズみたいに伸びてるデス!」


「そうなのじゃ! 妾達だって一緒に頑張っておるのじゃ!」


「? 何言ってんだ、当たり前じゃねーか。全員揃ってこその『トライギア』だ。感謝してるぜ?」


 ゴレミとローズがいなければ、俺なんて糞雑魚のままだ。何処のパーティにも入れず一人寂しく歯車を投げる日々を思えば、この二人には感謝しかない。が、それを伝えて頭をポンポン撫でてやると、何故か二人が変な顔をしてモジモジし始める。


「ぐ、ぐぬ。そう素直に感謝されては、妾の方が照れてしまうのじゃ」


「マスターのジゴロレベルが確実に上がっているデス! このままでは沼に沈められてしまうのデス!」


「沼……?」


 そりゃゴレミは石像なんだから、沼があったら沈むだろう。だが何故今沼……?


「あらあら、いつも通りの仲良しさんねぇ。お姉さん妬けちゃうわ。ねえクルト君、お姉さんも沼に沈めて……ううん、それともお姉さんの沼に沈んでみる?」


 首を傾げる俺の前で、カエラさんが意味深に笑いながらぎゅっと胸を抱き寄せる。その柔らかそうな沼になら、身も心も沈んでみたいところだが……っ!?


「またイテェ!? 何なんだよさっきから!?」


「マスターは本当に駄目駄目なのデス!」


「乙女心を弄ぶのはよくないのじゃ!」


「わけがわからん…………」


 さっきまで妙にニコニコしてたと思ったら、今度は頬を膨らませて俺の臑を的確に蹴ってくる二人に、俺は世の理不尽を噛みしめる。そんな俺達の有様に、カエラさんが楽しげに笑った。


「ふふふっ……あ、そうだクルト君。ハーマンさんって人から『品物が出来たから受け取りに来て欲しい』って伝言を預かってるわよ」


「ハーマンさんから? わかりました、なら明日行ってみます」


 探索終わりということで、流石に今日はもう遅い。最近お気に入りの定食屋でガッツリと飯を食い……相変わらずゴレミは見ているだけだが、楽しげな雰囲気が好きなのでそれでいいらしい……宿に戻ってぐっすりと寝る。そうして翌日ハーマンさんの家を訪ねると、そこには生きているのかを疑いたくなるレベルの青白い顔をしたハーマンさんがいた。


「やあ、いらっしゃい…………」


「ハーマンさん!? ちょっ、大丈夫ですか!? いや、絶対大丈夫じゃないですよね!?」


 体はフラフラと揺れ動き、目の下には引くほど濃い隈がある。そのくせ瞳はギラギラと輝いており、誰がどう見てもまともな状態ではない。


「いやぁ、歯車機構を作るのが面白くてね。思わず一〇徹しちゃいましたよ」


「一〇徹!?」


「一〇徹は九割くらい死んでるデスよ!?」


「寝るのじゃ! 妾達のことは気にせず、今すぐ寝るのじゃ!」


「ははは、本当に大丈夫ですって。昨日の夜はぐっすり寝たんで……あれ? 僕寝たよね? でも確か、死んだはずのお爺ちゃんがちっちゃくなってテーブルの上で歯車を回してて……」


「寝ましょう! てかゴレミ、強引でいいからハーマンさんを寝かせろ! 俺とローズは何かいい感じに体に良さそうな食料とかを調達してくるから!」


「ガッテン承知デス! えいっ!」


「ええ? そんな大げさな――」


 素早く背後に回ったゴレミが、ハーマンさんの首をきゅっと締めて落とす。


「ゴレミの柔らかな胸の感触と共に、夢の世界にご招待デス!」


「石の硬さだと思うが……まあいいや。じゃ、ちょっと様子みといてくれ。ローズ、買い出しに行こう」


「わかったのじゃ!」


 俺はゴレミにハーマンさんを任せ、そのまま町に戻って市場で適当な食材を買ってくる。それから軽く料理をしたり家の中を片付けたりしていると、四時間ほどしてハーマンさんが目を覚ました。


「……はっ!? あれ、僕は一体……!?」


「お、目が覚めたデスね。マスター! ハーマンが起きたデスー!」


「おう、今行くー! ハーマンさん、気分はどうですか?」


「クルトさん……? どうしてここに?」


「いやいや、ハーマンさんが『品物が出来た』って呼んだんじゃないですか。でもハーマンさんはお疲れだったみたいで、ふっと寝ちゃったんですよ」


「そ、そうでしたか? もっと違うというか、石の壁に押しつぶされるような感覚があったんですが……」


「むぅ、失礼デス! 乙女の柔肌を何だと――」


「一〇〇パー真実だから、それはいいだろ。あ、すみませんハーマンさん。家の中が大分ゴチャゴチャだったんで、軽く片付けさせてもらいました。勿論木箱とかをちょっと隅に寄せたくらいですけど。それと簡単な食事も用意したんで、よければ食べてみてください。ローズ?」


「うむ! 我ながら美味しくできたのじゃ! まあ煮込み料理など誰が作っても大抵はそこそこ美味しくなるんじゃがの」


「はっはっは、美味い分には問題ねーさ。ということで、どうぞハーマンさん」


「は、はぁ?」


 戸惑うハーマンさんをテーブルまで連れて行き、ローズが作ってくれた煮込み料理というか、具沢山スープを器に入れて出す。するとハーマンさんはそれを食べ、ほっと小さく息を吐いた。


「ああ、体に滋養が染み渡る……とっても美味しいです。ありがとうございます、ローズさん」


「喜んでもらえて何よりなのじゃ!」


 明らかに顔の血色の良くなるハーマンさんに、ローズもニッコリと笑顔を見せる。そのままゆっくりと食事を終えると、漸く思考が回り始めてきたのか、ハーマンさんが改めて俺に話を切り出してきた。


「ありがとうございます、クルトさん。それにゴレミさんとローズさんも。こんなに世話を焼いてもらっちゃって……」


「いいですよ別に。というか、俺の依頼で倒れられたらそっちの方が困っちゃいますし」


「ははは……それじゃ早速、品物を持ってきますね」


「ハーマン殿、無理はよくないのじゃ」


「そうデス。もっと休んでからでもいいデスよ?」


「本当にもう大丈夫ですから。ゆっくり寝ましたし、美味しい食事も食べましたし……それに完成品の説明をするだけですからね」


「まあ、そういうことなら」


 若干心配ではあったが、普通に席を立つハーマンさんを見送ると、すぐに彼が二つの品物を持ってきて、テーブルの上に置く。


「まずはこっち。お預かりしていた『歯車の剣』です。一度分解しちゃいましたけど、ディルクさんにも協力してもらって、ちゃんと元に戻ってるはずです。確認してみてください」


「わかりました。じゃあちょっと失礼して……」


 俺はテーブルの上からそれを手に取ると、人のいない方向に向けて鞘から刀身を抜き、歯車を回す。すると剣は以前と同じように薄く青い光に包まれ、刀身が大きく変形した。


「確かに、元と同じだと思います」


「ならよかったです。では次、こっちが本命ですが……」


 そう言って、ハーマンさんがテーブルに乗せられたもう一本の剣……いや、鍵を見る。今俺が持っている「歯車の剣」とよく似た作りのそれは、しかしちゃんと見れば幾つか違いがある。


 柄の部分は、ほぼ同じ。だが刀身のところは刃にはなっておらず、単なる円柱の鉄の棒だ。俺は「歯車の剣」を置いてから「歯車の鍵」の方を手に取ると、柄に開いている小さな穴に手の中で生みだした歯車を嵌め、回す。すると刀身……いや、鍵身? の部分が淡い青の光に包まれ……


「……あれ?」


 しかし何も起きなかった。

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