オブシダンタートル
「さーて、それじゃ具体的な戦い方だが――っ!?」
「クァァァァ!!!」
勢いよく啖呵を切ったものの、勝つ算段はまだこれから。改めて相談しようとしたところで、広間にオブシダンタートルの鳴き声が響き渡る。それと同時にオブシダンタートルの巨体がゆっくりと動き始め……どうやら猶予時間は終わりのようだ。
「チッ! ゴレミ、ローズを頼む! 俺と反対に走れ!」
「わかったデス! ローズ、ちょっと持ち上げるデス!」
「くぅ、情けないが頼むのじゃ!」
悔しげな声をあげるローズをゴレミが抱え上げると、俺とゴレミは反対方向に走り始める。並の相手ならゴレミが正面から攻撃を受けて防いでいる間に……とできるのだが、以前に戦った通常のブラックタートルすら、ゴレミの腕にヒビを入れられるくらい力が強かった。
となると、そのレア種であるオブシダンタートルは、下手をしたらゴレミの腕どころか体だって噛み砕いてしまうかも知れない。となればここは逃げの一択だ。
「ほらほらデカ亀! 美少女二人はこっちデスー!」
「ちょっ!? 何故妾の尻を叩くのじゃ!? 痛いのじゃ! 恥ずかしいのじゃ!」
「クァァー!」
肩に担いだローズの尻を叩いて挑発するゴレミに、幸か不幸かオブシダンタートルが顔を向ける。なら俺のやるべき事は奇襲だ。前回は一発で勝負を決めようと首を狙って失敗したが……
「今度は、こっちだっ!」
「クアッ!?」
欲張って同じ鉄を踏む気はない。まずは少しでも敵の機動力を削るべく、俺はオブシダンタートルの左後ろ足を斬りつける。すると鍛え上げられた鋼の剣は、オブシダンタートルの分厚い皮を切り裂き、その下に赤い筋を入れることに成功した。
「クァァァァ!」
ズダン!
「うぉっ!? くそ、やっぱり浅いか!」
俺の体よりも太い足を踏みならされ、その衝撃で弾き飛ばされるようにオブシダンタートルから距離を開ける。一応傷は作ったが、致命傷にはほど遠い。いくら剣が良くなったとはいえ、俺の剣術の腕はへっぽこなままなので、浅いかすり傷をつけるのが精々だったのだ。
だが、それでいい。
「オラオラ、どんどん行くぜ!」
「クァァァァ!」
足の下をちょろちょろと走り回り、足と尻尾に少しずつ傷を刻んでいく。なまじ大した傷じゃないだけにオブシダンタートルは甲羅に引きこもることもなく足を踏みならし、尻尾を振り回して抵抗するが、俺はそれをギリギリで回避できている。というのも――
「おっと、ゴレミを無視はさせないのデス!」
「クァァ!?」
長い首をこちらに伸ばし、オブシダンタートルが意識を俺に向ける度、ゴレミがその拳を前足や曲げた首に叩き込んでいるからだ。前と後ろ、両方からチクチクと攻撃され、オブシダンタートルの苛立ちが増していくのを感じる。
だが、その苛立ちこそ命取り。この巨体なら雑に暴れるだけでも大変な脅威ではあるが、深く踏み込まず嫌がらせを続けるだけでいい俺達からすれば、距離を大きめにとればかわせる程度の攻撃に成り果てる。
そうしてしばらく戦い続け……よし、そろそろ頃合いだな。
「ハハッ、そうだよな? 大したダメージはねーにしても、うざったいよなぁ? ならもうちょっと刺激をプレゼントしてやるよ! ローズ、準備はいいか?」
「オッケーなのじゃ!」
三人のなかで唯一何もしていない、何もできない小さな娘を、オブシダンタートルはとっくに完全無視していた。だからこそローズが大回りして俺に触れ、遠くに離れながら俺との間に火の膜を張っていたことに気づかない……いや、気にしていなかった。
「うぉぉぉぉ! 全力疾走なのじゃー!」
雄叫びを上げながら、ローズが走る。たっぷり時間をかけて魔力を込めた火の膜は通常よりも粘度が高く、オブシダンタートルの体を通り過ぎる際に、ねっとりとその表面に纏わり付いていく。
「クァァァァァァァァ!?!?!?」
ちょっと痛い程度だった傷が突然強い痛みを生じさせ始め、オブシダンタートルが驚愕の悲鳴を上げた。慌てて首や手足を引っ込めて完全防御形態に入ると、それと同時にローズの魔法に触れた甲羅、それを覆う黒い石が透き通った赤に染まっていく。
「おお、コリャ壮観だ。だが残念! 悠々自適の引きこもりライフは秒で終わりだ!」
俺はニヤリと笑うと、俺に触れた時にローズが置いていったカエル風船を取り出し、オブシダンタートルに投げつける。それと同時にローズとゴレミもカエル風船を投げつけ、動かないオブシダンタートルがあっという間にびしょ濡れになった。
ジュワァァァァァァァ!
「クァァァァァァァァ!!!」
猛烈な勢いで湯気をあげながら、真っ赤に染まっていたオブシダンタートルの甲羅がくすんだ黒に変わっていく。それに驚いたオブシダンタートルが今度は慌てて顔を出し、キョロキョロと当たりを見回し……ボカンッ!
「クァァ!?」
「ハッハー! 命中! どうだ、俺の歯車ボンバーの味は?」
「クァァァァ!!!」
おそらく大したダメージは与えられていない。だが眼前で起きた爆発に、オブシダンタートルが雄叫びをあげながら俺の方に突っ込んでくる。痛みで多少鈍っているとはいえ、巨体の割に高速のタックルは回避不能にて必殺の一撃。
しかし俺は慌てない。怒り狂ったオブシダンタートルと違って、冷静な俺の視界には頼もしい仲間の姿が今もちゃんと映っている。
「爆ぜるのじゃ! ファイヤーボール!」
ドカーン!
ローズの詠唱と共に、俺の歯車ボンバーとは比較にならない大爆発が起きる。だがそれが吹き飛ばしたのはオブシダンタートルでも、ましてやローズ自身でもない。華麗に宙を舞うのは、ミニスカートを翻す石娘。
「ロケットゴレミパーンチ!」
ガシャァァァァァァン!
「クァァァァァァァァ!?!?!?」
天井付近まで飛翔したゴレミが、両手を突き出しながらオブシダンタートルの甲羅の上に落下する。するとまるでガラスが割れた時のようなけたたましい音と共に、オブシダンタートルの分厚い甲羅が見事に砕け散った。
「ふふふ、随分と見窄ら……あ、あれ?」
俺はてっきり、甲羅の中には痩せたトカゲみたいな体が入っているものだと思っていた。が、実際には砕けた甲羅の隙間からは大量の血が流れ、内蔵らしきものが零れ出たりもしている。
端的に言って、瀕死だ。息も絶え絶えでそれでもジタバタと手足を動かすオブシダンタートルを前に、まずはローズが側にやってきて……次いで血と臓腑の海をかき分け、ゴレミがこっちにやってくる。
「うぅぅ、酷い目に遭ったのデス……多い日よりもスプラッタなのデス……」
「お疲れさん、ゴレミ。大丈夫か?」
「ありがとうデス、マスター……でも、何でちょっと離れてるデス?」
「いやほら、それは……あれだよ。大分生臭いって言うか……」
「ガーン! 乙女に臭いとか言ったら駄目なのデス! ゴーレムハートブレイカーなのデス! ローズと二人で泣きながら踊るのデス!」
「何で二人で踊るんだよ? はは、冗談だって。よくやったな。ほら、拭いてやるからこっち来い」
怒った顔でポカポカ叩いてくるゴレミに、俺は笑いながらその顔を拭ってやる。うーん、こんなことならカエル風船を一つ残しておけばよかったな……まあケチって冷却が足りないなんてなったらアホ過ぎるから、あくまでも結果論でしかないが。
「のうクルトよ。敵とは言え、この状態を長引かせるのは哀れなのじゃ。トドメを刺してやった方がよいのではないか?」
と、そうして俺がゴレミの血糊を落としてやっている隣から、ローズがそう声をかけてくる。その視線の先にあるのは、当然オブシダンタートルだ。放っておいても一〇分もせずに死にそうだが、時々ビクッと震える度に首や手足が動くので、地味に危ない。攻撃の意思なんてなくたって、あれに潰されたら俺なんて一発でぺっちゃんこだからな。
「あー、そうだな。つっても、まだ暴れてるから下手に近づけねーし、かといって俺の歯車ボンバーじゃ、一撃で仕留めるような威力は出せねーしなぁ」
「ふむ……ならばクルトよ。実はちょっと試してみたいことがあるんじゃが……」
そう切り出してきたローズの話を聞き、俺は改めて歯車ボンバーを作り出し、ローズに渡す。するとローズは何やら力を込め始め……やがて歯車ボンバーの内側に、赤い光の球が浮かび上がった。
「おお! どうじゃクルト! ちょっと小さいが、妾のファイヤーボールが歯車のなかに収まったのじゃ! フレアスクリーンが纏わり付くならいけると思ったのじゃ!」
「おお、スゲーな……で、これどうすりゃいいんだ?」
「勿論、投げるのじゃ! 妾の魔法は妾には飛ばせぬが、この状態であれば投げて使えるのじゃ!」
「へー……じゃあ、まあ、試しに。食らえ! あー……バースト歯車ボンバー!」
ローズが期待に満ちた目を向けてくるなか、俺は中央に赤い光の球が浮かんだ状態の歯車ボンバーを投げ、魔力を送る。すると中央の光の球が眩く輝き、それを囲む歯車がドクドクと脈打つような錯覚を覚える。
「あの、マスター? ゴレミはもの凄く嫌な予感がするデス!」
「奇遇だな、俺もだ」
「ひょっとして、これやったら駄目なやつじゃったかの? クルト、これ今から停止とかは……」
「無理に決まってんだろ! 全員伏せろ!」
せめてもの抵抗で魔力は止めてみたが、既に
ドッカァァァァァン!!!
「「「うひゃぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」」」
天地を揺るがす大爆発に、俺達は揃って情けない声をあげるのだった。
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