<歯車>の神髄

「発見機……!? え、夢幻坑道って、見つけられるものなんですか!?」


 ハーマンさんに告げられた衝撃の事実に、俺は思わずテーブルに身を乗り出して声を上げる。偶然にしか見つけられないそれを任意で探せるとなれば、それこそ世の中がひっくり返るほどの大発明だ。


 そしてそんな俺の様子に、ハーマンさんが得意げな笑みを崩さぬままに話を続ける。


「ふふふ、そこは長年の研究の成果ですよ。クルトさんは、夢幻坑道という存在に疑問を持ったことはありませんか? 何もなかった場所にある日突然出現し、ちょっと目を離したら消えてしまう……しかもそこには坑道が存在した痕跡なんて何も残らない。これって明らかに不自然ですよね?」


「えーっと……すみません、俺は<火吹き山マウントマキア>には入り始めたばっかりなんで、それに関しては何とも……あ、<底なし穴アンダーアビス>では限定通路に入ったことありますけど」


「あー、そう言えばそうでしたね。これは失敬。他のダンジョンは調べようがないんでわからないんですが、まあダンジョンはダンジョンですから、仮に同じってことにしときましょう。


 で、どうです? 瞬間的に出現したり消えたりするには、ちょっと変化の規模が大きすぎると思いませんか?」


「それはまあ……はい」


 俺がゴレミを見つけた限定通路は、結構な広さ……というか長さがあった。<底なし穴アンダーアビス>の通路壁の厚さは三メートルだが、とてもじゃないがその隙間にあれだけの空間が生じるはずがない。


「そこで、僕は考えたんですよ。あれは坑道そのものが出現してるわけじゃなく、既に存在している坑道の入り口が、たまたまダンジョン内の何処かに繋がるだけなんじゃないかってね」


「えーっと……?」


「あ、まだわかりづらいかな? ならこうすればいいですかね?」


 戸惑う俺に、ハーマンさんが両手で握りこぶしを作って胸の前に持ってくる。


「右手が通常のダンジョンで、左手が夢幻坑道ね。で、ダンジョンの内部では、本当にわずかではあるけれど、常に魔力が揺らいでいるんです。こう、ゆらゆらと」


 そう言いながら、ハーマンさんが右手の拳を上下に揺らす。


「で、その揺らぎがたまたま夢幻坑道のある場所と一致すると、こうやって繋がって通れるようになる!」


 揺らす右手を止めると、左手の拳とくっつける。


「その後内部に人がいる間は、ダンジョンの外の存在である人間の魔力が楔となって繋がりを維持しますけど、坑道から出るとそれがなくなるわけなので、また魔力が揺らいで繋がりが消え……結果としてパッと目の前から坑道の入り口が消えたように見える、というわけです」


「あー……なるほど? 何となくはわかりました」


「妾はバッチリじゃぞ!」


「ゴレミももっちりタマゴ肌デス!」


「それはよかった。では続きですが……僕が作ったこの魔導具は、ダンジョン内に生じている魔力の揺らぎを測定し、調整することができるというものです。さっきの表現で言うなら、右の拳の位置を強引に上下させて、左の拳の位置に動かすことができるって感じですね。


 ただ、現状では動かせる範囲が極めて限定的なので、その範囲内に左の拳……夢幻坑道が存在する場所でしか使えません。それを特定して魔力波を調整する魔導具なので、『発見機』なわけです」


「なるほどのぅ。何とも凄い発明なのじゃ!」


「そうデス! それがあればレア鉱石を掘り放題で、大金持ちになれるデス!」


 説明されたことでその魔導具の凄さを理解し、ローズとゴレミもまた興奮して声をあげる。だがそこで俺は、逆に首を傾げてしまう。


「確かに凄い魔導具ですけど……でもそれを俺に使ってみて欲しいってのは、何でなんですか? 正直もっと知名度のある探索者とか、何なら探索者ギルドに全面協力を持ちかけるような魔導具だと思うんですけど」


 そう、ハーマンさんの言うとおりなら、この『夢幻坑道発見機』はとんでもない魔導具だ。だからこそ俺みたいな出会ったばかりの駆け出しに、こんな重要な案件を任せる理由が思いつかない。


 あまりに話が上手すぎる……そう考える俺に、ハーマンさんが軽く苦笑を浮かべる。


「そう警戒しないでください。別に使ったら危険とか、人体実験が必要なんてことじゃないですから」


「じゃあ、何で?」


「理由は二つ。まず一つは、これを作るのにクルトさんから預かった<歯車の剣>の技術を採用しているからです。今まではどうやっても魔力波の微調整ができなかったんですけど、あの剣にあった歯車の技術を使うことでそれが可能となりました。


 あれはクルトさんから預かっているものですから、クルトさんに最初に報告するのは当……然…………」


 と、そこで突然ハーマンさんがオロオロと挙動不審になる。


「あ、あの、勝手に技術を模倣しちゃいましたけど、これ大丈夫ですか? 怒られたりとか、訴えられたりとか、賠償金を請求されたり……?」


「へ!? あー、大丈夫だと思いますよ? 少なくとも俺は気にしないですし」


「ならよかったです! さっきも話したダンジョンの調査で大分お金を使っちゃってるんで、これ以上の支払いはちょっと……」


「あははー。それは大変ですねー」


 恥ずかしそうに頭を掻くハーマンさんに、俺は軽く引きつった笑みを浮かべながら周囲をチラ見する。この積み上げられた木箱の山は、きっとそういうことなんだろう。


「で、もう一つの理由なんですけど……むしろこっちが重要なんですが、この魔導具、今のところクルトさんにしか使えないんですよ」


「え? 俺だけですか?」


「ええ。正確には<歯車>のスキルを持ってないと使えないって感じですね」


 驚く俺に、ハーマンさんはそう言いながら『夢幻坑道発見機』を見せてくる。縦一五センチ、横二〇センチ、厚さ一〇センチくらいの四角い金属の箱にはいくつかのつまみやランプなどが取り付けられており……だが俺が目を引いたのは、右下辺りにある小さな穴だ。おそらくはそこに歯車をはめ込むんだろう。


「これもさっき言いましたけど、この魔導具が形にならなかった最大の理由は、魔力波の微調整がとても難しかったからです。


 当然ですが、魔力は普通目に見えません。加えてとても個人的、感覚的なものなので、誰かが『このくらいを一単位としよう』と決めたとしても、それを他人に伝えるのが著しく困難なのです」


「ふむ? オーバードの量産型魔導具なら、同じ品物なら同じ量の魔力が蓄えられるはずじゃが?」


 ローズの口にした疑問に、しかしハーマンさんはしっかりと首を横に振る。


「ええ、そうですね。でもそれはあくまで『だいたい同じ』でしかありません。この魔導具に求められるのは、もっとずっと精度の高い魔力操作なんです。オーバードの技術が『木桶一杯』を一単位とするなら、この魔導具は『スプーン一匙』を一単位とする感じです」


「それは……いや、そうか。じゃから今まで実用化できなかったわけじゃな。流石にそこまでの精度はオーバードの技術でも出せぬじゃろうし、仮に出せたとしても、そんな精度を外部に公表しているわけがないからのぅ」


「ですです。でもクルトさんの<歯車>は違います。歯車という客観的に観測できる状態で、その大きさと回転速度から完全な魔力量の測定と調整が可能なんですよ! これは凄いです! 凄く凄く画期的なことなんです!」


「お、おぅ!? そいつはどうも?」


 興奮したハーマンさんが、身を乗り出して顔を近づけてくる。その勢いに若干俺が背を仰け反らせるも、ハーマンさんは気にせず話を続けていく。


「それに加えて、歯車ならば抵抗用の歯車を噛ませることで、必要分以外の魔力を捨てるというデメリットはありつつも、極小の魔力を取り出し扱うこともできるんですよ! まさにこの魔導具のためにあるようなスキルなんです!


 ということで、お願いしますクルトさん! どうかこれをテストしてみてもらえませんか? 勿論その過程で夢幻坑道を見つけられたら、そこで採れたものは全てクルトさんのものにして結構ですから! ね! ね!」


「近い近い! 近いですから! えっと……」


 鼻がくっつきそうな程に顔を寄せられ、しかもぎゅっと手まで握られ、俺は流石に顔をしかめながら言う。


 とはいえ、提案そのものは実に魅力的だ。俺がチラリと横に視線を向けると、仲間達が実にいい笑顔を浮かべている。


「無論、受けるに決まっておるのじゃ!」


「当然デス!」


「はは、だよな! わかりましたハーマンさん。その依頼、引き受けさせていただきます!」


「ありがとうございます! クルトさん!」


 善意と打算と大金持ちの夢。色んなものをひっくるめて快諾する俺に、ハーマンさんは嬉しそうにもじゃもじゃ頭をブルンブルンと揺らした。

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