夢幻坑道
「これが『夢幻坑道』の中か……何て言うか、普通だな? いや、他の坑道なんて知らねーけど」
斜面に開いた横穴。緩やかに降る坑道の中を見回しながら、俺はふとそんな感想を口走る。でかいミミズでも通ったかのように太く丸く削られた一本道の坑道は人の手による補強が為されており、等間隔で照明も配置されている。それは俺が「坑道」と言われて思いつくイメージそのままだ。
もっとも、それが本当に人によって作られたかと言われれば、甚だ疑問が残る。坑道内部は照明の位置に関係なく全体的に明るいので、あれもおそらく飾りというか、雰囲気だけの存在なんだろう。まあダンジョンだしな。
「で、これ何処に鉱石があるんだ? まさかその辺を適当に掘れってことじゃねーよな?」
「それは流石にないと思うが……少なくとも奥に道が続いておるのじゃから、まずは突き当たりまで行ってみるべきではないかの?」
「そうデスね。試しに掘ってみることもできるデスけど、ダンジョンの壁デスから、多分一発でツルハシが駄目になると思うデス」
「おぉぅ、そりゃ怖い。じゃ、まずは大人しく奥までいくか」
言うまでもないことだが、ダンジョンの壁は糞固い。伝説の武器みたいのなら壊せるのかも知れねーけど、少なくとも市販のツルハシでは傷一つつけられないどころか、一発で先端が駄目になることだろう。
手持ちはゴレミが持っている一本しかないのに、好奇心でそれを無駄にするのはあまりに頭が悪すぎる。なので俺は軽く肩をすくめてから、そのまま何もせず奥へと進んでいった。
そうして分岐もなく魔物も出現しない坑道を、ただまっすぐに歩き続けること一〇分。遂に辿り着いた終着点は……俺の予想を大きく超えた場所だった。
「うぉぉぉぉ!? こいつぁ……」
「凄いのじゃ……」
ドームのように削られた広大な空間。天井中央部には丸い穴が開いており、そこからは眩しいほどの光が漏れている。更に外側の壁には黒く輝く水晶のようなものが無数に生えており、天井からの光を受けてキラキラと輝いている。
「夢幻坑道……なるほど、確かにこいつは夢か幻かって思うよなぁ。てか、あの黒いのは何なんだ? まさかこれが鉱石……なのか?」
「ぱっと見の印象は黒曜石に近いかの? のうゴレミよ、これにカツンとツルハシを食らわしてやるのじゃ!」
「ガッテン承知デス!」
ローズの頼みに、ゴレミが背負い籠から取り出したツルハシを、謎の黒い石に振り下ろす。するとカシャンという小気味よい音が響いて鉱石が砕け、そこからごろりと拳大の石の塊が転げ落ちた。
「おぉ? え、ひょっとしてこれが鉱石なのか?」
「流れを考えれば、そうなのじゃろうな。これは鉄……か? そっちは銅っぽいのじゃ」
「しかもこれ、ただの鉱石じゃないデス。純度がもの凄く高いデス」
「え、そうなのか?」
「そうなのデス。普通の鉱石というのは、こんなにわかりやすい金属の色はしてないのデス。これは鉱石というより、精錬した後のインゴットを石のような形にしたものって感じなのデス」
「へー。そりゃスゲーな」
拾い上げた石を手に、俺は素直な感想を漏らす。だがそんな俺に、ゴレミが呆れたような声をかけてくる。
「マスター、本当にわかってるデス? 普通の鉱石は多くても掘った量の半分くらいしか金属にはならないデス。それにこんな風に単一の金属だけが固まって石になってるわけでもないし、そもそもこんな大きさで採掘されたりもしないのデス!」
「お、おぅ、そうか」
ゴレミの勢いに押されて、俺は若干引き気味になりつつそう返事をしてから、改めて手の中の鉱石を眺める。とは言え俺が普段目にするのは加工された後の金属でしかねーから、今ひとつその凄さがピンとこねーんだが……
「はぁ……ならマスター、想像してみるデス。それが鉄とか銅とかじゃなくて、銀や金だったらどうデス?」
「うん? 金だったら…………っ!?」
そう言われて再び手の中に視線を落とし、俺は改めて目を見開く。確かに拳大の鉄の塊なんて、多分剣一本にもならねー量だろう。となればその価値はたかが知れてるが……これが金塊であったなら話は変わる。拳大の金塊となれば、一体どれだけの値がつくだろうか?
「おいおいおいおい、ヤバくねーか!? 何だよここ、お宝の山か!?」
「だから最初からそう言ってるデス! 夢幻坑道を見つけたら大富豪になれるって話は伊達じゃないのデス!」
「そ、そうか! よしゴレミ、掘りまくるぞ! んで何か高そうな金属を片っ端から持っていこうぜ!」
「ふふふ、了解デス! じゃあバカバカいっちゃうデス!」
張り切ってゴレミがツルハシを振るうなか、俺とローズは足下に転がる鉱石を拾い集めて選別していく。一応全種類を三つくらいずつ籠に入れたあとは、できるだけ金色っぽいものを選ぶ感じだ。
「うほほっ! 金、金、金! これ全部金とか、一生遊んで暮らせるんじゃねーか?」
「クルトよ、そっちにも転がってるのじゃ!」
「まだまだ行くデスよー!」
カシャンカシャンと音が響くなか、ただひたすらの肉体労働。だが顔からは自然に笑みが零れ、腰を曲げ続けての作業も気にならない。ああ、まさしくこれは夢幻坑道。人類の夢が詰まってる……ん?
「あれ? 何だあの変な鉱石」
何百もの鉱石が転がり、何十もの鉱石を拾い集めてきたなかで、不意に目の前に見たことのない金属の鉱石が転がってくる。薄い青緑色をしたそれは、俺が今まで見たことのないものだ。
「これも何かの鉱石ってか、金属なのか? なあローズ、こんな色の金属なんてあるのか?」
「うん? これは…………何じゃろうな? 妾も見たことがないのじゃ」
「ローズも知らない金属か……マジで何だろうな?」
「マスター、ひょっとしてそれがハーマンの言ってたマギニウムとかいうやつじゃないデス?」
「ああ、そういうことか!」
ゴレミの指摘に、俺はハーマンさんの話を思い出す。確かにマギニウムとか言う金属は夢幻坑道で採れると言っていたし、俺はその金属にこれっぽっちも心当たりがなかった。
つまり俺が見たことのないもので、ここで採れたもの……うむ、確かにこれがマギニウムである可能性は高い。
「よし、じゃあこれは別枠ってことで、俺が持っとく。後は……いや、そろそろ引き上げるか」
「もういいデス? 多分もうちょっとくらいなら入るデスよ?」
「いや、帰りの移動だってあるからな。ゴレミが動けねーと話にならねーし、ならそのくらいが事実上の限界だろ」
夢中になっていてつい忘れていたが、ここはあくまでも<
となれば、本当に限界ギリギリまで運ぶのは難しい。欲張りすぎて下山中に死ぬなんて間抜けは晒したくないので、ほどほどにしとくのがいいだろう。
「んじゃ、戦利品もたっぷり手に入ったし、ハーマンさんに最高の報告をしに戻ろうぜ!」
「ふふふ、ハーマン殿の驚く顔が目に浮かぶのじゃ!」
「むしろあの頭が、ボカーンと爆発しそうなのデス!」
「ぶほっ!? ゴレミ、それは卑怯だろ……っ」
ゴレミの言葉に、俺は驚きでハーマンさんのもじゃもじゃ頭が爆発する姿を想像してしまい、思わず吹き出してしまう。だ、駄目だ。何か妙にツボにはまってしまった……っ!
「くっ、くふっ! 頭が、頭がボカーン……っ!」
「クルトの笑いのツボは、妙なところにあるのぅ」
「爆発ついでに、バネみたいな感じの髪がビヨンビヨン飛び出してくるとかはどうデス?」
「ぐっふぉっ!? おま、マジでいい加減にしろよ!? んふふふふ……」
ジェスチャーまで入れてふざけるゴレミの頭をひっぱたきつつ、俺は引きつる腹を押さえながら大広間を出て行こうとしたのだが……
「えっ!?」
「通路が消えたのじゃ!?」
俺達の目の前から、さっきまであった通路が突如として消える。慌てて手を触れてみるも、そこには他と同じく土壁の感触しかない。それに加えて広間のなかにけたたましい音が響き始める。
ビーッ! ビーッ!
『第三資源精製炉にて、不正な持ち出しの反応がありました。対象のスキャン開始……人間二人、および不正な登録コードを持つゴーレムの存在を確認。対象を排除するため、最低濃度で「くらやみのしずく」を投下します』
「な、何だ!? 何が起きたってんだよ!?」
「クルト、あれを見るのじゃ!」
いきなり聞こえてきた訳のわからない声に混乱していると、ローズがそう叫んで天井を指差す。慌てて俺もそちらに目を向けると、眩く輝いていた天井の円い穴から、この世の闇を凝縮したような黒い雫が滲み出て……それがぽたりと床に落ちた瞬間、膨れ上がった闇が急速に形を成していく。
「クァァァァァァァァ!」
雄叫びと共にその身に纏う闇が払われ、そこに姿を現したのは、何とも見覚えのあるでかい亀の魔物であった。
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