ただお前であればいい

「何だこりゃ、ブラックタートル!? いやでも……」


「明らかにでかいのじゃ! それに甲羅も黒いのじゃ!」


 突然現れた魔物に、俺とローズは驚きながらも相手を観察する。確かに見た目はほぼブラックタートルなのだが、まずその体がでかい。おそらく通常のものより二回りは大きいだろう。


 加えて大きく違うのが、その甲羅だ。通常のブラックタートルは岩のような感じだが、こいつの甲羅はさっきまでゴレミが砕きまくっていた黒い石と同じものになっている。


「一体何がどうなってんだ? おい、二人共下がれ! できるだけ壁際に!」


 俺は小声でそう言いながら、ゴレミとローズを引っ張って壁際に寄る。謎のブラックタートル風の魔物はジッとこちらを見ているが、今のところ襲ってくる様子はない。


「襲われるかと思ったけど、そうでもねーのか?」


「おそらくじゃが、その辺は普通のブラックタートルと同じなのではないか? あれももっと近づくか、触れたり攻撃せねば積極的には襲ってこなかったのじゃ」


「ああ、そういうことか。ならまあ、ひとまずしばらくは大丈夫そうだが……」


 ローズの指摘に、俺は少しだけ安心しながらも周囲を窺う。だがどれだけ見回しても、周囲の壁に出入り口は存在していない。


(通路が消えて、魔物が出てきた……つまりこいつを倒さねーと出られねーってことか? そういう仕掛けがあるダンジョンもあるって話は聞いてるけど、夢幻坑道がそうだなんて聞いてねーんだが……ん?)


「おい、ゴレミ? どうした?」


 と、そこで、いつもなら真っ先に騒ぎ出すはずのゴレミが、鉱石の詰まった籠を壁際に下ろした後、黙ったまま俯いていることに気づいた。俺が声をかけると、ゴレミが不安げな表情で俺を見てくる。


「あの、マスター……多分デスけど、今がどんな状況かわかったデス」


「? どういうことだ?」


 思わず眉根を寄せる俺に、ゴレミがおずおずと語り始める。


「本来の夢幻坑道は、さっきの一本道のところまでだったと思うのデス。でもゴレミ達は魔導具で無理矢理に道を繋いで入ってきちゃったデス。なので夢幻坑道内に配置されているはずの鉱石がまだなくて、本来ならば閉じているはずの行き止まりが開いていて……この『夢幻坑道に配置する鉱石を生産する場所』まで入ることができちゃったのデス。


 なのでゴレミ達は挑戦者チャレンジャーではなく侵入者イントルーダーと判定されて、防犯用のシステムが起動した感じデス」


「あー……つまりどういうことだ?」


「えーっと……準備中のお店に扉の鍵をこじ開けて入ったら、店内にはまだ品物が陳列されてなくて、代わりに倉庫に繋がる扉が開けっぱなしになってたデス。なのでゴレミ達は無断で倉庫に入り込んで、そこにしまってある商品を勝手に持ち出そうとしたら、お店の人に見つかって警備員を呼ばれたって感じデス」


「おぉぅ、そういうことか……なるほど、そりゃ怒られるわ」


「待て待て! 何故ゴレミにそんなことがわかるのじゃ? というか、わかっていたならどうして最初から指摘しなかったのじゃ!?」


 と、俺がゴレミのわかりやすい説明に納得していると、その隣からローズが勢い込んで言葉を投げかける。するとゴレミは更に申し訳なさそうに肩を縮めて、下を向いたまま話を続けた。


「……ごめんなさいデス。ゴレミは<底なし穴アンダーアビス>のゴーレムなので、他のダンジョンの細かい仕様まではわからないのデス。


 あと、ゴレミの知識には色々と制限がかかってるのデス。言えないとか言わないというよりは、『知っていることを忘れている』という感じで、ふとしたきっかけで知識が戻ることはあっても、必要そうな情報を能動的に集めるおもいだすことはできないのデス。


 だから、今の説明もあくまでも推論なのデス。正規の手続きを経た状態でダンジョンコアと繋がっていればもうちょっと色々わかるデスけど、今のゴレミはイレギュラーでイリーガルなパンク系ゴーレムなので、制限が緩くなってる反面、ダンジョンから情報を引き出したり、制御したりはできないのデス。だから――っ」


 しょんぼりと肩を落とし、なおも言い募ろうとするゴレミの体を、俺はそっと抱きしめる。単なる石塊でしかないはずのその体は、相変わらずほんのりと温かい。


「マスター?」


「いいんだゴレミ。お前が負い目を感じることなんて何もない。何ができるとかできねーとか、知ってるとか知らねーとか、そんなことどうでもいいんだよ」


 俺はゴレミを体から離すと、ニッと笑ってその顔を見る。


「お前は俺の……俺達の大事な仲間だ。それで十分だろ?」


「……そうじゃな。驚いて取り乱してしもうたが、妾とてゴレミを責めるつもりなどなかったのじゃ。悪かったのじゃゴレミ。正式に謝罪するのじゃ」


「マスター……それにローズ…………ゴレミはきっと、世界一幸せなゴーレムだと思うデス!」


 涙を流すことなどできないゴレミが、しかし泣き顔を笑顔に変える。そんなゴレミの頭を軽く撫でてから、俺は改めてブラックタートルもどきの方に視線を向けた。


「ははは、そりゃ大げさだな。なら世界ランクを維持するためにも、ここは何とか切り抜けたいところだが……」


 気味が悪いほどまっすぐに俺達を見つめ続ける敵は、しかし未だに動かない。動き出すのに何か条件があるのか? それは距離か時間か接触か……知りたいことは色々あるが、まずはもっと根本的なところからだ。


「なあゴレミ、わかってる限りでいいから、あいつの事とか、これからどうするのがいいのか教えてくれ」


「了解デス! まず目の前にいるあのでか亀は、ブラックタートルのレア魔物だと思うデス。名前的には、多分オブシダンタートルとかになると思うデス」


黒曜石オブシダンか、言い得て妙じゃの。ならあの甲羅は硬いが脆いということなのじゃ?」


「そうデスね。ただ脆いと言っても、ちょっと小突いたら砕けるとかじゃないデス。それと重要なのは、多分普通のブラックタートルより属性の影響が凄く強いはずデス」


「む、そうか。ってことは、俺の歯車は……」


「絶対駄目デス! この広間ごと吹き飛ぶデス!」


「おぉぅ、そいつぁ怖いな」


 対ブラックタートルにおいて、俺の<歯車>は究極の切り札である。全部吹っ飛ばすので魔石の回収もできねーが、代わりに歯車を投げつけるだけで倒せるのだから、「ただ倒す」だけならこれ以上の札はない。


 が、それはあくまで爆発から逃げ切れることが前提だ。この広間はおそらく直径一〇〇メートルくらいの広さがあるだろうが、それでも閉鎖空間には違いない。レア魔物だというオブシダンタートルの爆発規模が想定することすらできねーなら、俺の歯車は死なば諸共の自爆手段以外では使えないだろう。


「というかゴレミよ。そもそもあれを倒せば通路は再び現れるのじゃ? 侵入者を排除するというのなら、そんな仕掛けにするとは思えぬのじゃが」


「勿論、普通は倒したって通路が出てきたりはしないデスが……そこはゴレミの出番デス! オブシダンタートルの魔石を手に入れられれば、そこから警備システムに接続して、ちょっとだけなら通路の再接続ができると思うデス!」


「おおー! 何だよゴレミ、お前スゲーじゃねーか!」


「フフーン! ゴレミはいつだってスーパーなのデス! 夕方になるとタイムセールが始まるのデス!」


「むぅ、相変わらずゴレミの言うことは、時々難解で訳がわからぬのじゃ」


「ははは、そこは気にしたら負けだ。それにやることが明確になったしな」


 難しい顔をするローズの肩を、俺は笑いながらポンと叩く。


 ついさっきまで、俺達は初めて来た場所に閉じ込められ、未知の敵を前に何をしていいのかすらわからなかった。


 だが今、俺達は何故こんなことになったのかも、目の前の敵の名前も知り、そいつを倒せば生還できるという希望すら得た。大事な仲間のおかげでこれだけのお膳立てが整ったとなれば、奮い立たないはずがない。


「ゴレミのおかげで道が見えた。ならあとは突き進むだけ……さあ、アイツをぶっ倒して、大金背負って凱旋だ!」


「わかったのじゃ!」


「ゴレミにお任せデス!」


 闘志も新たに、俺は目の前の魔物相手に武器を構える。大脱出に向けての勝負の始まりだ。

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