衝撃の気づき

 そうして依頼を受けた翌日。俺達は借り受けた『夢幻坑道発見機』を手に、<火吹き山マウントマキア>の第一層にいた。ダンジョンに入って少し歩くと、俺は周囲の安全を確認してから、昨日の練習通りに魔導具を操作していく。


「えっと、まずはここのつまみを動かして数値を検出して…………」


「マスター、それだと行きすぎてるデス」


「ああっ!? くそ、ダンジョン内だとこんなに数値が揺らぐのか」


 発見機の調整は、控えめにいって糞面倒だった。練習の時と違い、ダンジョン内の魔力は常に揺らいでいる。それを見越してつまみを動かしたり歯車を回したりして、表示されている数字を規定の範囲内に収めないといけないのだが、これがまた実に根気のいる作業で、俺は目をシパシパさせながら何とかやり遂げる。


「お、終わった……なあこれ、どのくらいかかったんだ?」


「えーっと、多分三〇分くらいデスね」


「そんなにかよ!? しかもこれ、一回ダンジョンから出たらまたやり直しなんだろ? くっそ面倒くさくねーか?」


「ゴレミもそう思うデスけど、試作機にユーザビリティなんてあるわけないのデス。そもそも実際に使えるかどうかすらわからない段階で、使い勝手なんて追求してるはずがないのデス」


「そうじゃな。というか、そういうのを報告するのも依頼に含まれておるのではないか? それにたかだか三〇分程度・・・・・・・・・の手間で夢幻坑道が見つけられるなら、誰だってやるじゃろ」


「あー……まあ、そうだな」


 言われてみれば、確かに「ここはこうして欲しい」みたいな要望を伝えるのも、魔導具の使用試験としては当たり前のことだ。あとこの糞面倒くさい初期設定も、それだけで何百万とか何千万なんて収入を得られる可能性が飛躍的に上がるとなれば、そりゃやるよな。


 というか、俺もやる。面倒だと文句は言ったが、やらないという選択肢の方があり得ない。


「マスターの発言内容はゴレミがバッチリ覚えておくデスから、マスターはその調子で普通に使って、思った事や感じたことを、いいことも悪いことも気にせずガンガン口にして欲しいデス」


「そっか、助かる。じゃ、そういうことで、早速第一層の散歩と行くか! あ、カエル風船は基本温存だ。いくら調査がメインって言っても、一匹に毎回カエル風船使ってたら、全然稼ぎにならねーしな」


「了解デス!」


「わかったのじゃ!」


 二人の了承を得て、俺は発見機を手に斜面を横方向に歩き始めた。ちなみにゴレミの背には本当に夢幻坑道が見つかった時用に大きめの背負いかごとツルハシが一本背負われており、カエル風船はローズが身につけている。


 あ、勿論足ではなく、専用の腰ベルトに取り付けて、だ。激しく動くと割れてびしょ濡れになるリスクはあるのだが、今回はやむを得ない措置としてそうした。他に誰も持てねーしな。


 ということで、あとは発見機の反応を待つだけ。俺達は時々現れるフレアリザードを狩りつつ、ひたすらに第一層の斜面を横移動し続けたわけだが……


「……見つかんねーな」


 調査開始から五日め。発見機には未だ何の反応もなかった。何となくじれる俺に、ローズが横から声をかけてくる。


「焦っても仕方ないのじゃ。ハーマン殿もそうそう見つかりはせぬと言ってじゃろう?」


「まあ、そうなんだけどさ」


 現在の発見機は、あくまでも「もうすぐ夢幻坑道が出現しそうな場所」を特定し、その「もうすぐ」を「今すぐ」に変えることしかできない。ゆくゆくは「もうすぐ」の範囲を広げたり、誰でも使えるようにしたいということだったが、それはもっとデータが集まってからの話だ。


 では現在の「もうすぐ」がどのくらいの範囲かというと……実はハーマンさんにもわからないらしい。それを調べるには反応があった場所に陣取り、何もしなかった場合どのくらいで夢幻坑道が出現するかを調査しなければならないが、それこそまずはこの発見機で夢幻坑道を出現させることができてからの話なのだ。


「でもさ。こんだけ反応がねーと、単に近くにもうすぐ出る夢幻坑道がねーのか、それとも発見機がちゃんと動いてねーのかがわかんねーっていうか……」


「ゴレミ達が通り過ぎた後に夢幻坑道が出現したとしても、『もうすぐ』の範囲がそこまで含まれてなかったのか、それとも発見機が機能していなかったのかの切り分けもできないデスからね」


「最低でも一度稼働してくれれば、その辺もわかるんじゃがな。じゃがそういうのを調べることもまた依頼じゃろ。仕事とはそういうものなのじゃ」


「ははは、そうだな」


 一二歳の子供に「仕事とは」を語られ、俺は思わず苦笑してしまう。まあ確かに仕事ってのは地味なもんだ。それにこうしている時間だって、決して無駄ってわけじゃない。


「あっ、また失敗か……」


「マスター、ちょっと前から思ってたデスけど、それは何をやってるデス?」


 時々発見機を見つつ、手の中で二つの歯車を組み合わせて実験をしていた俺に、不意のゴレミが声をかけてくる。


「ん? ああ、これか? 実はちょっと、新技を特訓中でな」


「新技? てっきり暇つぶしに遊んでおるのかと思っておったが、違うのじゃ?」


「当たり前だろ! ほら、ハーマンさんが『ブラックタートルが爆発したのは、歯車の力を得たのに回転させられなかったからだ』って言ってただろ?


 で、思ったんだよ。なら俺の歯車も、回そうとしてるのに回らない状態にしてやれば、爆発するんじゃねーかなって」


「ば、爆発!? それは大丈夫なのじゃ!?」


 爆発と聞いて、あの日の大爆発を思い出したんだろう。心配そうな声を出すローズに、俺は笑って答える。


「ははは、平気だって。あれはブラックタートルの甲羅があんなに馬鹿でかかったから大爆発になったんであって、手のひらに収まるような小さな歯車ならそんなにはならねーだろ。


 てか、なったらなったでスゲーけどな。俺が想像してるよりずっと強力な武器になるわけだし」


「確かに、マスターがスプラッシュした歯車が爆発したら、いい感じの投擲武器になると思うデス!」


「だろ? リエラさん直伝の『歯車投擲術』に、更なる技が加わるわけだよ! ってことでやってんだけど、これが難しくてさ」


 言いながら、俺は手のひらで回る二つの歯車に意識を向ける。形的には歯車バイトと同じだが、今回はそれぞれの歯車を逆方向に回すように意識している。


「両方の歯車に完全に同じ力を注いで逆回転させりゃいいと思うんだが、ちょっとでも気を抜くとすぐどっちかが強くなって回り出しちまうんだよ」


「それは難しそうじゃのぅ」


「ハーマンが言ってた、沢山の歯車を組み合わせて負荷を調整するってやつじゃ駄目なんデスか?」


「そりゃ無理だ。そんな複雑な計算、俺にはできねーよ」


 確か歯車を無数に組み合わせることで、力の幅を調整しやすくする……とかなんとかの話は聞いたが、同じ事が俺に出来るとは到底思えない。というか、それができるならこんな大層な魔導具なんて必要ないんじゃねーか? いや、知らねーけども。


「うむ? なあクルトよ。計算ができないだけということは、別に力を拮抗させる歯車は二つでなければならないということはないのか?」


「ん? ああ、別に平気だと思うぜ。ただ二つでもできねーのに、数が増えたらもっとできねーぞ?」


 と、そこで何やら考えつつ問うローズに、俺は怪訝な声で答える。歯車の数を増やすということは、力を調整する対象の数が増えるということだ。たった二つでできないことが、数を増やしてできるとは思えない。


 だがそんな俺の考えを、ローズが正面からぶった切ってくる。


「いや、三つでいいなら、三つの歯車を組み合わせれば、そもそも物理的に回らなくなるであろう?」


「は? 回んねーってことはねーだろ?」


 言いながら、俺は手のひらに三つの歯車を出現させ、それを横一列・・・に並べる。確かにこれなら中央の歯車は相当に力を込めても回りづらくなるだろうが、それでも左右の歯車にいい感じに力を入れねーと……


「いやいや、そうではないのじゃ! 横ではなく、こうじゃ!」


 だがそんな俺の手のひらで、ローズが左端の歯車を一つ取り上げ、二つの上……つまり三角形になるように置く。


「ほれ、こうすれば互いの歯車が噛み合って、回らぬはずじゃ!」


「は? おいおいローズ。何言ってんだよ。この形は……」


 それは俺が想像していた「トライギア」のパーティシンボル。互いを回し合い、力を受け取り送って支え合う、完全なる形。


「ほれほれクルトよ。いいから回してみるのじゃ!」


「わかったよ! ったく……ま、結果は……………………あれ?」


 ローズに急かされ、俺は歯車達に「回れ」と念を送る。すると……


「……………………ま、回らない?」


 ガッチリと噛み合った三つの歯車は、ギチギチと音を立てるだけでこれっぽっちも回らなかった。

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