正攻法での一段飛ばし

「それじゃいくデスよ……セクシー忍法、濡れ透けの術!」


「セクシーニンポー……!?」


 相変わらずの訳のわからないかけ声に俺が突っ込みを入れるよりも早く、ゴレミが短いスカートを翻し、太ももにつけた鞄からカエル風船……本当は別の名前だったが、みんながそう呼ぶのでこれが正式名称になってしまったらしい……を取り出して、フレアリザードに投げつける。


 それは狙い違わずフレアリザードの背中に命中し、その瞬間パンッという大きな音を立ててはじけると、見た目の何倍もの水がフレアリザードをぐっしょりと濡らした。


「おおー、凄い水の量なのじゃ!?」


「あれで一応魔導具扱いらしいしな」


 大量の水を軽くて小さい状態で持ち運べるなら色々と使い道がありそうなんだが、魔物の皮に包む関係で水質がよろしくないとか、はじけさせる以外に中身の水を取り出す手段がないとか、色んな理由であまり使い勝手はよくないらしい。


 と、そんなことを考えている間にも水を浴びたフレアリザードが、威嚇するようにゴレミに向かって鳴き声をあげる。


「シュァァァァ……」


「何か、あんまり元気がないデス?」


「だな。よしゴレミ、ちょっと変わってくれ」


「はーいデス!」


 ここはほとんど斜面を登っていない第一層……つまり敵は一匹だけなので、俺はゴレミと立ち位置を変わってフレアリザードに相対する。そうしてそのまま敵の攻撃を受けてみるが、昨日と比べると明らかに動きが悪い。


「おお、こりゃスゲーな。メッチャ弱体化してるじゃん!」


「横で見ててもわかるデス。自信満々で女の子をデートに誘ったら、秒で断られてがっくりきてるマスターくらいフラフラしてるデス」


「あの、ゴレミさん? ありもしない俺の不幸をねつ造するの、やめてもらっていいですかね?」


 酷い風評被害に反論しつつも、俺はフレアリザードと剣を交える。だが確かにあらゆる動作が重いというか、酷い風邪をこじらせたみたいな弱り方だ。これなら――


「ここだっ! って、うぇっ!?」


「ギシュァァァ!?」


 微妙に力が入っていない爪を捌いて斬りつけると、昨日よりも深めの切り傷を刻むことができた。どうやら皮膚の強靱さすらもわずかとはいえ失われているようだ。


「うわ、マジか。てかこれ、俺の鎧は大丈夫なんだろうな?」


「それは魔法で処理してるから平気だって、ディルクが言ってたデス。マスター、聞いてなかったデスか?」


「いや、聞いてたけどさ」


 人間は汗をかくものだし、ダンジョン内はともかく、外に出れば雨だって降る。濡れたら弱くなる防具なんてあり得ないのでその辺の処理はちゃんとされていると聞かされはしたが、それでも不安になるのは仕方ないだろう。


(うーん、あとでちょっと濡らしてからナイフで切ってみるか? いやでも、新品の防具を自分で傷つけるのはなぁ)


「ふーっ……ま、こんなもんでいいだろ。よし、ローズ!」


「待ってたのじゃ!」


 そんな考え事をする余裕すらあるなか、いい具合に傷をつけ終えた俺はローズに呼びかける。すると昨日と同じようにローズが俺の背を叩き、その後はフレアスクリーンの魔法で傷口を焼いて……


「んじゃ、トドメだ! ていっ!」


「ギャァァァァ……」


 ザクッと首を切り裂くと、苦しげな悲鳴をあげたフレアリザードが、程なくしてダンジョンの霧と変わっていった。その様子を確認してから、俺達は改めて話し合う。


「はー、ここまで弱くなんのか……そりゃ三匹だって倒せるわ」


「とはいえ魔導具使用が前提というのは、ちょっと経費が掛かりすぎなのじゃ」


「半分近くになっちゃうデスからね」


「だよなぁ……」


 フレアリザードの魔石が一つ一二〇〇クレドで、カエル風船が五〇〇クレド。差額は七〇〇クレドなので、半額とは言わないがそれに近いくらいまで稼ぎが減る。


 また、当然だがこの水濡れは状態は永続じゃなく、五分ほどで乾いて元に戻ってしまうらしい。そうなったらまた投げつけなければならず、もし討伐に手間取って二つ使ったら稼ぎはほぼゼロ、万が一三つも使うほどヘボだったら、倒すだけ赤字になるって計算だ。


 それに、カエル風船を持てる数にも限界がある。今はゴレミの左右の太ももに三個ずつ、計六個……一つ使ったから残りは五個……あるが、一匹ずつしか出ない一層ならともかく、三匹まで出る二層でこれを使って戦うなら、余程頻繁にダンジョンを出入りするか、もっと沢山のカエル風船を運んでくる手段が必要になるだろう。


 つまり、これに頼って戦うのは現実的じゃない。だが……


「まあでも、倒せることには違いねーんだ。なら上に登っても問題ねーだろ」


 そう、そういう問題があろうとも、倒せるという事実には違いなどないのだ。そして道具に頼ることを「不甲斐ない」なんて言う馬鹿もいない。そんなことを言い出したら俺達が今身につけてる耐熱装備だって同じだしな。


 手持ちの札を如何に上手く使って、目の前の敵を捌くが。その判断こそが探索者に求められることであり、二度と手に入らない貴重品とかならともかく、町で普通に売ってる消耗品を使うくらいなら、俺達は誰憚ることなく「俺達はフレアリザード三匹を相手取って倒す実力がある」と言っていいのだ。


「はー、これで誰に何を言われることもなく、第三層・・・に行けるってもんだ。ふふふ、今から腕が鳴るぜ……」


「うわー、マスターが久しぶりに悪い顔をしてるデス」


「何じゃろう。別に悪巧みをしているわけでもないのに、悪事の片棒を担がされている気分になるのじゃ」


「ひでー言われようだな……何だよ、じゃあお前達は第二層でひたすらカエル風船ぶつけてトカゲ狩りしてーのか?」


 できるかできないかで言えば、勿論できる。だがその作業は極めて地味な反復作業のうえ、稼ぎの効率も悪い。少なくとも俺は進んでやりたいとは思わない感じだ。


 あるいはカエル風船なしで余裕で倒せるようになるくらいフレアリザードとの戦闘経験を積むという選択肢もあるが、強くなるための地道な努力の相手は、別にフレアリザードである必要はない。であれば二層は無視して第三層まで登り、そこでちょいと強いが単独の魔物を相手にする方が、色々な意味で都合がいいというのが俺の判断だ。


「むぅ、それは確かに面倒なのじゃ……というか、フレアリザード相手だと妾の出番がなさ過ぎて、正直ちょっと泣きそうだったのじゃ」


「ゴレミは別に、どっちでもいいデス。そもそもゴレミ一人なら、でかトカゲなんて何匹いたって負けないデスしね」


「ははは、だな」


 <無限図書館ノブレス・ノーレッジ>では遠距離攻撃手段がないため盾役ばかりさせていたが、本来ゴレミは<底なし穴アンダーアビス>の一二層相当の近接戦闘力がある。いくら<火吹き山マウントマキア>の雑魚が強いとはいえ、第一層の魔物相手に後れを取るはずがない。


「んじゃ、二匹までなら普通に戦闘、三匹でたらカエル風船を使ったり、ゴレミにちょいと頑張ってもらうって感じで、第二層はそのまま駆け抜けるぞ!」


「オー! デス!」

「なのじゃ!」


 俺の言葉にゴレミ達が拳を振り上げて応え、俺達はそのまま<火吹き山マウントマキア>の斜面を登り始める。他のダンジョンと違って階層の違いがわかりづらいのが難点なので、時々温度計を取り出して大体の位置を調べたり、やってくるトカゲ共をしばき倒しながら進むことしばし。


「……そろそろ第三層に入ってるはずだ。みんな気をつけろ」


「うむ……新しい層というのは緊張するのじゃ」


「あ、マスター! あれじゃないデス?」


 気を張る俺とローズの横で、ゴレミが遠くを指差す。するとそこにはゴロゴロと転がる岩に混じって、微妙に色の違う大きな岩が存在する。


ゴゴゴゴゴ……


「おぉぅ、こいつはゴキゲンな登場だな」


 大地を揺らしてむっくりと立ち上がったのは、見上げるほどに巨大な甲羅を背負った、馬鹿でかい亀であった。

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